=== 天才を生む国、イスラエル IoTシーズはここにある ===

自動運転車のカギを握るイスラエルのヒーロー

創業から17年でモービルアイを時価総額1兆円企業に育てた男

 今年相次いだ完全自動運転を目指す自動車産業の大型提携には、しばしばこの男の姿があった。イスラエルを拠点にする車載画像認識チップの世界最大手、モービルアイのアムノン・シャシュア会長兼CTO。ヘブライ大学でコンピューター科学の教授も務める生粋の技術者だ。
 2014年に上場した同社の時価総額は約1兆円。技術を世界に売ることで外貨を稼ぐイスラエル経済界の代表的な経営者の1人と言える。圧倒的なスピードで成長を果たした同社の強みはどこにあるのか、シャシュア会長に聞いた。
(聞き手は寺岡 篤志)

過去4年、売上高は前年比で70〜110%増え続け、27の自動車メーカー、計1200万台がモービルアイの画像認識チップ「EyeQ」を採用しています。どうしてこれほどの急激な成長を果たし、ADAS(先進運転支援システム)分野で圧倒的なシェアを獲得できたのでしょうか。


シャシュア会長:なぜモービルアイが市場を支配しているか。それはアクティブセーフティー(予防安全)の役割を考えれば分かる。  モービルアイが開発しているのは、目前に迫った衝突事故から運転手を守る技術。ブレーキ系など自動車のシステムに干渉するアクティブセーフティーだ。もし状況判断を間違えて、過った干渉をすれば、破壊的なダメージが運転手だけでなく、自動車メーカーにもたらされることは想像してもらえると思う。  アクティブセーフティーは非常に高い精度が必要とされ、そうでなければ自動車メーカーの評判を傷つけるものにしかならない。例えばスマートフォンならばシステムのアップデートをする余裕があるし、消費者もそれに慣れている。欠陥がヒトの生死に直結する自動車にその余裕はない。

ビッグデータが裏付ける技術

 完璧な精度を裏付けるのは完璧な検証。そして完璧な検証の裏付けとなるのは膨大な走行データしかない。何年もデータを積み上げ、信頼性が実証されたシステムでなければ、自動車には使えない。それは1つの自動車メーカー、1つのプロジェクトがとても集められない量のデータだ。

 モービルアイは創業期から衝突回避の技術開発に取り組み、走行時の画像データも収集してきた。一端この分野で優位性を持てば、競合が追いつくのは難しい。システムの能力の拡大要求は常にきていて、そのたびに長期間の検証が必要となるからだ。例えば欧州の安全性能評価「ユーロNCAP」は2014年に自動緊急ブレーキの有無を基準に加えた。 2016年には歩行者との衝突回避も追加された。2018年には米国でも自動緊急ブレーキが安全評価試験の項目に加わる。

 こうした自動車業界のスピーディーな発展がモービルアイの競争力を決定的なものにしている。

走行データはどれぐらい、あるんですか?

シャシュア会長:6000万kmのデータが整理され、いつでも使える状態にある。重要なのはこれが偏りのないデータだということだ。昼か夜か、天気はどうか、都会か田舎か、あらゆる環境のデータが揃っている。

 多数の自動車メーカーと連携することで出来上がったデータだ。1つのメーカーとだけ組んでも、どうしてもそのメーンの市場の走行データに偏ってしまい、場所によって機能の信頼性に差が出てしまう。

走行データの収集はいつ始まったんですか?

シャシュア会長:1999年に創業し、2000年には日本、米国、欧州のメーカーと連携して収集を始めている。16年間積み上げてきたデータだ。グーグルよりもずっと早くから動き出しているんだ。


今年1月に発表した「ロード・エクスペリエンス・マネジメント(REM)」は米グーグルなどが完全自動運転の実現に向けて取り組んでいる3Dマップのデータ量を10万分の1に圧縮するとうたっています。

シャシュア会長:完全自動運転を支援する地図は、非常に細かいデータの集合だ。少しでも道路環境に変化があった場合、即座に現実を反映しなければ意味がない。安全に関わる問題だから、1年間後なんて悠長なことは言っていられない。数分間でデータを更新しなければならない。

 REMの技術は(不特定多数が参加して構成する)クラウドソーシングの技術だ。自動車の前方カメラを使って、地図とリアルの道路状況の違いを検知する。数千万台の自動車がREMを搭載すれば、現実のあらゆる変化がすぐにクラウドサーバー上の地図に反映される。

 素早く現実のデータを反映させるために、データ量を圧縮する。1km当たりたったの10キロバイト。携帯電話の通信ネットワークでも、全く問題にならない量だ。通常の3Dマップなら1ギガバイトはかかってしまう。

どうやってデータを圧縮するんですか?

