3割高くても売れる工作機械は、いかにして生まれたか

ユーザーにとって憧れの存在となった「安田工業」

 自動車や航空機の機械部品を加工する工作機械は、日本が非常に強い産業だ。国内には個性あふれるメーカーが多数存在しており、各社がしのぎを削っている。
 そんな多士済々の工作機械業界で、ひときわ異彩を放っているのが、岡山県里庄町に本社を構える安田工業である。売上高やシェアは、業界の中でも決して大きくない。同社の工作機械を広く知らしめているのは、加工精度の高さだ。その分だけ値も張るが、「いつかは安田の機械を使ってみたい」「一度使ったら、次も欲しくなる」という声が後を絶たない。いわば、ユーザーにとって「憧れ」の対象なのである。
 投資対効果が厳しく求められる工作機械で、安田工業はいかにして高い評判を確立したのか。最初から明確な経営戦略があったわけではない。「とにかく高精度な工作機械を造りたいという純粋な思いが原点にある」と、同社代表取締役社長の安田拓人氏は語る。

 「リピート率」は6割超

 安田工業の工作機械が国内外で高い評価を受けているのは、本当にありがたいことだと思う。とはいえ、工作機械は生産財なので、「憧れ」だけで売れるわけではない。製品の価格に見合う価値を提供して、初めて売れるものである。

 価格についていえば、安田工業の工作機械は競合他社の製品よりも2〜3割高いのではないか。もちろん、その理由を「加工精度が高いから」などと説明することは可能である。だが、価格差以上の価値をユーザーが実際に感じられなければ、どれだけ加工精度が高くても、受け入れてもらえないはずだ。

 その点、製品を再購入するユーザーの割合である「リピート率」は6割を超えている。従って、製品の価格に見合う価値を提供するということについては、ある程度クリアできているのだろう。ユーザーが実感できる価値を生み出さなければならないという意識は、かなり強く持っている。

 それでは、価値の源泉がどこにあるのかといえば、やはり高精度ということに尽きる。安田工業は、企業理念として「ミッション」「事業領域」「スピリッツ」を定めているが、そのうちスピリッツは、「最大ではなく、最高を目指す」としている。つまり、量よりも質を重視しているのだ。

 この方針については、加工精度と市場規模の関係を表した「3層のピラミッド」で説明することが多い。工作機械の市場は、大きく三つに分けられる。第1に、加工精度の要求はあまり高くないが、価格への要求が厳しい「量産機」と呼ばれる領域である。市場規模としては最も大きく、量産指向型の大手工作機械メーカーが得意としている。ピラミッドでいうと、土台部分に相当する。

 第2に、高品質な機械部品を加工するために、それなりの加工精度が要求される領域である。価格が高くなる分だけ市場規模は量産機よりも小さく、精度指向型の中堅工作機械メーカーの活躍が目立つ。ピラミッドでいうと、中間部分に相当する。

 安田工業の事業領域は、どちらでもない。最高の加工精度を要求するユーザーだけが、安田工業のターゲットになる。ピラミッドでいうと、頂上部分に相当する。これが「最大ではなく、最高を目指す」の意味するところである。

 当然ながら、そのようなユーザーはあまり多くないので、市場規模は小さい。それでも、価値を生み出すぐらいの高い精度を追求していけば、事業として成立するのである。

 高精度を追求するという方針は、今でこそ安田工業の経営戦略と呼べるようなものになった。しかし、原点にあるのは、とにかく良いモノをつくりたいという純粋な思いだ。その思いは、かつて欧米のメーカーが造っていた高精度な工作機械への「憧れ」とも言い換えられる。

 原点は「シリンダーボーリングマシン」

 安田工業は、私の祖父が1929年に大阪で創業した。最初の事業は、自動車や船舶のエンジンを修理する「シリンダーボーリングマシン」の製造だった。当時のエンジンは、使っているうちにシリンダーがどんどん摩耗してしまうので、定期的にシリンダーを再ボーリング(穴開け加工)しなければならなかったのだ。例えば、自動車の場合は走行距離が2万〜3万kmに達するたびにエンジンを分解し、シリンダーを再ボーリングしていたという。

 その後、戦争中の疎開で現在の本社がある場所に移ってからも、シリンダーボーリングマシンの製造を続けてきた。ところが、技術の進歩に伴ってエンジンの性能が良くなり、シリンダーはあまり摩耗しなくなった。必然的に、シリンダーボーリングマシンの需要は縮小していくことになる。新しい事業を考えなければならなかった。

