ホンダNSX、1台2370万円に賭けた挑戦

 ホンダは25日、国内で高級スポーツカー「NSX」の受注を約10年ぶりに始めると発表した。新型は高出力の3モーターのハイブリッド車(HV)で、独ポルシェなどと遜色のない馬力など走行性能に加え、静かに市街地を走れるモードも備える。専用工場で熟練工を活用するなど、作りや品質にもこだわった。だが価格は1台2370万円で販売規模は小さい。収益性が低い高級スポーツカーに再参入する狙いは長期的な成長への危機感がある。


 新型NSXは排気量3.5リットルのV型6気筒のツインターボエンジンに、3つのモーターのハイブリッドシステムで、出力は581馬力と初代の2倍に高めた。競合車との違いは「日常からサーキットまで」というコンセプト。電動で静かに市街地でも走行しやすいモードから、最高時速約300キロメートルの性能を最大限に発揮するサーキット向けまで4つの走行モードを備え、八郷隆弘社長は「独自の電動化技術で、全く新しい操る喜びを実現した」と強調する。

 製造もほかの工場と異なる。米国オハイオ州の専用工場で最先端のロボット作業と、全米から選んだ熟練工約110人による手作業の組み合わせで生産する。塗装だけで4日間かけて、11層の重ね塗りをするなど、1台の生産に約10日間かける。サイクルタイムは一般的な量産車の45秒に対して、新型NSXは60分と長く、生産担当のクレメント・ズソーザ責任者は「世界中のスーパースポーツカーの工場を視察し、工程ごとに最適な方法を導入した」という。

 一方で日本での販売価格は2370万円と、1990年に発売した280馬力の初代NSXに比べて、3倍近い。富裕層以外は手を出せない価格だ。ホンダの調べによると、日本市場での2千万円以上の高級車の年間販売台数は400台程度で、新型NSXの初年度の計画も100台にとどまる。最大市場と見込む北米の初年度は800台の計画で、事業の採算性については「正直、厳しい」(ホンダ役員)との認識が漏れる。

 それでも2005年末に初代NSXの生産終了から約10年が過ぎ、フルモデルチェンジとしては四半世紀ぶりになる投資を決断したのはなぜか。理由の1つは新型NSXの開発責任者の言葉にある。

 25日午前11時すぎ、東京ビッグサイトのホールで、1台2370万円の新型NSXが走り、6台並んだ。新車の前で八郷社長が「ホンダらしいガッツのあるエンジニア」と紹介したNSXのテッド・クラウス開発責任者はホンダの生え抜きではない。米フォード・モーターの技術者だった1990年1月、米デトロイト自動車ショーで、ホンダが試作車として展示した初代NSXに出会った。

 当時としては世界初の総アルミボディーによる軽量化、広い視界、オートマチック車の設定などで、操縦が難しいスポーツカーの概念を超える提案だった。「ホンダの車、新しいことへの挑戦に憧れた」というクラウス氏は同年秋、ホンダの米国子会社に入社し、約20年後の11年に新型NSXの開発を託された。

 ホンダは今でこそ連結売上高15兆円で、二輪、四輪、汎用機など年間2700万個のエンジン製品を販売しているが、自動車メーカーとしては最後発で資本も乏しかった。経営危機や低迷に陥るたびに世界レースへの挑戦や、生活に役立つ独創的な製品でブランドを高め、次世代を担う人材をひきつけてきた。八郷社長は「ホンダの両輪は生活に役に立つ商品と、操る喜びへの挑戦。何もしないと両輪は失ってしまう」と言い、挑戦の文化が弱まれば人材を集める力も落ち、長期的に低迷するリスクがある。

 15年度の北米と中国の自動車販売は過去最高だったが、足元の日本市場では低迷が続く。12年度に掲げた急拡大の副作用で、13年9月に発売した主力車「フィット」のHVではリコール(回収・無償修理)が相次いだ。品質管理を徹底する改革をしたが、フィットの販売は以前の6〜7割で推移し、傷ついたブランドの回復には時間がかかる。

 新型NSXは日米の合同チームで開発し、「我々の持つあらゆる力を駆使した」(八郷社長)。ブランド再興への柱の1つになる。生活に役立つ製品は軽自動車「N―BOX」など成功例があるが、かつての先鋭的な操る喜びへの挑戦のイメージは弱まっていた。

 自動車レースの最高峰、フォーミュラ・ワン(F1)への参戦、15年発売の軽スポーツ車「S660」、今回の新型NSXと種まきは増えた。次世代を担う人材をひきつけるためには今後、レースでの結果や先鋭的な商品の品質、販売を継続する力も問われる。 (工藤正晃)

《追記》
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nikkei.com(2016-08-25)