AIや自動運転 「量子」が突破口 演算速度1億倍

 学術の世界にとどまっていた「量子コンピューター」が本格的な商用化の扉を開こうとしている。グローバル企業による導入や実験が活発になっており、特長は最大で従来型コンピューターの1億倍以上という演算速度だ。人工知能(AI)や自動運転がもてはやされるが、膨大で複雑なデータの解析ができなければ絵に描いた餅。従来型コンピューターは技術革新に限界が見えつつあり「量子」に寄せられる期待は大きい。

 カナダ第3の都市バンクーバーの郊外。量子コンピューターを世界で初めて商用化したベンチャー、Dウエーブ・システムズ(DWS)の本社には、3メートル四方の黒い箱が鎮座していた。

 1台17億円の最新鋭機「2000Q」。「(セ氏零下273度の)絶対零度で演算チップが稼働します」。技術責任者、マーク・ジョンソン氏が解説してくれた。内部は冷却装置以外ほぼ空洞でクリスマスツリーを逆さにしたような装置の先端に「量子ビット」と呼ばれる演算回路が1枚埋め込まれている。CPU(中央演算処理装置)はない。

 「ムーアの法則」の終焉(しゅうえん)。米インテルを創業した一人、ゴードン・ムーア氏の言葉に代表されるように、従来型コンピューターの革新は処理能力を1年半ごとに倍増させてきた半導体がけん引してきた。だが微細化、高速化、省電力化は限界に近いとされ「メーカーが開発投資を回収できるだけの性能上の改善はもう期待しにくい」(IHSマークイットの南川明主席アナリスト)。

 AI普及がこれからというときにコンピューターの進化は止まるのか。世界大手企業を「量子」へと突き動かすのは、量子コンピューターがムーアの法則とは全く関係ない原理で情報処理するからだ。

 AIにつながる機械学習はデータの規則性などを糸口に人間に代わり判断する。ただ従来型では厳密な答えを導けなかったりするケースがあるという。量子コンピューターはこうした「組み合わせ最適化」を得意とする。創薬や画像認識などで効果が大きく、米ロッキード・マーチンはステルス戦闘機開発に活用した。

 本格的な商用化を予感させたのが、独フォルクスワーゲン(VW)が中国・北京で実施したテストだ。タクシー1万台の全地球測位システム(GPS)を解析。うち418台で北京空港まで渋滞に巻き込まれない最適なルートを探し出した。かかった時間は数秒。従来は30分かかっていた。


 米グーグルと米航空宇宙局(NASA)はあるビッグデータ解析について「DWS装置は1億倍速い」との調査結果を公表。3年2カ月かかる処理が1秒でできる計算だ。DWS最新鋭機は米サイバーセキュリティー企業が最初の顧客で7月にはグーグルも購入した。

 日本では今年、リクルートコミュニケーションズが導入。検索履歴からネット利用者ごとに「圧倒的な正確さ」(同社)で推奨商品を示す計画だ。NTTなどは量子現象を利用し、脳の神経細胞ネットワークのように協調して動くコンピューターを開発している。

 無論、米IT(情報技術)大手も黙っていない。IBMは5月、DWSとは異なる方式で量子コンピューター用演算装置を開発したと発表。グーグルはDWSの顧客でありながら自らも開発を進め、著名な技術者を次々と引き抜いている。

 弱点もある。絶対零度で稼働する演算チップは「ノイズ」と呼ばれるちょっとした温度や磁力の変化、震動があるとうまく作動しない。能力引き上げに量子ビット搭載数を増やした場合の安定性なども未知数だ。

 それでも「複雑な課題を高速で解決できる」(ダウ・ケミカルのA・N・スリーラム最高技術責任者=CTO)と期待が高まる。ダウとの提携をはたした量子コンピューター用ソフト開発、1Qビット(カナダ)のアンドリュー・フルスマン最高経営責任者(CEO)は語る。「量子コンピューターはビジネス現場のすぐそばまで来ている」(上阪欣史)

▼量子コンピューター 微粒子の世界の物理現象を活用したコンピューター。従来とは違うアプローチで開発した。従来型は情報を「0」か「1」で処理するが、「0であると同時に1」の性質を持つ。天文学的な台数の従来型コンピューターを同時に動かすような成果が得られる。

nikkei.com(2017-08-12)