ソフトバンク「5G」でホンダと提携、動いた2大エース

 ホンダとソフトバンクは16日、次世代の超高速通信「第5世代(5G)」を使う「コネクテッド・カー(つながるクルマ)」技術の共同開発で提携すると発表した。2020年に予定する5Gの商用化を待たずに来年から共同研究を始める点に、両社の意気込みがにじむ。ホンダとの提携をテコに自動車分野の強化を狙うソフトバンク。同社が誇る営業の2大エースが動いていた。

 現在の携帯の100倍もの速度となる5Gを駆使するコネクテッド・カー。カーナビと連携した道案内など様々な用途が考えられるが、本命は自動運転だ。わずか1000分の1秒で大量のデータをやり取りできる5Gは、自動運転車の決め手となると目されている。

 それだけに自動車メーカーは通信のパートナー選びには慎重だ。KDDIの大株主でもあるトヨタ自動車は5Gに限ってはNTTグループとも共同開発を進めるなど、従来の付き合いにとらわれない提携戦略に出た。

 ホンダはどうか。ソフトバンクと車載通信機器を開発した実績があるものの、本命の5Gまで共同歩調を取るべきか、社内では反論も強かった。ソフトバンクはつい数年前まで「つながらない」のイメージが強かったからだ。形勢を変えたのが、ソフトバンクの2大エースだった。

 2016年7月21日、都内の料亭にホンダの開発部門、本田技術研究所の松本宜之社長が招かれた。招待したのはソフトバンクの榛葉淳副社長。この日のために孫正義社長の予定もやりくりしていた。

 榛葉氏は1985年にまだ日本ソフトバンクと名乗っていた頃に249番目の社員として入社した最古参幹部だ。ソフトウエアの販売を皮切りに営業一筋で30年以上にわたって孫氏を支え続けてきた。榛葉氏には、どうしても孫氏と松本氏を会わせたかった理由がある。駆け出し時代に孫氏から聞いた逸話を松本氏に披露してもらうためだ。

 この日の孫氏と松本氏の話は「感情を持つクルマ」から始まった。ソフトバンクがホンダに売り込みをかける狙いは5Gを柱とするコネクテッド・カーにあるが、まずは人工知能(AI)を搭載してドライバーのクセなどを学ぶクルマを作ろうということだった。

 孫氏の話はこのわずか3日前に買収を決めた英半導体設計アーム・ホールディングスに及ぶ。3兆3000億円もの巨額買収が世間を驚かせた余韻が残っていた頃だ。

 「僕はいずれクルマが走るスーパーコンピューターになると考えています。その時、アームの半導体がクルマの頭脳になる。ホンダさんにも貢献できると思います」

 ビジネストークに自身のビジョンを織り交ぜるのが孫氏の定法だが、そこに「情」を絡ませることも忘れない。

 「実は僕がまだまだ駆け出しの頃なんですけどね。本田宗一郎さんのことが好きでしてねぇ。一度お目にかかりたいと、本田さんの掛かり付けの歯医者さんに頼み込んだことがあるんです」

 孫氏が創業して間もない20代の頃の逸話だった。歯科医に聞くと11月17日の宗一郎氏の誕生日に予約が入っているという。そこで孫氏はケーキを持ってあこがれの経営者を直撃した。宗一郎氏は面くらいながらも再会を約束してくれた。

 それから半年後、毎年恒例の自宅での鮎釣りパーティーに招かれた孫氏を、宗一郎氏は快く出迎えてくれた。「おお、あの時の君かっ!」。孫氏はこの時に撮った宗一郎氏とのツーショット写真を今も大切に持っている。その時のやり取りを松本氏に聞かせた。

 「僕はその時の本田さんを見て、ああ、ホンダが伸びた理由はこれなんだと思ったんですよ」

 宗一郎氏主催の鮎釣りパーティーは当時、財界の風物詩だった。当然、名の知れた重鎮たちが姿を見せていたが、宗一郎氏は若き孫氏の話に聞き入る。「もう、らんらんと目を輝かせて次々と本質的なことを聞いて、そのたびに本気で感心してくれるんですよ。あんな姿を見せられたら誰だって『このオヤジさんを喜ばせたいと思っちゃうじゃないですか』」

 「オヤジさん」は、ホンダの古参幹部たちが宗一郎氏に親しみを込めてつけたニックネームだ。孫氏はそこも外さない。松本氏は1981年の入社。すでに宗一郎氏は一線を退いていたが、自ら愛車を駆って研究所に入り浸っていた。松本氏が「オヤジさんから薫陶を受けた最後の世代」を自称していることは、榛葉氏が耳打ちしていた。

 ただ、実はもっと先に松本氏の存在に目を付けていた人物が、ソフトバンクにいる。榛葉氏と並ぶもう一人のエースである今井康之副社長だ。

 今井氏は鹿島の営業マンとして鳴らした経歴を持つ。特に法人営業に強く毎年20件もの大型ビルの受注に成功した「伝説」は今も語り草だ。10年以上にもわたってソフトバンクの本社ビルを建てるよう孫氏に営業をかけたところ、2000年に逆にスカウトされてソフトバンクに入社した経緯がある。

 その今井氏が鹿島の法人営業時代に担当したのがホンダだった。技術畑の松本氏に直接営業していたわけではないが、ホンダの関係者から若くしてエースとの評判を聞きつけていた。

 それから10年余り。ホンダ本体の常務に出世していた2013年に松本氏がインド駐在になったとの連絡を受けた。インドはホンダにとって重点市場とは言えない。「なぜ」という思いと同時に「今こそじっくりと松本さんと話すべきだ」と考え、今井氏はインドに飛んだ。

 そこで松本氏に再会した今井氏はクラウドを活用した車内通信システムを提案した。インドでの松本氏の使命はスズキなどに押されてさえない販売シェアの立て直しや部品の現地調達化によるコスト削減など。今井氏があえて「未来のクルマ」の話をしたのは、いずれ松本氏が本社に戻り、ホンダのかじ取りを任される存在になるだろうという読みがあったからだ。実際、この頃には松本氏は社長候補の大本命と目されていた。

 2人のエースがバトンをつないでこぎ着けたホンダとの提携。実は2人は今、ソフトバンク社内でもレースを繰り広げている。孫氏の長年の大番頭として知られる宮内謙氏の後継だ。

 ソフトバンクグループは持ち株会社の下に中核の国内通信会社「ソフトバンク」を抱える。今年4月、2人は同時に副社長兼最高執行責任者(COO)に昇格した。68歳でソフトバンク社長の宮内氏の後継を競わせるためというのが社内の一致した見方だ。

 孫氏の視線は今、米携帯事業の立て直しや10兆円ファンドなど「外」に向く。国内通信を託す宮内氏に盤石の信頼を寄せるからこそできることであり、その後釜はグループで最大の重責を担うことになる。孫氏がどちらのエースに大番頭の後継を託すか。膨張を続けるソフトバンクの将来を左右する人事となる。

(杉本貴司)

《追記》
☆本田技研工業情報 「ソフトバンクとHondaが第5世代移動通信システムを活用したコネクテッドカー技術の共同研究を開始」ここをクリック

nikkei.com(2017-11-16)