「EVシフト」操る中国 NEV規制で迫る決断

 世界の自動車産業を電動化に動かしているのは、各国政府による環境規制だ。温暖化ガスの排出抑制に加え、都市部の大気汚染問題が後押ししており、なかでも自動車メーカーにとって重い課題になっているのが、世界最大市場である中国での政府規制だ。水準の厳しさに加え国内産業優遇の色もにじみ、外資系が挑むべき壁は高い。

 「我々は中国市場で過ちを犯した。新エネルギー車(NEV)の重要性を過小評価していたことだ」。普段は強気な発言で知られるフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)のセルジオ・マルキオーネ最高経営責任者(CEO)が6日、ジュネーブ国際自動車ショーで珍しく反省の弁を述べた。

 念頭には2019年に導入される「NEV規制」がある。自動車メーカーは中国での生産・輸入量に応じて一定比率のNEVを製造販売しなければならない。

 FCAは広州汽車との合弁で「フィアット」「ジープ」を展開する。17年の両ブランドの販売台数は約20万5千台と前年から4割伸ばした。ただ現在のラインアップには、NEVと認められる電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)はない。このままNEVがなければ世界最大市場で不利になる。

  ▼中国の新エネルギー車(NEV)規制 中国で年間に3万台以上を生産・輸入する完成車メーカーが対象。中国での内燃機関車の生産や輸入量に応じて、NEVの生産実績で付与される「クレジット」を獲得しなければならない。目標は2019年に10%、20年には12%と引き上げられる。未達成の場合は他社からクレジットを購入する。18年から導入される予定だったが1年間延期された。  NEV対象は電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)で日本勢が得意とするハイブリッド車(HV)は含まれない。 

 多目的スポーツ車(SUV)の代名詞とも言える「ジープ・ラングラー」も例外ではなく、FCAは20年にラングラーにPHVを追加する方針だ。

 環境規制に追い立てられる自動車各社。「規制のスピードに電池開発のスピードが追いついていない」。17年12月、トヨタ自動車の豊田章男社長はパナソニックと車載用電池で協業を発表。技術の進歩と規制強化のずれに危機感を示した。

 規制強化のなかでも既存の自動車メーカーへの影響が大きいのが中国だ。NEV規制では中国での生産・輸入量に応じ「クレジット」を獲得する必要がある。19年には全体の10%、20年には12%と引き上げられ、未達成なら他社から穴埋め分を買わねばならない。

 例えば17年の中国生産が144万台と過去最高を記録したホンダ。三菱東京UFJ銀行の試算にによると、1台で得られるクレジットが多いEVのみで対応したとしても、20年に年5万台強の生産が必要とみられる。

求む「ナンバー」

 ホンダはNEV対応のために18年、小型SUVをベースにしたEVを発売する。ただ日産自動車が10年に発売したEV「リーフ」すら販売台数は世界累計で30万台。「各社にとって楽なハードルではない」(三菱東京UFJ銀行の黒川徹調査役)。日本勢では日産は現地ブランドを含め18〜19年にEV6車種を発売し、トヨタも20年に自社ブランドのEVを投入する。

 ルールを巡る綱引きも始まっている。

 「一番欲しいのはナンバープレートだ。とにかくナンバー規制の対象外にしてほしい」。日産の中国担当の関潤専務執行役員は、同社独自のハイブリッド技術「eパワー」をNEVと認められるように熱望する。

 17年に中国で販売されたNEVに該当する乗用車は、16年比7割増の57万9千台と急増した。背景には政府が導入する「ナンバープレート規制」がある。交通渋滞が深刻な大都市部では通常のガソリン車などにはナンバープレートの発給を制限。抽選やオークションの当選率は1%に満たないがNEVならば一定期間を待てば制限なく発給される。

 日産は中国での販売台数を22年までに、17年比7割増の260万台とする目標。eパワーはエンジンで発電してモーターで駆動するため、現状ではガソリン車と同様にナンバープレート規制の対象となる。だが「エンジンで走らないので構成はEVと同じ。対象外にしてほしいと交渉している」(関氏)。もし認められればナンバープレートは欲しいがEVの航続距離などに不安を持つ消費者を取り込める、というわけだ。

 「NEVのみを生産する会社の新設が増えている」。英調査会社IHSマークイットの王珊アナリストが指摘する。中国政府はこれまで外資が中国で自動車を生産・販売する場合の合弁相手は2社が限度だったが、NEVなら3社目も認める。独フォルクスワーゲン(VW)は地場系の安徽江淮汽車(JAC)と3社目となるEV合弁企業を設立。米フォードも衆泰汽車とEV合弁企業の設立で合意。仏ルノー・日産は東風汽車とEV専業メーカーの設立を発表している。

 商機を見込んだ地場のスタートアップ企業の動きも活発だ。1月、中国の北京市にEVスタートアップ、奇点汽車の第1号店が華々しくオープンした。年内に20カ所に増やす計画だ。

 同社が18年内に江蘇省の自動車メーカーに生産を委託して量産を始めるのが多目的スポーツ車(SUV)型の「iS6」だ。米シリコンバレーに自動運転の研究開発拠点も設立、沈海寅CEOは「iS6の機能をどんどん追加していく」と話す。

にじむ国内勢優遇

 一方、外資メーカーには警戒感も高まる。17年夏、VWがJACとの合弁会社で手掛けるNEVにスペイン子会社「セアト」のブランドを使おうとしたところ、中国当局に拒否されたと報道され、注目を集めた。国内メーカー保護のため、外資のブランド使用を制限した、と受け止められた。

 多くの既存メーカーにとって当面EVは、規制対象国でビジネスを続けるためのコストだ。基幹部品が割高で、今のエンジン車に劣らぬ航続性や性能を確保しようとすると、開発費を含めた負担が大きい。

 2月、過去最高の販売台数と営業利益を記録した独ダイムラーの決算会見に高揚感はなかった。18年も販売台数は増えるが、利益は伸びない。電動化などに向け先行投資が増えるからだ。設備投資と研究開発費の合計は18年と19年の平均で17年実績比5%増の163億ユーロを見込む。過去5年間の平均との比較では3割増だ。

 規制という宿題を、既存メーカーはいかにこなすのか。ホンダは21年度、1960年代に四輪に進出以来の主力拠点を閉じる。狭山工場(埼玉県狭山市)を閉鎖して寄居工場(同寄居町)に機能集約する狙いのひとつは、電動化を見据えて効率的な生産モデルを1カ所で磨くためだ。八郷隆弘社長は「電動化は世界で共通性を持って効率良くやらなければ」と強調する。

 自動車産業は常に環境や安全の規制、通商政策に大きく振り回されてきた。世界中の環境規制や消費者の動向、競争環境という多元方程式をときながら、誰がレッドオーシャン(激戦市場)を勝ち抜くのか。その行方はまだ見えない。

(企業報道部 古川慶一、中藤玲)

                  [日経産業新聞 2018年3月13日付]

nikkei.com(2018-03-16)