EV時代へ賭けた「敗者」 ゴーン氏「HV投資はムダ」


 約130年前、ドイツ人ベンツとダイムラーが生み出したエンジン車。不動と思われたその地位がいま、電気自動車(EV)の本格的な挑戦を受けている。自動車産業の勢力図を塗りかえようとする国やメーカーの動きが背景にある。

 7月上旬、神奈川県厚木市にある日産自動車の研究施設に中国の万鋼(ワンカン)科学技術相がいた。約10年にわたって独アウディで働いたEVのプロ。日産のEV開発の動向を視察し、幹部に「中国もハイブリッド車(HV)はめざさない。EVで先に行く」と語った。

 いあわせた日産関係者は「中国も日産と同じ。HVではトヨタが強すぎた。HVは飛び越すのだ」。

 これまで、日米欧の自動車大手を支えた競争力の源泉はエンジンだった。中国など新興国が追いつけない車の心臓部。そこにモーターや電池を組みあわせ、制御するのがHVだ。部品メーカーを巻き込む「擦り合わせ」の結晶で、トヨタ自動車が他社を圧倒する。

 2000年代半ば。日産会長のカルロス・ゴーン氏は賭けにでた。「トヨタが支配するHVに投資してもムダ。EVだ」

 エンジンのないEVはエンジン車より部品数がかなり少ない。多くの雇用を抱える部品メーカーの「系列」を重視するトヨタは、EVに急にはかじを切れない。一方、「系列解体」を進めた日産にその配慮はいらない。トヨタに勝てない「敗者」の戦略だった。


 同じくEVに賭けた「敗者」が三菱自動車だ。05年、リコール隠し問題からの再建をめざし、益子修氏が社長につくと、09年に世界初の量産EV「アイ・ミーブ」を発売。いま最高経営責任者(CEO)として指揮をとる益子氏は「新しい挑戦が再生の力になると思った」と振り返る。三菱は16年、日産の傘下へ。きっかけは燃費不正問題だが、EVへの思いもゴーン氏と益子氏を結びつけた。


 日産三菱・ルノー連合は17年6月までに約48万台のEVを売り、他社に先行。日産「リーフ」は約28万台と、世界で最も売れたEVだ。リーフの通信機能で、充電行動や走行距離、電池の減り具合などの膨大なデータをすでに持ち、開発にいかす。日産の西川広人社長は「利用者の声を聞いてきたことも強みになる」。


 様子見だった他社もEVに軸足を移しはじめた。スウェーデン・ボルボは7月、19年以降はエンジンのみで走る車をなくし、19〜21年に5車種のEVを出すと発表。ホーカン・サムエルソン社長は「予想以上に大きな情勢の変化が起きた」と話した。この後、仏・英政府が相次いで、40年までにガソリン車やディーゼル車の販売を禁止する方針を打ち出した。

 「世界一になろう」

 ゴーン氏は、日産三菱・ルノー連合の幹部にそう呼びかけてきた。17年上半期、世界販売台数ではこの目標を達成。さらに、EVという得意の「土俵」にトヨタなどのライバルを引き込み、勝ち残ろうとしている。(青山直篤)

■中国、EV普及を後押し


 世界最大の自動車市場、中国は、次世代エコカーを一定以上売るよう求める規制を18年にも導入し、EV普及を後押しする。HVはエコカーとみなさない。


 「中国に寄りそい続ける」。独フォルクスワーゲン(VW)のマティアス・ミュラーCEOは4月、上海でこう宣言した。VWは世界販売の4割が中国向け。15年、ディーゼル車の排ガス不正が発覚したが、中国の好調に支えられ、翌16年は世界販売で首位に立った。中国の国策にあわせ、25年に世界販売の20〜25%をEVにする戦略だ。


 中国メーカーの成長も著しい。6月、上海の国際見本市でEVブランド「NEVS」は、18年発売の新商品を発表。?大龍(チアンターロン)会長は「排ガスゼロの車で生活を改善したい」と述べた。復旦大学環境経済研究センターの李志青(リーチーチン)氏は、EVの電池技術も「外国メーカーと大きな差はない」とみる。


 中国は政府主導で15万基の充電スタンドを整備し、EV購入に補助金をつぎ込む。EVは北京市の運転制限の対象外で、上海市ではナンバー取得も無料。ガソリン車を作るメーカーに罰金を科すことも検討中だ。


 車づくりへの参入が難しいとの常識を覆したのが03年創業の米EVメーカー、テスラだ。14年には約200の特許を公開。EV市場を広げる狙いがあったとされる。今年、株式時価総額で米最大手ゼネラル・モーターズ(GM)を抜いた。


 イーロン・マスクCEOは7月28日、量販型の新車種「モデル3」の納車会で「これまでテスラ車を買ってくれた人に感謝したい」と話した。米国での価格を3万5千ドル(約390万円)からに抑え、日産リーフの累計を上回る37万台超の予約を得た。米国でも、18年モデルから排ガスゼロの車を売るよう求める規制が強まる。カリフォルニア州など10州が対象で、HVがエコカーから外れ、テスラが恩恵を受ける。


 トヨタも、EVを避けて通れなくなった。昨年12月、量産EVの開発に向けた豊田章男社長直属の組織を発足。19年にも中国向けのEV量産に乗り出す。今月4日には、マツダと資本業務提携し、EVの共同開発にも取り組むと発表した。「EVでは、車メーカーが特徴を出しづらい。どうブランドの味を出すかが大きな課題だ」。記者会見で、豊田氏はそう語った。(北京=福田直之、サンフランシスコ=宮地ゆう)

■充電スタンド・価格 なお壁に

 トヨタの内山田竹志会長は「エコカーは普及してこそ環境に貢献できる」と言い切る。EVの普及を疑う見方も根強い。

 過去にも米国の規制強化でEVブームが起きたが、すぐにしぼんだ。コストの高さや走行距離など弱点が多い上、消費者の利点は見えにくい。EVは16年に世界で走る車の0・2%に満たない。ハードルは多い。

 EVでは量販車の日産リーフで、補助金を受けても、購入時に300万円はする。一方、日産の小型車「ノート」のガソリン車は上級グレードでも200万円ほど。月1千キロ走る場合、リーフの電気代は急速充電器の使い放題プランが月2千円、家庭で夜間電力を使うと月約3千円。ノートの燃料代は月約8千円で、この点だけを見ればEVに分があるものの、購入時の価格差を埋めるのは難しい。しかも、北米の「シェール革命」で石油生産が安定し、ガソリン価格は低水準で推移する見通しだ。

 販売はどの国も補助金頼みだが、無理にエンジン車を減らせばガソリン関連税収も減り、補助金財源が問題になる。充電スタンドも必要だが、電気代はガソリン代に比べて安く、事業として成り立ちにくい。


 電池が劣化するため中古車価格も安い。自動車評論家の国沢光宏氏は「EVに理解があるからリーフを買ったのに、電池の劣化で航続距離が短くなるのは気分がいいとは言えなかった」と話す。

 走行時以外の二酸化炭素排出も考えれば、「エコ」ではないとの見方もある。日本は東日本大震災後、発電の9割を化石燃料の火力に頼る。再生可能エネルギーや原子力の割合が高い国に比べ、環境貢献度は低い。「水力でまかなうノルウェーのような国ではすばらしいが、そうでない国で本当にEVなのか。エンジンと(HVなどの)電動化技術で対応できると提案していきたい」。エンジン車に注力してきたマツダの藤原清志専務執行役員は今月8日の記者会見でこう語った。(山本知弘、木村聡史)


asahi.com(2017-08-13)