ハイブリッドではもう遅い?電気自動車で出遅れた日本

 トヨタ自動車などの日本の自動車メーカーは過去15年間、電気モーターとガソリンエンジンの両方で走行できるハイブリッド車で世界市場を席巻し、「環境対策車」で欧米メーカーの追随を許さなかった。しかし、最近欧米や中国では、ハイブリッド車では二酸化炭素の排出量削減に限界があるとして、電気自動車(EV)を環境対策車の柱に据える動きが加速している。こうした世界の 趨勢 (すうせい)を受けて「日本のメーカーはEVの開発を急がないと出遅れる恐れがある」と経済ジャーナリストの中西享氏は警鐘を鳴らす。

 ■販売量を達成できないと「罰金」

 世界最先端の環境規制を進める米カリフォルニア州では、2017年から排ガスゼロ車(ZEV)規制を強化。18年から同州で自動車を一定の台数販売しているメーカーは、EVなどZEV車を一定比率で販売することを義務付けられる。達成できない場合は罰金を払わなければならなくなる。

 日本のメーカーはこれまで、ハイブリッド車は米国で環境対策車にカウントされるとしてきた。しかしハイブリッド車は燃費は良いものの、二酸化炭素を出すため、環境対策の決め手には不十分として「ZEV」には含まれない。一方で、プラグを差し込んで充電もできるハイブリッド車のプラグイン・ハイブリッド車(PHV)はカウントされるものの、EVを相当数販売しないと罰金の対象になってしまう可能性もある。

 日本のメーカーでは、トヨタ、日産自動車、ホンダの3社がカリフォルニア州の規制の対象になるとみられ、トヨタなどにとってもZEV対策は最優先課題といえる。一方、マツダやスバルなどは販売台数が少ないため、猶予期間がある。カリフォルニアでZEV規制が実施されると、数年後には全米に広がるとみられる。

 ■中国で「EV専用ナンバー」

 深刻な大気汚染に苦しむ中国政府は、自動車の生産販売を一気にEVに置き換える方針だ。同政府は20年までにEVとPHVの販売を年間200万台、累計で500万台にする計画を発表、これを実行に移そうとしている。最大の市場である中国でEVが普及すれば、世界市場全体に与える影響は大きい。

 自動車関連シンクタンク・現代文化研究所(東京)の呉保寧・上席主任研究員によると、中国政府は昨年12月1日から、上海、南京、無錫むしゃく、済南、深●しんせんの5都市で、EVに色違いの専用ナンバープレートを付ける実験を始め、今後中国全土で展開する計画という。このナンバーを付けている車は公営駐車場で料金の優遇を受けられるなど、購入時の補助金だけでなく、EVならではのさまざまな恩典を受けられるそうだ。国を挙げてEV化を推進しているのである。

 中国でEV販売台数首位である自動車メーカー「BYD」の本社がある深●では、今年中に市内を走る全てのバス計約1万8000台が、さらに20年までには全てのタクシーがEV化されるという。北京や上海などの大都市でもEVのバスやタクシーが増えている。(※●は土へんに川)

 ■中国メーカーの「足音」

 バス、タクシーなどのEV開発にも力を入れるBYDは、この数年、急速に販売を伸ばしている。日本では京都市のバス会社「プリンセスライン」が2年前にBYDのEVバスを5台購入した。価格は従来のディーゼルエンジンのバスの約2倍だが、日本政府から半額補助が出ている。フル充電で250〜300キロ・メートルを走行できるといい、現在のところトラブルもなく順調に稼働しているため、今年中に追加で2台購入する予定という。BYDはEVバスを積極的に輸出しようとしており、アジア各国で販売を大きく伸ばしている。

 EVは部品の数も少なく、ガソリンエンジンなどの「内燃機関」で日本の自動車メーカーが得意としてきた、複雑な部品同士を調整しながら組み合わせていく「擦り合わせ技術」などもあまり必要とされない。極論すれば、性能の良い電動モーターと電池さえあれば組み立てられる。さらにEVの技術は「自動運転車」にも応用しやすいとされる。これまで世界市場を先導してきた日本のメーカーの背後から、EV開発を急ぐ中国のメーカーの足音が聞こえてきている。

 市場調査会社の富士経済(東京)の予測によると、日本市場では当面ハイブリッド車が優勢だが、欧米や中国では25年ごろからEVの販売が急激に加速し、35年には中国だけで203万台、全世界では15年の16倍を超える567万台のEVが販売される見込みだという。

 ■日本は「FCV」に軸足

 日本のメーカーは燃費を重視した環境対策車の開発を優先してきたため、二酸化炭素の出ないEVより、ハイブリッド車や燃料電池車(FCV)の開発の力を入れてきた。ハイブリッド車は日本市場では高いシェア(市場占有率)を維持しているが、海外では伸び悩んでいる。FCVは開発コストや、水素ガス補給のインフラ整備に膨大なコストが必要になる。水素を補給するスタンドは1か所作るのに4〜5億円かかるといわれており、ガソリンスタンドの約1億円と比べ高すぎるという難点がある。

 EVの販売に力を入れている米国の強豪EVメーカー、テスラのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は、FCVは開発コストや水素補給のインフラ整備に大きな費用がかかることから「異常に価格が高い車だ」と指摘。普及は難しいとみているようだ。

