ホンダ、八郷社長が直面する「らしさ」の壁

 ホンダが4月28日に発表した2017年3月期の連結決算は、同社が取り組むべき課題を浮き彫りにした。タカタ製エアバッグのリコール(回収・無償修理)問題から立ち直った姿を示す一方、他社にない商品力を武器に市場を切り開く「ホンダらしさ」は依然乏しい。取り戻しつつある勢いに弾みがつくのか。6月に就任から3年目へ入る八郷隆弘社長によるブランドの再定義にかかっている。

 「これはシビックではない」「これぞホンダ」。ホンダがソーシャルメディアの自社ページに4月24日投稿したあるニュースを巡り、愛好家たちが熱い議論をネット上で繰り広げた。

 話題の的は、今夏に発売予定の高性能スポーツ車である新型「シビック タイプR」。ドイツのニュルブルクリンクのサーキットで走行試験を実施し、FF(前輪駆動)モデルで最速ラップタイムを記録したという。世界の自動車メーカーが高性能車の性能を試すサーキットで最速だったという名誉な話題だが、愛好家にとって「ホンダ」が持つ意味は大きい。

 1970年代当時で最も厳しい排ガス規制とされた米マスキー法を初めてクリアした「CVCCエンジン」など、ホンダには幾つもの世界初を達成した歴史がある。同社が四輪車メーカーとして躍進した原動力は、創業者の本田宗一郎氏が重視した「操る喜び」と「役立つ喜び」への共感だ。それだけにホンダらしさの定義は難しい。

 その魅力が揺らいでいる。本業の収益力を測る営業利益は17年3月期に前の期から67%増加したが、今期18年3月期は前期比で16%落ち込む見込み。なにより売上高営業利益率は5%と前期に比べ1ポイント悪化する。為替変動や年金会計処理の影響もあるが、原材料高や労務費の上昇、研究開発費の増加を販売の伸びで補えない。付加価値を乗せた高い値札に難色を示す消費者の姿を映し出す。

 18年以降は米国をはじめ欧州や中国で環境規制が厳しくなり、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)など電動車の販売数量を増やす必要がある。「今後は自動運転やコネクテッドカー(つながるクルマ)などの技術革新への対応で、クルマの原価は右肩上がり」(ホンダ幹部)だ。

 グループの世界販売台数が1000万台を超えるトヨタ自動車や独フォルクスワーゲン(VW)に比べ、規模が半分にとどまるホンダはコスト競争力では劣勢に回る。採算を確保するためには単価の引き上げは避けられず、消費者に付加価値を認められるブランド力は欠かせない。

 八郷社長が経営トップに就任してからの2年間は開発体制の見直しや組織改革など拡大路線のひずみを修正する内向きな改革に追われたが、最近では孤高と思われがちなホンダのイメージを変える施策も出始めた。昨年末からIT(情報技術)企業との提携など「オープンイノベーション」を相次ぎ打ち出す。

 とはいえ、ホンダ株のPBR(株価純資産倍率)は解散価値を示すとされる1倍を下回る。投資家の視線は厳しく、「膨らむ研究開発費が将来の収益につながる確信が持てず、買いを入れづらい」(国内機関投資家)との声も漏れる。

 ホンダは軽スポーツ車「S660」を発売し、最上級スポーツ車「NSX」を復活。F1にも再参入した。操る喜びを前面に出したスポーティーなイメージでブランドを引っ張ろうとしているが、ホンダらしさを巡る論争が今も尽きないのは消費者に明確なメッセージを届けられていない裏返しだ。

 八郷社長は年内にホンダの中長期の針路を定めた「2030年ビジョン」を公表する予定だ。偉大な創業者が築いた印象が強烈なだけに、乗り越えるべきハードルは高い。

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nikkei.com(2017-05-01)