「ポスト炭素繊維」30年に1兆円市場へ、量産元年

 「セルロースナノファイバー(CNF)は今後の事業の柱として期待が大きい。2017年はエポックメーキングな年になる」。日本製紙の馬城文雄社長は言葉に力を込めた。2017年4月25日、同社の石巻工場(宮城県石巻市)で、CNFの量産設備が報道陣にお披露目された。設備投資額は約16億円。生産能力は世界最大級の年間500トンを誇る。2019年にはフル生産に持っていく計画だ。


 CNFは、紙の原料と同じパルプに含まれるセルロースをナノメートル(ナノは10億分の1)単位まで細かくほぐしたもの。太さは髪の毛の約2万分の1と極細ながら、強さは鉄の約5倍とされる。軽くて強い素材として、プラスチックなどに混ぜて自動車や電機製品の部材などに使うことが期待されている。

 自動車や航空機では既に、炭素繊維複合材料(CFRP)の採用が広がっているが、CNFは植物由来のため環境負荷が低いことなどから、「ポスト炭素繊維」とも呼ばれる。

■「脱製紙」の象徴に

 CO2(二酸化炭素)排出規制の強化で、自動車や航空機の軽量化による燃費改善が一層求められる中、CNFは燃費改善に寄与する有力な次世代素材である。経済産業省は2030年に国内で1兆円市場に育てる目標を掲げており、商機が大きい。もともとパルプを原料に使っていた製紙会社が開発にしのぎを削る。

 日本製紙は今年、石巻工場の他に、富士工場(静岡県富士市)と江津事業所(島根県江津市)でCNFの生産を開始する。冒頭の馬城社長の発言にはこうした背景がある。

 印刷用紙の需要縮小を受けて、製紙会社はパルプの新たな用途を模索する。紙の製造にとどまらない「総合バイオマス企業」を目指す日本製紙にとって、「石巻工場はメイン工場になる」(石巻工場長の音羽徹執行役員)。まさに「脱製紙」を象徴する拠点といえる。

 石巻工場で作るCNFは、既に商品化している大人用紙おむつの抗菌・消臭シート向けの他、自動車に使う高機能プラスチックの強化材としての用途を想定する。

■成形のしやすさで勝負

 王子ホールディングスは5月、複雑な立体形状に成形しやすくしたCNFのシートを開発、サンプル提供を開始した。


 これまでに、透明シートやスラリー、ウェットパウダーの3種類のCNFを開発済み。自動車や航空機の部材、ディスプレー、太陽光パネル、高級化粧品、高機能フィルターといった用途を想定している。

 今回、従来の透明シートに高い成形性を持たせたタイプを加えることで、新たな分野や用途への展開を狙う。既存のプラスチックシートと比べて、高温の状態でも膨張しにくいという特徴も持っており、既に企業から引き合いがあるという。

 今秋には、透明シートの実証プラントを稼働開始する。生産能力は年間25万m2(平方メートル)である。これまで約200社にCNFのサンプルを提供し、ニーズを吸い上げてきた。透明シートの生産を拡大して、より大規模にサンプルを提供できる体制を整え、用途開発を加速させる。

 王子ホールディングス常務グループ経営委員イノベーション推進本部本部長の横山勝氏は、「最終的には自動車用部材を目指すが、そのためには徹底したコストダウンが必要だ。コストダウンをする上で、付加価値を提供できる“キラーアプリ”を見つけて展開することが重要になる。成形性を高めた透明シートはその有力候補だ」と言う。

 同月、同社としてCNFの商品化第一弾となる増粘材の販売を開始した。化粧品や自動車のメンテナンス用品に使われることが決まっているもようだ。横山氏は、「今年はCNFの事業化元年になる。透明シートを増産する秋からが勝負」と意気込む。

■世界展開へ商社とタッグ

 世界展開を見据えて営業体制を強化したのが、中堅製紙会社の中越パルプ工業だ。2017年4月に、丸紅とCNFの用途開発や販路拡大で提携すると発表した。「CNFは世界で競争が始まっており、海外にも広く事業を展開することが重要だ。世界にネットワークを張り巡らせている総合商社と組むのが得策」(中越パルプ工業ナノフォレスト事業部の田中裕之部長)と判断した。

 同社は4年前からCNFのサンプルを販売している。これまでに延べ数百社に提供しているが、マンパワーの不足などから、どんな用途に使われているかを詳細につかみ切れていなかった。丸紅と組むことで、顧客のニーズを吸い上げやすくなると期待する。最大のターゲットとしている自動車用部材の他に、あらゆる可能性を探る考えだ。

 この6月には、川内工場(鹿児島県薩摩川内市)でCNFの量産を始める。約12億円を投じて年間約100トンを生産できる設備を建設した。9月には、CNFをプラスチックと混ぜる生産ラインも立ち上げる。開発本部の永田健二・副本部長は、「できる限り早く軌道に乗せて収益性を確保する。そのために、3〜5年以内には開発の方向性をはっきりさせる必要がある」と言う。

 開発競争が過熱しているCNF。コストダウンもさることながら、いかに付加価値の高い用途を見つけられるかが勝負を分けそうだ。

(日経エコロジー 相馬隆宏)

[日経エコロジー2017年7月号の記事を再構成]

nikkei.com(2017-07-18)