“エンジンのホンダ”が静かに方針を大転換


 ホンダが静かに、だが大胆な方針転換を進めている。その片鱗を見せたのが、2017年6月に栃木で開催した報道関係者向けのイベント「Honda Meeting 2017」である。同イベントはだいたい2年おきに開催され、同社が開発中の技術を内外の報道関係者にアピールするのが通例なのだが、今回はいくつかの点で異例の内容となった。

 一つは、エンジンの新技術の発表がなかったことだ。前回は、排気量1.0L・直列3気筒の直噴ターボエンジンや、10速の新型自動変速機(AT)など新世代のパワートレーンについても紹介があったのだが、今回は新エンジン関連の発表がなかった。ホンダといえばエンジン、そんなイメージを覆す内容だった。

 事実上の開発方針転換

 代わって内容の中心となったのが電動化と自動運転である。そして、この二つの分野で、それぞれ従来から大きく踏み込む発表があった。まず電動化についての発表内容を見てみよう。

●2030年に四輪車グローバル販売台数の3分の2を電動化することを目指す。
●ハイブリッドシステムをべースとするホンダ独自の高効率なプラグインハイブリッドシステムを採用したモデルを、今後の開発の中心とする。
●ゼロエミッションビークル(ZEV)についても、FCV(燃料電池車)に加え、EV(電気自動車)の開発を強化する。
●EVについては、2018 年発売予定の中国専用モデルに加え、他の地域に向けても専用モデルを現在開発中で、2017年秋のモーターショーで紹介する。
●開発速度を速めるために電動車両の開発体制を強化、パワートレーンから車体まで車両全体を一貫して開発する専門組織「EV開発室」を2016年10月に研究所内に設立した。

 これらの発表から見えるのは、EVやPHV(プラグインハイブリッド車)への傾斜だ。これまでホンダは、電動車両としてはHV(ハイブリッド車)に力を入れ、ZEVとしてはFCVを中心に据えてきた。これはEVでは航続距離が短くなり、実用性が低いこと、そしてPHVではHVより電池を積む分コストが高くなるのに、そのコストに見合ったメリットを十分ユーザーに提供できていなかったことがある。

 FCV重視からの方向転換

 では、こうした事情があるのに、今後はなぜEVやPHVに力を入れるのか。その背景には、世界中で、EVやPHVの導入機運が高まっていることがある。最も顕著なのが中国で、EVやPHV、FCVを「新エネルギー車」と定義し、これらに対して手厚い補助金を出すことで、2016年はEVとPHVの合計の販売台数が50万7000台となり、中国は世界一のEV、PHV大国となっている。

 欧州では今後急速にCO2の排出量規制の強化が進むのをにらみ、独フォルクスワーゲン(VW)は2025年までにEVの販売台数を100万台まで増やすと発表しているし、独ダイムラーも同じく2025年までにEVの販売比率を最大25%にまで増やす方針だ。これまでEVの人気が低かった米国でも、テスラが低価格の新型車「モデル3」を2017年に発売すると発表し、予約の開始から約3週間で約40万台の受注が殺到するほどの人気を得ている。これはテスラの年間販売台数(2016年)の5倍以上に当たる数だ。このように、中欧米という世界の3大市場で、EVやPHVの人気が盛り上がる機運が出ているのだ。

 世界で初めての量産EV「リーフ」を発売している日産自動車を除けば、国内大手ではトヨタ自動車とホンダが、ZEVとしてはFCVに力を入れていた。しかし、FCVは燃料補給インフラの整備が進まず、今後世界で普及させることが難しいことが次第にはっきりしてきた。ホンダの今回の発表は、事実上の方針転換といえるだろう。

 EVの専用プラットフォームを投入

 特に注目されるのが、ことし秋のモーターショーで披露する予定のEV専用車だ。秋のモーターショーというのは、恐らく東京モーターショーのことだと思われるが、EVに対する関心が高まっている欧州向けに、9月に開催されるフランクフルトモーターショーにも出展するという可能性は捨てきれない。もっといえば、最近環境モーターショーとしての色彩を強めているロサンゼルスモーターショー(12月開催)に出展する可能性もあるだろう。EV開発室ができてから、まだ1年経っていないことを考えれば、これらのモーターショーで披露されるモデルが市販モデルとは考えにくく、恐らく方向性を示すコンセプト車になると思われる。

 もっとも、こうしたEV専用車の発表はこれからなので、今回のイベントで試乗できた電動車両は、「クラリティ3兄弟」である。これは、単一のプラットフォームで、FCV、EV、PHVの3種類の電動車両を実現した世界初の車種で、それぞれの名称は「クラリティ フューエルセル」「クラリティ エレクトリック」「クラリティ プラグインハイブリッド」である。このうち現在、FCVがリース販売されており、EVも8月からリース販売を開始するほか、PHVも年内には商品化される見込みだ。

 それぞれ短時間の試乗ができたのだが、中でも一番走らせて楽しかったのはEVモデルだった。EVらしさを感じられるように、アクセルペダルを踏み込んだときの加速が一番鋭くなるように設定しているというのだが、その効果は確かに感じられた。


 2025年に「レベル4」の自動運転

 一方、二つ目のテーマである自動運転の領域では、以下のような発表をした。 ●自動運転技術を通じて「すべての人に交通事故ゼロと自由な移動の喜びを提供する」ことを目指す。
●実現したい価値は、(1)事故に遭わない社会の実現、(2)誰もが、いつまでも、自由に移動出来るモビリティの提供、(3)移動が楽しくなる時間と空間の創出。
●ホンダの自動運転コンセプト (1)危険に近づかず、周囲にも不安を与えない走行で、使う人への「任せられる信頼感」の提供を目指す。(2)滑らかで自然な運転特性を持つ「心地よい乗車フィーリング」を備えることで、ドライバーが心から信頼でき、思わず出かけたくなる移動の楽しさを提供する。
●2020年に高速道路での自動運転技術を実現し、その後一般道に拡大、より広いエリアで使えるようにしていく。
●高速道路での自動運転:複数車線での自動走行を可能とする、ドライバーの指示が不要な自動車線変更機能や、渋滞時にドライバーが周辺監視を行う必要がない自動運転の実用化を目指す。
●さらに、パーソナルカーユースに向けたレべル4自動運転について、2025年頃をメドに、技術的な確立を目指す。