 しかし、経済産業省は、ハイブリッド車、PHV、EVを環境対策車と位置づけたうえ、15年以降は「水素社会の実現」に向けての取り組みを強化しており、次世代環境対策車としてFCVの実用化に力を入れ始めている。東京都交通局も20年の東京五輪を控え、FCVの普及を後押ししようと、今年3月21日からFCVバス2台の営業運転を始めた

 ■欧米メーカーはEVに先行投資

 テスラは、パナソニック製の電池を搭載したEVの新型SUV(スポーツ用多目的車)である「モデルX」(価格は1000万円以上)を昨年発売するなど、日本を含む世界市場で今年3月末までに累計で20万台以上のEVを販売した。さらに今年、1台500万円以下の廉価版EV「モデル3」の生産を始める予定で、EV市場でのテスラの存在感は高まりつつある。一方、「ビッグスリー」の一角である米ゼネラル・モーターズ(GM)は、昨年1月に新型の「ボルトEV」を発表。昨年末から米国で販売している。フル充電時の航続距離が約380キロ・メートル。米国では購入の際、税額の補助が受けられるため、実質約3万ドル(約330万円)からという手ごろさだ。魅力的といえる。ただし、今のところ日本での販売は予定されていない。

 欧州連合(EU)では、出荷台数やそれぞれの車種の燃費値、実際の燃料消費量から算出したメーカーごとに異なる燃費の規制値(CAFE基準値)を設け、規制値を下回らないようにすることを求めている。また、ロンドンなどでは二酸化炭素の排出量が一定量以下だと、「渋滞税」などが免除される特典があり、EVやPHVがその対象になる。

 昨年、販売台数でトヨタを抜いた独フォルクスワーゲン(VW)は、昨年6月に発表した新経営戦略「TOGETHER−Strategy 2025」で、30車種以上のEVを25年までに投入し、同年には総販売台数の20〜25%に相当する200万〜300万台のEVを販売する計画を明らかにした。VWは中国市場でもナンバーワンのシェアを維持しており、EVシフトを鮮明にしている。VWは15年に燃費データの不正が発覚し、巨額の賠償金を支払わされてつまずいたが、EVの普及をにらんで先手を打っている。

 ■トヨタが「方針転換」

 ハイブリッド車の開発を重視してきたトヨタは、ハイブリッド車の次に来る次世代環境対策車はFCVになるとみていた。これまで「EVの新車はいつでも出せる」と強気のスタンスで静観していたが、最大の中国市場でEVの伸びが見込まれることから、急きょ方針を転換した。昨年末に新たにEV開発の部署を設け、豊田章男社長自らが総括を務める力の入れようだ。世界の流れがEVに傾いたことから、ハイブリッド車の栄光に頼っていては主要市場で後手に回ると判断。昨年秋にEV開発にも注力すべく舵かじを切った。

 日本のメーカーでは、日産が10年12月に日本と米国では初めての量産型EVとなる「リーフ」を、日米同時に発売した。昨年末までの世界累計販売台数は25万台だが、フル充電で現在のリーフの280キロ・メートルを大幅に上回る電池を搭載した新型EVを年内にも発売する方針で、EVの市場拡大を見込んで世界市場に投入する考えだ。

 ■カギを握る電池

 開発のカギを握るのは、長距離を走行できる蓄電効率のいい電池を作れるかどうかだ。パナソニックなどの日本メーカーは、車載用のリチウムイオン電池で先行するなど開発をリードしてきた実績がある。車載分野の事業拡大を狙うパナソニックは、テスラと組んで米ネバダ州に「ギガファクトリー」と呼ばれる最新鋭のリチウムイオン電池を量産する巨大工場を建設、今年1月に量産を開始した。テスラは2010年代後半に年間50万台のEVを生産可能にするとしており、ギガファクトリーで量産した電池を搭載する計画だ。

 一方、日産は「リーフ」に供給する電池を供給するためにNECと共同出資で、電池メーカー「オートモーティブエナジーサプライ(AESC)」(神奈川県座間市)を08年に設立した。一方、エンジンで発電した電気を電池にため、モーターの力で走行する「ノート e−POWER」(16年冬発売)には、AESCではなくパナソニック製の電池を搭載した。日産はそれぞれの車種に適した電池を採用する方針だ。

 世界のメーカーが開発にしのぎを削る中で、日本では新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)がトヨタや日産、パナソニックなども参加するプロジェクトで「ポスト・リチウムイオン電池」の開発を急いでいる。

 リチウムイオン電池は、材料にレアメタルのリチウムやコバルトなどが必要だ。しかし、これらのレアメタルの大半は海外からの輸入に頼っており、材料の確保には常にリスクが伴う。さらに、性能面の限界も近づいているとされ、亜鉛やマグネシウム、銅、硫黄などを使い、リチウムイオン電池の約5倍まで蓄電容量を高めた電池の開発を進めている。

 NEDOは30年までにこの電池の実用化にこぎ着けたい計画だが、25年ごろからEVの急速な普及が見込まれることから、30年では遅すぎるとも指摘されている。この電池とは別に、電解質を液体から固体に変え性能や安全性を高めた「全固体リチウムイオン電池」の開発も急いでおり、25年に間に合わせたい考えだ。

 軽量で蓄電効率の高い新しいタイプの電池を、世界に先駆けて開発できるかどうか。日本の技術力が問われる。 

 経済ジャーナリスト 中西 享( なかにし・とおる )

yomiuri.co.jp(2017-06-02)