欧州Inside 電気自動車・風力発電のコスト、化石燃料と近く同等に

 欧州で産業界を大きく変える可能性を秘めた2つの「パリティ」が近づいている。パリティとは等価・均衡を意味し、1つは電気自動車(EV)と既存の自動車、もう1つは再生可能エネルギーと火力発電だ。パリティの実現を見越して欧州の主要プレーヤーの動きが活発になっている。

■バッテリー「想像できなかったほどの進歩」

 「バッテリー技術は専門家ですら2、3年前に想像できなかった水準に達し、EVの必要条件がそろった。EVはディーゼル車やガソリン車に劣るどころか、走る楽しさの点ではむしろ優れている」。5月下旬、ドイツ東部カーメンツで開いた電池工場の起工式で独ダイムラーのディーター・ツェッチェ社長は言い切った。

 ダイムラーは約5億ユーロ(約620億円)を投資しカーメンツの電池工場を4倍に拡大する。EVを中心とする電動車両全体では2025年までに総額100億ユーロ(約1兆2200億円)を投資する計画で「外部環境に翻弄されるのではなく、積極的に変えるのがダイムラーという会社の思想だ」とし、EVに一気にかじを切る。

 ダイムラーの電池工場の拡張が完了して稼働するのは18年。この年には重要な意味がある。UBSは5月、消費者がEVを所有するのにかかる費用が欧州で18年にパリティに達するとのリポートを公表した。

 リポートによると、この時期は中国の23年、米国の25年よりも早く、補助金などは考慮していない。背景は電池をはじめとする部品コストや維持費用が下がっているからだ。

 UBSが米ゼネラル・モーターズ(GM)のEV「ボルト」と独フォルクスワーゲン(VW)の「ゴルフ」を年間9000マイル走行で3年間リース使用する前提で比較したところ、すでに現時点で欧州ではゴルフの価格は3%安いだけという結果がでた。減価償却はボルトのほうが2倍近いものの、燃料費と維持費は約半分だった。

 厳しくなる環境規制でディーゼル車やガソリン車の対策費用は今後さらに高くなる。一方、量産効果と高エネルギー密度化で電池コストはさらに下がる。14年に1キロワット時あたり300ドル前後だったリチウムイオン電池は現在200ドル前後、UBSは25年に130ドル前後になるとしている。

 もっとも、自動車メーカーが5%の利益を出せるのは少し先で、欧州では23年とみている。ダイムラーやVW、独BMWの独大手3社はそれぞれ25年に販売台数の最大25%をEVやプラグインハイブリッド車(PHV)などの電動車両にする目標をかかげる。EVが1%に満たない現状からすると高い目標だが、UBSのシナリオ通りなら実現する可能性がある。

 ダイムラーの電池工場起工式にはドイツのメルケル首相も駆けつけた。引き合いに出したのは、世界で初めてのブログラム可能なコンピューターを発明したドイツ人エンジニア、コンラート・ツーゼだ。

 市場化に時間がかかっている間に米国に主導権を握られてしまったことを念頭に、「これは技術政策の教訓だ。2度と繰り返すわけにはいかない。できるだけ早く電動化社会を実現することが重要だ」と強調した。

 EVでは米テスラが存在感を増し、電池技術の核となるセルではパナソニックや韓国のLG化学が先行する。パリティを目前にしたメルケル首相の檄(げき)にドイツの自動車産業は呼応する。

 VWのマティアス・ミューラー社長は5月の株主総会で「未来がEVであることに疑いはない」と断言。電動化などに21年までの5年間で過去5年の3倍の90億ユーロを投じる。電池技術についても欧州と中国の企業との提携交渉をそれぞれ進める。

■80メートルの羽根で発電を効率化

 もう一つのパリティは洋上風力発電だ。発電コストは、1キロワット時あたり5ユーロセント前後とされる石炭火力に迫る。発電コストの目安となるのが落札価格だ。

 洋上風力の落札価格は15年にスウェーデン電力大手バッテンファルがデンマーク沖のプロジェクトで1キロワット時あたり10.3ユーロセントで落札、壁とみられていた10ユーロセントに近づいた。

 そこからが速かった。16年7月にデンマーク電力大手のDONGエナジーがオランダの入札で7.27ユーロセントと、いともたやすく壁を突破。さらにバッテンファルがデンマークの事業を4.99ユーロセントと最低価格の更新が相次いだ。事業が始まる20年ごろに石炭火力とのパリティが実現する。

 これらはまだ特殊なケースだが、業界団体のウィンドヨーロッパによると、30年には典型的な洋上風力プロジェクトの発電コストは楽観的でも悲観的でもない中間シナリオで1キロワット時あたり5.99ユーロセントになると見積もる。

 背景にあるのは、資金調達コストと運営コスト下落、そして設備の大型化だ。再エネ専門投資銀行の幹部は「洋上風力の実績ができてきたことで投資のリスクが下がっている」と話す。16年は前年比39%増の180億ユーロが欧州の洋上風力に投資された。

 設備は年々巨大化・高出力化している。風力発電機最大手のデンマークのヴェスタスと三菱重工業の合弁会社MHIヴェスタス・オフショア・ウインドはこれまでより約2割出力が大きい世界最高の9.5メガワットの発電機を投入。羽根の長さは80メートルにもなり、1基だけで8300世帯の電力をまかなえる。

 MHIヴェスタスの山田正人最高戦略責任者は「立てる本数を減らして初期費用が減らせるだけでなくメンテナンスなどの運営費用にも相乗効果がある」と胸を張る。7メガワットが主力の独シーメンスも「さらに大きい発電機をつくる」と対抗する。

■再生エネ、年5兆円の投資生む

 エネルギー調査会社のブルームバーグ・ニューエナジー・ファイナンス(BNEF)が今月まとめた見通しでは、欧州の再生可能エネルギーへの投資は40年まで年率2.6%のペースで成長すると予測。年平均約5兆円という巨額のマネーが動く。BNEFは40年に欧州の電力供給の半分は風力や太陽光といった再生可能エルギーになるとしている。そのとき化石燃料による発電はほぼピーク需要を満たすためだけに使われることになる。

 洋上風力の課題として常に指摘されるのが発電量の変動と電力網との接続だ。ドイツは北海など北部で作った電力を、自動車などの産業が集積する南部に供給するためのグリッド拡大を急ぐが、完成するまでは洋上風力の導入目標を上げられない。

 ここで再び注目されるのが自動車の世界でのパリティだ。EVの核となる電池の性能向上とコストダウンが、グリッドの安定という課題を解決する可能性を秘める。

 DONGエナジーは英国沖のプロジェクトに2000キロワットの蓄電池を導入する計画を進める。年内に設置する予定で世界で初めての試みという。蓄電池でグリッドへの流入を調整できれば、さらに再生可能エネルギーの活用範囲が広がる。

 同時に蓄電池需要は伸びる。量産効果で電池のコストはさらに下がることになり、まさにEVと再生可能エネルギーは運命共同体といえる。2つのパリティの到来は想像を超えるスピードで世界を変えるかもしれない。
フランクフルト支局 深尾幸生

nikkei.com(2017-06-22)