 どれもさらりと書いてあるのだが、これらの項目の中には重要な内容がいくつも含まれている。最も注目されるのは「すべての人に交通事故ゼロと自由な移動の喜びを提供する」という方針を明確にしたことだ。「すべての人に」ということは、高齢者や身体障害者、あるいは免許を持っていない人までも含まれる。つまり、この項目は、人間のドライバーを必要としない完全自動運転の開発を目指すことを意味している。ホンダが完全自動運転を目指すと公式に発表するのはこれが初めてだ。すでにトヨタは2016年1月に同様の表明をしており、また日産は以前から同様の方針を表明していることから、これで日本の3大完成車メーカーがそろって完全自動運転を目指す方針を明確化した。

 レベル3、レベル4の実用化を表明

 二つ目は、2020年にホンダが目指す自動運転のイメージがはっきりしたことだ。高速道路で、車線変更を含む機能を備えた自動運転技術を実用化することは以前から表明していたが、今回明らかになったのは、渋滞時にドライバーが「周辺監視を行う必要がない自動運転の実用化を目指す」ことだ。

 ドライバーが周辺監視を行う必要がない自動運転は、自動運転の「レベル3」に相当する。これまでに実用化されている自動運転技術は、常にドライバーが周辺監視とシステムの監視をする必要がある「レベル2」であり、渋滞時のレベル3は、独アウディがことし発売する最高級車の新型「A8」で世界で初めて実用化すると見られている。ホンダの実用化はこれより3年遅れることになるが、レベル3の実用化時期を表明したのはホンダが国内メーカーでは初めてだ。

 さらに注目されるのが、レベル4の自動運転を2025年をめどに実用化すると表明したことだ。レベル3の自動運転は、システムが対応できないような状況に陥った場合には、人間に運転を戻すことになっている。つまり人間は、周辺監視やシステムの監視義務はないものの、システムからいつ運転が戻ってきてもいいように備えていなければならない。

 これに対して、レベル4は、システムがドライバーに運転を戻すことのない完全自動運転の段階である。ただし、レベル4では、あらゆる運転環境下で完全自動運転できるわけではなく、限られたエリア内、限られた速度領域という具合に、条件を限定している。こうした条件を取り除き、人間のドライバーとほぼ同じレベルの完全自動運転が可能なレベルが「レベル5」である。ここまで示してきた自動運転のレベルは、米自動車技術会(SAE)の規定によるものだ。

 レベル4の自動運転の実用化については、独BMWや、米フォード・モーターが2021年の実用化を表明しており、これに比べてホンダは4年遅れることになる。ただしBMWやフォードはいずれも「ライドシェアリング」、つまり「無人タクシー」や「無人バス」のような用途での実用化を想定しており、より難度が高いパーソナルカーユースでの実用化時期を明示したのはホンダが初めてだ。

 2020年の実用化をにらむ実験車両

 今回のイベントでホンダが公開したのは、高速道路での自動運転を想定した実験車両と、一般道での自動運転を想定した実験車両の2種類だ。このうち高速道路での自動運転を想定した実験車両は「ほぼこの構成で2020年に実用化する」(開発担当者)というもので、完成度は高い。


 まず試乗したのは[レジェンド」をベースとした高速道路での自動運転を想定する実験車両だ。試乗コースは本田技術研究所手内の高速周回路で、手動運転で周回路に入り、ステアリングに設けられた自動運転開始のスイッチを押すと、自動運転モードに入る。まずは自動追い越し。前方を走る車両に近づくと、自動的に車線変更をして追い抜き、追い抜きが完了すると元の車線に戻る。そのときの「ハンドルさばき」は安定していて、安心して運転を任せられると感じた。

 もう一つのデモが渋滞時の「レベル3」の自動運転だ。渋滞時を想定してゆっくりと走る別の先行車両に近づき、その後ろをゆっくり追従走行する。この段階で、車両はレベル3を想定した自動運転モードに入る。ここでスカイプを利用したテレビ電話がかかってきて、カーナビ画面の向こう側の女性と対話するというデモを体験した。


 もう1台の実験車両は一般道の走行を想定したもので、大きな特徴は3台のカメラだけで自動運転を可能にしていることだ。こちらのデモでは運転席に座ることはできず、同乗試乗となった。本田技術研究所敷地内の移動用の道路を一般道に見立てて、カーブに沿った自動走行や、停止線での一時停止、再発進しての交差点での右折などを体験した。こちらは、車内のモニター画面で、カメラが車線を認識して走行軌跡を生成する様子をリアルタイムで確認することができるのだが、車線を認識できない状況に陥ることはなかった。

 このようにホンダは研究開発の方向を大きく変えつつあるのだが、世界の自動車業界の動きは早い。自動運転分野ではレベル4の実用化で、ライドシェアとパーソナルユースの差があるとはいえ、先程触れたようにBMWやフォードに4年遅れることになるし、EV専用プラットフォームでは、これも先程触れたようにVWやダイムラーがすでに発表済みだ。ホンダの方向転換は、こうした世界の潮流に対してやや遅れ気味の感がある。今後の巻き返しに、時間の猶予はあまりない。

nikkeibp.co.jp(2017-07-21)