クルマを一変させる「CASE」って何だ?

 10月16日に閉幕したパリモーターショー。報道公開日は各種の記者発表を駆けずり回ったが、最も印象に残ったのは、「CASE=ケース」という造語だった。

 発言の主は独ダイムラーのディーター・ツェッチェ社長だ。「ダイムラーが新ブランドを立ち上げるらしい」。そんな噂によって報道陣で溢れかえった会場に、お馴染みの髭をたくわえジーンズ姿で登壇したツェッチェ社長は、新型EV(電気自動車)の発表をこう切り出した。

 「学生にメッセージを送りましょう。私は(大学で)電気工学を学んだ。なぜ機械工学を学ばないのかと言われたが、この40年間が間違っていなかったと確認できた。今日のメーントピックはEV(電気自動車)だ」


 そしてプレゼン終盤に、翌日の現地新聞紙面を賑わせたEV専用の新ブランド「EQ」を発表したのだが、記者はむしろその前にツェッチェ社長が言った「CASEこそ業界を一変させる力を持っている」というフレーズが耳に残った。

 結論を先に言えば、CASEは4つのキーワードの頭文字を取ったものだ。コネクティビティ(接続性)の「C」、オートノマス(自動運転)の「A」、シェアード(共有)の「S」、そしてエレクトリック(電動化)の「E」である。

 言われてみれば、今の自動車のトレンド4つの頭文字を並べただけなのだが、「大切なのはこの4つを包括的に提供するパッケージだ。(新ブランドである)『EQ』はCASEにのっとったビジネスを展開する」というツェッチェ社長の発言を聞いて、ようやくダイムラーが目指す未来を想像できるようになった。

「我々はモビリティ・プロバイダーになる」

 発言から読み取れるのは、この4つを個別に開発するつもりはないということだ。分かりやすいのは、接続性の「C」と自動運転の「A」だろう。

 自動運転の実現には、1台のクルマが周囲を認識しただけでは情報が不足する。カーブの先の事故や100m先の路面凍結の有無、交差点で死角になった位置からのクルマの侵入などといった情報は、クルマとクルマが接続されていて初めて分かる。つながることと自動運転は切っても切り離せない関係になっている。

 自動運転の「A」と共有の「S」はどうか。すぐに思い浮かぶのは、自動運転タクシーだ。相乗り可能な無人タクシーが走り回る世界。しかもツェッチェ社長は「それが個人の収益源になる」と話した。所有者が使わない間、タクシーとして走り回らせておくという未来図だ。

 同社は子会社を通じて、2007年から「car2go」と名付けたカーシェアリングサービスを開始し、今年8月に会員が200万人を超えた。これは自動車メーカーとしては世界最大だ。ダイムラーはシェアリングの延長線上に自動運転タクシーを置いているのだろう。


 同社は以前から、「メーカーではなくモビリティ・プロバイダーになる」と公言している。自動車などの乗り物をサービスとして提供する会社になるという意味で、それは既にcar2goとして一部実現している。

 そして最後の「E」も、全てにつながる。

EV専用プラットフォームという意気込み

 ダイムラーが発表したEV専用ブランド「EQ」は、CASEの要としてEVが位置付けられていることを象徴していた。モーターのみで動くEVは高精度な電子制御が可能で、応答性を高めやすい。エンジンを置くスペースが不要なので、各種センサーやECU(電子制御装置)などを置く余裕も生まれる。このため、電子制御による自動運転とはもともと相性がいい。


 シェアリングとの兼ね合いはどうか。相乗りタクシーのような近距離移動の場合は都市部での利用がメーンとなるため、充電設備を効率的に配置しやすい。ガソリンの給油と違って、充電は所有者の家でもできるし、シェアリングする際の乗り捨て場所でもできる。借り手がいない際に充電しておけばいい。

 ダイムラーの「本気度」は、専用プラットフォーム(車台)を作るという内容からも伺えた。EVにはバッテリーを置く空間が必要なため、ガソリン車やHV(ハイブリット車)と共通のプラットフォームでは制限が多い。

 ただし、文字通りクルマの土台となるプラットフォームの開発には莫大な投資がかかる。専用プラットフォームとなれば、後戻りはできなくなる。そこまでしてEVにこだわるのは、CASEの要としてEVを位置付けているからだろう。

 開発トップのトーマス・ウェバー取締役は日経ビジネスなどの取材に対し「まだ(次世代車の)主役が決まったわけではない」と打ち明ける。それでも、ツェッチェ社長のプレゼンは、これからの主役はEVであると高らかに宣言しているように見えた。

 奇しくも同日、独フォルクスワーゲンが新型EVを発表。こちらも専用プラットフォームを開発していることを明かした。その直後、ドイツ連邦議会は2030年までにEVやFCVなどの排ガスゼロのクルマ以外の新車販売を禁止する決議案を採択した。今後はこの案をドイツ政府が採用するかどうかに焦点が移るが、欧州のEVシフトは急激に進み始めている。

 クルマを一変させる「CASE」と、その要である「E」。もはやクルマは単体で語るのが難しい時代になった。EV対FCV(燃料電池車)。EV対HV(ハイブリッド車)という単なるパワートレーンの競争ではなく、その背後にあるサービスまで含めた競争に軸が移りつつある。  競争軸が変わる時代、どれほどの自動車メーカーが2030年まで生き残っていられるか。ダイムラーはそのころ、「我々はもはやメーカーではない。モビリティ・プロバイダーになった」と宣言しているはずだ。
島津 翔(日経ビジネス記者)

nikkeibp.co.jp(2016-10-19)