ここまで来た自動運転

日産、トヨタ、ホンダ、それぞれの戦略

 自動運転がいよいよ普及段階に入った。BMWやアウディ、ダイムラーなどのドイツ勢が開発の先頭を走るが、日本勢も負けてはいない。2016年9月5日号の日経ビジネスの特集「ここまで来た 自動運転」では、BMWの最新試作車を世界初取材。ドイツの自動車メーカーを徹底取材した。本連載では、迎え撃つ日本勢の戦略も含め、本誌に掲載しきれなかった関係者インタビューなどを掲載していく。

 トヨタ自動車、日産自動車、ホンダの3社の中で最も積極的に「自動運転」という言葉を販売戦略に生かしているのが、日産自動車だ。日産は2016年8月24日、ミニバンとしては世界初となる自動運転技術「プロパイロット」を搭載した新型「セレナ」を発売した。

 新型セレナのプロパイロット搭載モデルでは、高速道路の単一路線において、前方車と一定の距離を保ちながら自動走行したり前方車に合わせて停止したりできる。

日産があえて「自動運転」を使うワケ

 日本では一般に、米運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)が定義した自動運転のレベル分けが採用されている。それによると、アクセル、ブレーキ、ハンドルのうち複数の機能をクルマが担当できるものは、準自動運転の初期段階に当たる「レベル2」に相当する。日産のプロパイロットはレベル2に該当すると考えられる。そのため自動車業界関係者の中から「自動運転というより運転支援システムではないか」と指摘する声も出ている。

 なぜ日産は新型セレナの発売で「自動運転」という言葉を使っているのか。自動運転関連技術の開発に携わる日産AD&ADAS先行技術開発部の飯島徹也部長にその点を聞くと、興味深い答えが返ってきた。

 「セレナはリアルポケモンのようなものだ」


 人とクルマが交代で運転できる準自動運転(レベル3)に相当するクルマは現在、BMWなどドイツ製を含めてどの自動車メーカーも市販していない。セレナは高速道路の単一車線という限られた条件下であればクルマが自動で運転できるが、範囲がまだ狭い。一般には車線変更の判断も含めてクルマが自動で実施するものをレベル3と呼ぶ。つまり、現時点で市場に出回っているクルマで最も自動運転に近い技術を搭載した車両がレベル2なのだ。

 そんな中、300万円を切る価格帯の「大衆車」で、前述の機能を実現できるのは、日系メーカーが作るクルマの中ではセレナが初めて。2015年12月に発売されたトヨタ自動車の「プリウス」も、同様の機能を備える上に300万円前後の価格帯だが、セレナが搭載する「車線維持」の機能は積んでいない。

 飯島部長が「リアルポケモン」と例える理由がここにある。

 「未来のクルマは自動運転になると言われても、目の前にモノがなければ消費者には伝わらない。セレナはリアルポケモンのようなもの。リアルに見せるだけでなく、リーズナブルな価格で(より多くの消費者に)提供することで、消費者に自動運転をより身近に感じてもらうのが目的だ」(飯島部長)

 まずは消費者の目の前に、その価格帯で可能な限りの技術を投入して自動運転らしい機能を見せる。それが将来、自動運転車の市場そのものを拡大することにつながると飯島部長は考えている。

自動運転という言葉に慎重なトヨタ

 トヨタ自動車が「自動運転」を意識した開発を本格化させたのは2014年頃からだ。1990年代から自動運転につながる要素技術の開発を手がけてきてはいたものの、それをもって自動運転という呼び方はあえてしてこなかった。例えば、クルマが前方車などにぶつかりそうになると自動でブレーキがかかる「プリクラッシュセーフティシステム」。これも自動運転を構成する技術の一つだが、社内的にも販促においても「安全機能」という位置付けを強調してきた。

 そのため「トヨタは自動運転の開発に遅れている」という印象を持つ人もいるが、実際は違う。カーナビゲーションに目的地を登録すれば、高速道路においては、本線への合流から車線変更、出口での分流まで、全てを人に頼らずクルマが自動でできる試作車を開発済み。2015年10月、これを報道陣に公開している。

 トヨタは現時点で実現できる技術を「Mobility Teammate Concept」と呼ぶ。「パイロット(操縦)」ではなく「Teammate(チームメイト)」という言葉を選んでいるのは、人が全く介在しないレベル4のクルマではなく、人とクルマが「チーム」で運転する準自動運転車である点を強調するためだ。

 「自動運転はあくまで安全のための技術であるはずだ。そのためにも機械がどこまでできるのかを正しく消費者に伝える必要がある」(トヨタ)。

 2016年7月に米国で発生したテスラ・モーターズの「モデルS」の事故。モデルSはレベル2の車両であるのに、ユーザーが、一定条件下では完全にクルマに運転を任せられるレベル3であるかのように使用したことが、事故原因の一つと考えられている。

目の見えない人も“運転”できる愛車

 トヨタは一方で、自動運転技術の開発を水面下で着々と進めている。2020年頃に高速道路での自動運転の実用化を目指すことも公表した。

 開発に対する考え方で他社と違う点は何かを先進安全先行開発部の鯉渕健部長に聞いた。すると鯉渕部長は、トヨタが自動運転によって実現しようとしている「究極の目標」について話し始めた。その目標とは「すべての人に移動の自由を」というものだ。

 「安全で便利な自動運転が実現するなら、それを享受できる人を特定の人に線引きすべきではないと考えている。『すべて』というのは文字通り、すべての人だ。高齢の方はもちろん、目が見えないなどの障害を持つ方も楽しめる『愛車』を作りたい。もしかしたら他社も同じ考えを持っているかもしれないが、この点には特にこだわりを持っている」(鯉渕部長)

 完全自動運転車が行き交うのが当たり前の世の中になれば、人が運転する意味が薄れ、それだけ「自動車を所有したい」と考える消費者の数は減ると予想される。もちろん、そんな未来がやってくるまでには相当の時間がかかると考えられるが、そうなってもクルマを作り続けたい、売り続けたい、というのがトヨタの本音なのだろう。

あくまで「安全」を押すホンダ

 トヨタと似たスタンスを取るのがホンダだ。自動運転領域でのコンセプトは「Safety for Everyone」。「新しい技術(機能)は、それが安全につながると自信を持てるまで検証してからでないと市販車には搭載しない」と、本田技術研究所四輪R&Dセンターの杉本洋一・上席研究員は言い切る。


 ホンダは自動運転に関連する技術をいち早く市場に投入してきた「先駆者」でもある。クルマが車線を認識して自動で車線維持する機能は2002年、「アコード」で他社に先駆けて搭載した。にもかかわらず、あまり自動運転の領域で「ホンダ」の名前が登場しないのは、前述の通り社内では「安全のための機能」と位置付けているためだ。

 興味深いのは、ホンダが技術の完成度を検証するための施設に一定のこだわりを持っている点。そのために栃木県の拠点に自動運転用のテストコースまで作った。その大きさは、東京ドーム4.5個分。建物までは作っていないが、市街地を模した道路や標識を設置。人の行き交いを想定した実験などを2016年4月から始めている。

 市販車だけを見ると、ドイツ勢に比べて開発が遅れているかに見える日本勢。しかし、決してそんなことはない。日本のメーカーが得意とする大衆車で自動運転が普及した時、日本勢は一斉に勝負をかけるだろう。

池松 由香:日経ビジネス記者

nikkeibp.co.jp(2016-09-05)