減産合意の影でちらつく石油時代の終わり

 石油輸出国機構(OPEC)が8年ぶりとなる減産で合意した。エネルギー関係者が安堵したのは、長引く原油安への対応で産油国が足並みをそろえたことだけではない。OPECの盟主であるサウジアラビアが石油政策を根本的に変えたのではないかとの懸念を、とりあえず打ち消したからだ。

 サウジの石油相を20年以上にわたって務めたアハメド・ザキ・ヤマニ氏が残した警句がある。

 「石器時代は石がなくなったから終わったのではない。(青銅器や鉄器など)石に代わる新しい技術が生まれたから終わった。石油も同じだ――」

 ヤマニ氏は1973年の第1次石油危機の引き金となった産油国の石油戦略を主導し、OPECの名を一躍、高めた。しかし、サウジはその後、一転して需給に応じて生産量を調整する市場の調整役を担うようになる。

 行き過ぎた原油高は代替エネルギーの開発を促し、石油離れを加速する。石油を使い続けてもらうには消費国も納得する価格水準でなければならない。

 石油の世紀を長引かせ、自国に眠る石油が生む利益を最大化する。これがサウジの基本戦略になった。「ヤマニの警句」は逸脱への戒めとなってきた。

■5〜15年で需要はピーク?

 ところが、2014年11月、原油価格の下落局面でOPEC総会は減産を見送り、サウジが調整役を放棄したとみた相場は下げ足を速めた。産油国は歯止めのきかない増産競争に突入した。

 原油価格の維持から市場シェアの重視へ。エネルギー関係者の間では、サウジに転換を迫ったのは米国でのシェールオイルの生産増大との見方が一般的だ。

 だが、シェールオイルの向こうに、石油大国サウジを脅かす別の影が見え隠れする。極端な原油高でなくても、石油の消費は遠からず頂点(ピーク)を迎えるとの見方だ。生産可能な石油の資源量には限界があるとする、かつての「ピークオイル」論ではない。石油の利用自体が頭打ちになる「需要のピーク」論だ。

 「需要ピークは5年から15年の間にやってくるかもしれない」。英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルのサイモン・ヘンリー最高財務責任者(CFO)は先月、こう語った。一部の研究者だけでなく、メジャー(国際石油資本)の一角が需要ピークを言及したことに驚きが広がった。

 10月にイスタンブールで開いた「世界エネルギー会議」はエネルギー需要がピークを迎える結果、石炭や石油は存在しても開発されない「放置された資源」になる可能性があるとの文書を発表した。

 背景にあるのは地球温暖化対策の道筋を定めた「パリ協定」の発効や、電気自動車の普及など、イノベーションの進展や省エネルギーへの期待だ。

 石油は中長期的にエネルギーの主軸を占めるとの考え方はまだ、主流だ。国際エネルギー機関(IEA)のファティ・ビロル事務局長は「トラック輸送、航空燃料、石油化学の分野では石油が欠かせない。石油の時代が終わるというのは早い」と言う。

 需要ピークが早期に到来するのかどうかを見極めるにはもう少し時間が必要だ。ただし、現実になった時、「放置された資源」を最も抱え込むのはサウジだ。

■長引く原油安、構造的対応迫る

 ロシアやサウジなど、主要産油国が4月にカタールの首都ドーハで開いた会合は増産凍結で合意するとみられていたが、土壇場で破談になった。イランが凍結に加わらない合意をサウジの実力者であるムハンマド副皇太子が拒否したためとされる。

 エネルギーアナリストの岩瀬昇氏はこのニュースに接した時、「サウジの石油政策の根本的変更」を危惧したという。「長期にわたりエネルギー供給の中心に石油を位置付ける」政策から、「地下に眠る石油をいっときも早く市場に放出し、現金に変える政策を取るのか」と心配した。

 サウジでは表面的にはヤマニ氏に代表されるテクノクラートが石油政策を仕切り、実際の決定権を持つ王族が表に出ることはなかった。ドーハ会合ではムハンマド副皇太子の姿が見えたことに政策変更の可能性を感じたのだ。

 11月末のOPEC総会でサウジは減産合意を主導した。イランに歩み寄り、非OPECの代表格であるロシアとも調整を続けた。

 サウジのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は「市場均衡へ動きは加速するだろう。良い日になった」と述べた。市場の安定へ期待を示す言葉からは、かつてのサウジに戻ったように見える。

 本当にそうだろうか。長引く原油安は産油国や石油会社に構造的な対応を迫っている。サウジのムハンマド副皇太子は「20年までに石油依存から脱却する」と語り、非石油部門の育成など、大胆な社会・経済改革に踏み出した。

 メジャーは天然ガスへのシフトや再生可能エネルギーの拡大など事業領域の見直しを急ぐ。原油安の向こうに「ヤマニの警句」の現実味をかぎとっているのかもしれない。

< 編集委員 松尾博文 >

nikkei.com(2016-12-12)