EV本格普及は2040年以降、HV・PHV優位続く

 フランスと英国がガソリン車やディーゼル車の販売を禁止する方針を打ち出した。欧州の自動車メーカーはこぞって新型の電気自動車(EV)を発表している。まるでガソリン車やディーゼル車がすぐにEVに取って代わられるかのようにも映る。なぜ欧州でEVシフトが急速に進んでいるのか、EVが本格普及する時期はいつか。EVの技術や欧州の動向に詳しい早稲田大学理工学部名誉教授の大聖泰弘氏と自動車ジャーナリストの川端由美氏に議論してもらった。


――2017年10月に開催された東京モーターショーでも各国の自動車メーカーが競うようにEVを発表していました。欧州メーカーがEVシフトを急速に進めている理由は何でしょうか。

■米ZEV規制が拡大

大聖 独フォルクスワーゲン(VW)のディーゼルエンジン車の排出ガス不正事件がEVシフトを加速させたことは間違いありませんが、根底にあるのは米国の環境規制への対応です。

 米カリフォルニア州の排出ガスゼロ車(ZEV)規制は、2018年から厳しくなります。2017年までは同州で年間6万台以上販売するメーカーがZEV規制の対象になっていました。米国のゼネラル・モーターズ(GM)、フォード、欧米フィアット・クライスラー・オートモービルズ、日本のトヨタ自動車、日産自動車、ホンダの6社が対象です。

 これが2018年からは同州での年間販売台数が2万台以上のメーカーまで規制対象が広がります。これにより、ドイツのダイムラー、BMW、VW、日本のマツダ、韓国メーカーなどもZEV規制の対象になります。

 それに加えて、中国で2019年から新エネルギー車(NEV)の10%販売(2020年には12%)を義務付ける規制が始まることも大きいです。

川端 ドイツ勢が得意とする利益率が高い高級車販売のマーケットとして、富裕層が多く住むカリフォルニアなどの西海岸やニューヨークなどの東部は最重要市場の1つです。

 ZEV規制の特徴は、EVやプラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車などのZEVの販売台数が規制で定める比率(2017年は14%)を上回った場合、CO2(二酸化炭素)クレジットを得られる点にあります。一方、比率を下回った場合は罰金を支払うか、クレジットを所有する他のメーカーからクレジットを購入しなければなりません。米国のEVメーカーであるテスラはクレジット制度を利用して利益を上げています。

 ZEVの販売比率が低いメーカーに罰金を科したり、クレジットを購入させたりして、ZEVの販売比率が高いメーカーや購入者に還元する方法は、米国の資本主義を生かした優れた環境規制だと思います。

 私は欧州に頻繁に行きますが、エコカーを見かけることはあまりありません。ディーゼル車が多く、欧州メーカーもここでEVを普及させるのは二の次でしょう。昨今の急速なEVシフトは、1000万円近くする高級SUV(多目的スポーツ車)や高級セダンが売れる米国や中国に向いたものだと思います。ZEV規制はカリフォルニア州だけでなく、東部も含めて10州近くが採用するといわれています。自動車メーカーにとりZEV規制への対応は死活問題です。


――技術やインフラなど総合的な観点から見て、 EVが本格的に普及する時期はいつごろになるでしょうか。

大聖 2040年から2050年ぐらいだと考えています。EVの本格普及に向けて突破する壁は3つあります。

 1つ目はバッテリーです。日産自動車が2017年10月に発売した2代目「リーフ」は航続距離を大きく延ばしましたが、それでも内燃機関車やHVに比べると見劣りします。


 本格的な普及には、同じく10月にトヨタ自動車が2020年代前半に実用化を目指すと発表した「全固体電池」などの次世代バッテリーの登場を待つ必要があると思います。全固体電池は現行のリチウムイオン電池の2倍以上の能力があり、フル充電に要する時間も数分に短縮できるという優れた技術です。ただ、量産車で実用化するには時間がかかると思います。

 2つ目が充電インフラです。急速充電の規格である「CHAdeMO(チャデモ)」の実効充電出力は50kW(キロワット)でしたが、2017年末から150kWになることで充電時間が3分の1程度に短縮されます。2020年には実効充電出力350kWを目指しており、充電時間はさらに短縮されるでしょう。

 課題は充電に必要な電力供給のマネジメントです。同時にすべてのEVを充電することはないかもしれませんが、仮に50kWで2万台のEVを充電するとしたら、必要な電力の出力は100万kWになり、原子力発電所1基分の出力に相当します。そう考えると、200万台普及して充電するのに必要な電力が莫大であることが分かるはずです。

