ホンダ、「日本第一」が映す八郷改革の本丸

 「重要課題は日本だね。まずはホンダのオリジナルである日本をもっと元気にしないといけない」。年明け早々、ホンダの大番頭、倉石誠司副社長に2017年の重要課題を尋ねたところ、「日本第一」という意外な答えが真っ先に返ってきた。「トランプ・リスク」が高まっていた時期だけに拍子抜けした。発言の真意を探ると、八郷隆弘社長が15年6月の就任以降、取り組んできた改革がいよいよ仕上げの段階に入ったことを示唆している。

 ◆「縦軸」「横軸」で効率経営

 八郷改革のポイントは「チームホンダ」(八郷社長)だ。各部門の役割と権限を明確化にしながら、企業全体の最適化を目指す――。八郷社長は「各部門から4番バッターを集めたようなオールスターチームは案外うまくいかない。全員がスーパーマンではなくても、多様な個性を持った人材が、強みと弱みを互いに理解し合って補い合うチームが機能する」と語る。

 そうしたチーム作りに向け、組織改革を着々と進めてきた。地域を「縦軸」、開発や生産、調達などの事業部機能を「横軸」と位置づけ、タペストリーのようにバランス良く編み込むことで全体最適の効率経営を目指す試みだ。地域軸と機能軸の司令塔には専務クラス以上の役員を付け、権限を委譲した。社長の会議出席を控え、個別案件は担当役員と密な対話から聞き出す。「役員が部長、部長が課長の仕事をしていては権限委譲はできない」(八郷社長)からだ。過去に地域の独立性が強すぎて経営の混乱を招いた教訓から、全く新しい経営の枠組みを生み出した。

 そこで本丸として重要さを増すのが日本だ。「世界各地で現地化を進めているが、機能軸の中心はやはり日本。国内の社員一人ひとりが改革の狙いを理解し、意識を高めなければ全体の力も上がらない」。ホンダのある幹部は力を込める。背景には上意下達で進めてきた改革は早晩、限界を迎えるという危機感も潜む。八郷改革は、現場の社員一人ひとりの力がより求められる局面に入る。

 ◆技術の自前主義を転換

 八郷社長は経営の新たな枠組みづくりと同時に、技術の自前主義を転換。「オープンイノベーション」を掲げ、電動化や自動運転などの先端技術を中心に他社と積極的に提携してきた。米グーグルを傘下にもつアルファベットの自動運転開発子会社ウェイモとは完全自動運転で提携。米ゼネラル・モーターズ(GM)とは燃料電池車の基幹システムの開発・生産、そして電動車向けモーター分野では日立製作所の子会社、日立オートモティブシステムズと矢継ぎ早に手を結んだ。

 自動車業界に技術革新のパラダイム・シフトが起きるなか、ホンダは自前で手掛けるべき技術と他社と協調すべき技術を水面下で選別してきた。八郷社長は「技術の選択と集中は、ほぼ仕分けが整いつつある」という。こうした提携は今後も増え、実りあるものに育てる段階に差し掛かる。

 ナカニシ自動車産業リサーチの中西孝樹氏は「研究開発の効率化に向け、オープンイノベーションに進む方向性は正しい。ただ、それを企業文化として現場の最前線にいる社員まで浸透できるか。仮にできなければ、うわべで終わる」と警鐘を鳴らす。ホンダは技術者を中心に独立意識が高く、こだわりも強い。経営トップが改革に込めた思いが社員全体で共有されなければ、提携のシナジー効果は得られない。

 業績は回復傾向にある。2017年3月期の連結純利益見通しは前期比58%増の5450億円。直近ピークの7〜8%台にこそ届かないが、営業利益率も5.7%と前期より2ポイント強高まる。世界販売台数は初の500万台の大台を上回る見込みで、小型車「シビック」、多目的スポーツ車(SUV)「CR―V」などの世界戦略車が北米や中国市場の収益をけん引する。世界戦略車を絞り込んで効率よく世界で売る――。かつてホンダが誇った勝ちパターンを取り戻しつつある。

 ◆逆行高演じる株価

 株式市場は八郷改革の行方を冷静に見極めようとしている。ホンダの株価は昨年末から3%上昇した。トランプ米大統領の保護主義政策に対する懸念からマツダ(21%安)、トヨタ自動車(9%安)、富士重工業(11%安)が軒並み敬遠されているのとは対照的だ。米国販売に占める現地生産比率が7割と「米フォード・モーターに次ぐ高さ」(倉石副社長)も、相対的にトランプ・リスクを受けにくい要因として投資家に評価されている。

 足元の業績回復基調を追い風にするためにも、本丸・日本国内の改革に弾みを付けたいところ。中西氏は「今のホンダ社員は会社が追い込まれる危機を経験していない。のど元過ぎれば熱さを忘れてしまうのを懸念している」と指摘する。往年の輝きに向け、八郷改革は最終コーナーを回った。

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nikkei.com(2017-02-10)