シャシュア会長:3Dマップの基になるのは画像データだ。画素のデータを細かく送信していては膨大なデータになる。画像データを、AI(人工知能)を使って抽象化する必要がある。

 データは2つに分けて考える。1つは車線やガードレールなど、走行可能なエリアを定める境界線。これは幾何学的なパラメーターで表現できる。

 もう1つはクルマが地図のどの位置にいるかを特定するためのランドマーク。交通標識や信号、道路照明、などがそれにあたる。これはどの位置にあるかが重要なデータだ。だからランドマークのリストを作っておけば、位置データに置き換えられる。

全ての自動車メーカーと組みたい
REMの顧客メーカーは走行データをモービルアイに集約させて、できた地図を共有するということですか?

シャシュア会長:その通り。REMの概念は、全ての自動車メーカーが参加できる共同事業体を作ることだ。独フォルクスワーゲン(VW)、米ゼネラル・モーターズ(GM)、日産自動車は既に覚書にサインしている。近くさらに4〜6社が新たに加わる見込みだ。全ての自動車メーカーに参加してもらいたい。全員が勝者となるシステムだからだ。(オランダのデジタル地図大手の)トムトムとも連携している。

VWやGM、そして独BMWとは自動運転に関する技術提携を結び、直近8月にも自動車部品大手の米デルファイ・オートモーティブと「セントラル・センシング・ローカライゼーション・アンド・プランニング(CSLP)」と呼ばれるシステムを共同開発すると提携しました。狙いは何でしょうか?

シャシュア会長:BMWなどとの提携は完全自動運転を目指した自動車メーカーとのパートナーシップだが、デルファイとのパートナーシップはサプライヤーのパートナーシップだ。2社で(クライアントが即座に使えるような状態で引き渡す)ターンキーシステムを作る。自動運転を開発するための大規模投資をする余裕がない自動車メーカーに提供できるシステムだ。

 CSLPは、センシング、REMを用いたマッピング、自動運転向けのAIを組み合わせる概念だ。センシングはカメラとレーダーを利用し、レーザースキャナーのような高額な機器は使わない。REMのような多くの自動車が参加するクラウドソーシングのシステムには合わないからだ。グーグルにとってレーザースキャナーは重要なセンサーだが、CSLPは違う。AIには高速道路の合流や環状交差点など複雑な環境でも使えるように深層学習で経験を積ませていく。


モービルアイの自動運転技術が普及したとき、世界の交通はどのように変化すると思いますか?

シャシュア会長:最初の影響は都市部における「シェアード・モビリティ」だろう。運転手のいないウーバー(=米配車アプリ大手のウーバーテクノロジーズ)のクルマが主要な交通手段の1つになる。運転手の人件費は輸送コストの半分を占めるから、大きな経済的価値がある。こうしたクルマは止まる必要がないから、駐車場も要らなくなる。都市部では人間の運転が禁止される状況になることだってあるかもしれない。

 第2に、自動運転車で地方にも行けるようになると、自動車を所有する必要がなくなる。自動で家までやってくるレンタカーを注文して、2日間ぐらい旅行に行ってから返却する。毎月会費だけ払えば良い。現在よりもっと大きな収益を生む自動車サービスのビジネスモデルが生まれるだろう。

 もちろん輸送も大きく変わる。トラック運転手が要らなくなる。

エアバッグはもう要らない

 自動車の作り方も変わる。完全自動運転が普及すると、事故を起こす可能性はかなり低くなる。エアバッグなどの「パッシブセーフティ(衝突安全)」は要らなくなるんじゃないだろうか。製造コストが劇的に低くなる。

 その変化の起点は2021年ごろというのが自動車業界の総意だと思う。その頃にまず商用車から変わり始める。その後10年ぐらいで、都市の交通、クルマの所有、都市計画などが根本的に変わっていくだろう。

 「インテルインサイド(インテル入ってる)」。この言葉はイスラエルにとって一際大きな意味を持つ。米インテルは1974年にイスラエルにデザインセンターを設立。欧米IT企業の中でもいち早くイスラエルへの投資をきめた会社の1つだ。そのインテルはイスラエルを取り囲みボイコット運動を展開していたアラブ諸国も受け入れざるを得ないほど、その技術を世界にあまねく普及させた。

 「全ての自動車メーカーと連携したい」と思い描くシャシュア会長の野望は、インテルの功績をなぞらえているように映る。その原点と日本は実は密接に関わっている。モービルアイ創業前のシャシュア会長に、画像認識システムの開発を発注したのは日本の自動車メーカーとその系列のメガサプライヤーだった。関係者によれば、システムのプログラムの開示を巡り行き違いがあり、提携は破談になったという。自社で技術を囲い込む傾向にある自動車メーカーの「クローズド・イノベーション」の壁を越え、「モービルアイインサイド」を実現することはできるか。決着の日は遠くない。
(寺岡 篤志 日経ビジネス記者)

nikkeibp.co.jp(2016-09-20)