 そこで目を付けたのが、工作機械である。当時の安田工業には、シリンダーボーリングマシンを製造するための設備として、欧米の高精度な工作機械がたくさんあった。その中でも高精度だったのは、米デブリーグマシンの「横中ぐり盤」だ。横中ぐり盤は、工具を装着する主軸が水平を向いており、この主軸を回転させることで中ぐり加工(既にある穴を広げたり、所望の寸法に仕上げたりする加工)をする工作機械である。

 デブリーグの横中ぐり盤は、まさに「憧れ」の工作機械だった。創業者である私の祖父も、途中から会社に加わった私の父も、とにかくあらゆる機械が好きだったので、かなり無理をして高価な同社の横中ぐり盤を買っていたようだ。

 そのため、せっかく工作機械を造るなら、デブリーグの横中ぐり盤のような精度が高い機械を造りたいという思いがあったのだろう。これを参考に安田工業として初めて開発した工作機械が、「ジグ中ぐり盤」(ジグボーラー)である。ジグボーラーは、その名の通り、主に治具(加工や組み立ての際、対象物を固定・誘導するための器具)に対して中ぐり加工をするもの。名称は「ジグマスター」とした。今では名称こそ変わったが、ジグボーラーは依然として安田工業を代表する製品の一つである。

 このように、もともとは高精度な工作機械を造りたいという創業者の純粋な思いが原点にあるのだが、それは理にかなった経営戦略でもあったといえる。なぜなら、中小企業の安田工業にとって、量産機の領域で大手工作機械メーカーと競争するのは、極めて難しいことだったからである。


 その後もさまざまな工作機械の開発に取り組んできたが、今でも事業として続いているのは、いずれも高精度という軸で差異化できた製品ばかりだ。従って、事業規模を一気に拡大するということはこれまでなかったし、今後もそうすべきではないのだろう。実際、安田工業の工作機械は、人や設備を増やせば大量に造れるといったものではない。だからこそ、価格がどうしても高くなるという側面がある。

 例えば、工作機械の加工精度を高めるために不可欠な工程である「キサゲ加工」。職人が“のみ”のような工具を用いて、工作機械に使う部品の平面の精度を手作業で出していく。機械加工では決して出せない精度を、キサゲ加工で実現しているのである。



 このキサゲ加工は、一朝一夕にできるものではない。何年もかかってようやく身につく技能である。キサゲ加工の例に限らず、安田工業の工作機械は設計図面通りに造ればいいというものではなく、最後に人の手作業で調整する部分が出てくる。そういった意味では、設計と製造の両方で優秀な人材が必要になる。だから、製造拠点は本社工場だけにとどめて安易に海外に進出することもなかったし、今後もそれを維持するつもりだ。

 テストカットの試行錯誤が重要なノウハウになる

 安田工業がここまで成長してこられたのは、やはりユーザーの高い要求に応え続けてきたということが大きいと考えている。例えば、ユーザーが工作機械を選定する際に、「テストカット」と呼ばれる重要なプロセスがある。これは、ユーザーが造りたい機械部品を実際に加工してみることで、精度や生産性を確認するものだ。安田工業は、このテストカットをとても重視している。

 そもそも、テストカットは前例がないものを加工することになるので、ユーザーでさえも非常に苦労する。安田工業は、このテストカットを積極的に請け負うようにしている。「これを加工するには、どのような治工具が必要になるのか」「要求された加工精度を実現するには、機械をどのように調整すればいいのか」「どのような制御プログラムであれば、加工時間を短縮できるのか」などの試行錯誤が、安田工業にとって重要な知見やノウハウになるからだ。このような挑戦する姿勢を常に持っていたい。

 今後の目標としては、まず海外向けの売り上げ比率を増やすことが挙げられる。工作機械業界全体で見ると、7割近くは海外向けだ。安田工業はまだ国内向けの方が多い。これを国内と海外で半々ぐらいにして、もっと成長したいと考えている。

 さらに、工作機械以外の事業を伸ばすことも検討している。実は、既に半導体製造装置の受託製造を手掛けているが、もっと品目を増やしていきたい。

 もともとは工作機械の加工精度が評価されて、「安田工業なら造れるだろう」と声を掛けてもらったという経緯がある。高精度が要求されるという意味では、工作機械と共通する部分が多く、工作機械で培った技術を大いに生かしている。高精度という軸は保ちつつ、工作機械に次ぐ経営の柱に育てたいと考えている。

nikkeibp.co.jp(2016-07-22)