 EVの充電のために化石燃料の発電を増やすのは低炭素化と逆行して本末転倒です。再生可能エネルギーを活用した効率的な充電インフラの構築と運用は大きな課題です。

■量産技術の確立が必須

 3つ目は量産化です。自動車は数多くの部品から成り、1つでも欠けるとボトルネックが発生して生産できません。テスラは多くの予約を抱えながら、2016年の生産台数は約8万4000台にとどまっています。中堅であるスウェーデンのボルボ・カーの販売台数53万台と比べると、テスラの生産台数がいかに少ないかが分かります。自動車メーカー以外からEVへの参入を表明している会社もありますが、量産技術の確立は簡単ではありません。

川端 量産化という意味では、2010年にフォードからボルボ・カーを買収した中国の自動車メーカーの吉利汽車の戦略が巧みかもしれません。日本ではあまり知られていませんが、ボルボは自動車の生産技術以外にも、生産工場を建設する技術や、数万点にも及ぶ自動車部品をサプライヤーから運んで工場に集約する物流網を持っています。

 吉利汽車が同じ2010年に買収した、「ロンドンタクシー」をつくる英ロンドンEVカンパニーは電動タクシーを開発中です。2017年7月には最終デザインを発表するなどEV開発を急ピッチで進めています。ここにはボルボの量産技術が生かされているのは間違いありません。

 私は、EVは中国や東南アジアなどの新興国で先行して普及すると思います。昔のSF映画で見たような、情報技術(IT)ネットワークで高度に管理されたEVが自動運転で街中を走り、利用形態も個人所有ではなく、乗り捨て可能なシェアで進展する。交通インフラが整備された先進国の大都市よりも、今後ゼロから作り出す新興国の方がEVを活用した都市型モビリティーの普及が進みそうです。

 私が恐れるのは、政府と自動車メーカーが一体となって取り組んでいる欧州にEVやインフラの構築を含めたビジネスで先行を許し、日本政府やメーカーが出遅れることです。

大聖 欧州各国の政府や自動車メーカーは戦略を打ち出し、サプライヤーや新興国などを巻き込んで投資や開発を加速させることにたけています。特にEVの普及を左右する次世代バッテリーの投資や開発は、政府と企業が一体となって取り組んでいます。

 一方、欧州と比べると日本は技術力が高いにもかかわらず、戦略を打ち出して、他国や海外のサプライヤーを巻き込む力が弱い。内燃機関車からEVへのシフトは大きな変革なので、戦略や組むパートナーによって勢力図は変わりかねません。政府や企業が一体となって一気呵成(かせい)に進めてほしいです。

――カリフォルニアのZEV規制や中国の新エネルギー車規制にHVは含まれていません。HVは「ガラパゴス化」の道をたどるのでしょうか。

大聖 HVをZEVに含めるか否かは、各国の様々な事情や思惑で決まるため正直分かりません。

 しかし、ひとつ言えるのは、EVの普及がすぐに到来しない中、HVがエコカーの主役であることは間違いないということです。トヨタがプリウスを発売して約20年がたちますが、4代目となる現行モデルは燃費改善が極限まで進んでいます。航続距離も、大幅に延びた最新のリーフと比べて、HVは倍以上あります。HVの優位は当面続くと思います。

■EV普及の橋渡し役がPHV

 中長期ではEVや燃料電池車(FCV)へのシフトは避けられないでしょう。ただ、各国がどのような政策や環境規制を導入すれば普及するかは試行錯誤が続くと思います。

 EV普及の趨勢が見える節目は2030年でしょう。パリ協定が定めるCO2削減の目標年度であり、その頃には次世代バッテリーの本格普及のめども立っているでしょう。

 EVが普及するまでの「橋渡し役」と見ているのがPHVです。バッテリーの搭載量は4分の1程度で済み、電池が切れて走行不能になることもありません。トヨタの「プリウスPHV」の燃費は1l(リットル)当たり37kmといわれています。HVの開発で培った燃費改善技術によって、PHVの燃費は同50kmはもちろん、100kmも可能だと思います。EVの普及が遅れると、PHVが次世代エコカーの本命になる可能性があります。


――EVシフトが進むことで、既存の中小の自動車部品会社などが経営危機に陥る懸念があります。

大聖 そのリスクはありますが、本格的な普及はまだまだ先です。戦略を練る時間は十分にあるでしょう。

川端 日本の技術者は優秀です。戦略が明確でなくとも、技術者は自発的に手を動かし、様々な「インベンション(発明)」を生み出してきました。しかし、今求められているのは「イノベーション(革新)」です。自社技術の強みは何で、それをどう使い、誰と組んだらイノベーションを起こせるのかを考える。EVシフトを悲観的ではなく、イノベーションを起こすためのポジティブな機会と捉えることが大事だと思います。

(司会は日経エコロジー 富岡修)

[日経エコロジー2018年1月号の記事を再構成]

nikkei.com(2018-02-22)