英、EU離脱 企業が直面する「グローバル化」への逆流

 英国が欧州連合(EU)離脱に踏み出した。政治や経済だけでなく、企業経営の前提だったグローバリゼーションの流れが逆転するかような動きといえる。米国とともにグローバル資本主義を広げてきた英国の選択はグローバリゼーションの転機を警告している。

■トヨタの手紙「試練に直面する」

 「EUから抜けるという判断の結果として、我々は、かなりの試練に直面することになるだろう」

 EU離脱の是非を問う国民投票を前にした20日、トヨタ自動車は英国法人の従業員に会社の考え方を記した手紙を送った。英国では年間約19万台を生産し、約3000人の社員を抱えている。手紙の文面には、トヨタの不安がつづられていた。

 「離脱すれば、輸出入に10%もの関税がかかる可能性がある。その結果、我々は膨大なコスト削減を迫られたり、販売に悪影響を及ぼす値上げに結びついたりするかもしれない」

 EU離脱への心配をあらわにしていた企業は、トヨタだけではない。米ゼネラル・エレクトリック(GE)など欧米の有力企業の経営者は何人も不安を訴えていた。日本企業でも、日立製作所の中西宏明会長が現地紙への寄稿でEU残留を主張した。

 日本では、企業の経営者が政治に物申すことはめったにない。そんな日本企業が地球の反対側で起きた問題に大きな関心を示す理由は明白だ。すぐさま反応が出た為替や株式など金融市場の動揺だけではない。

 一つは、欧州ビジネスの今後だ。5億人もの人口を抱えるEUで事業展開や投資のあり方が変容を迫られかねないことである。鉄道車両の工場を英国内につくったばかりの日立のように、英国を足場にEU市場を攻めている企業は少なくない。関税などの問題は、足かせになってしまう。

 そして、もう一つある。世界中の企業が成長への近道と考えていたグローバリゼーションが「変調をきたし始めているのではないか」という直感が現実になるという不安である。

 日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、世界の貿易額(輸出ベース)は、すでに18兆ドル(約1800兆円)を優に超す水準に成長した。2000年の実績と比べると、およそ3倍に膨らんだ計算だ。これほど大きなモノの流れを生み出した力こそ、グローバリゼーションである。

 ところが、2008年のリーマン・ショックで世界のモノの流れが収縮した。その後は回復しているとはいえ、足どりはもたついている。リーマン・ショック後のけん引役だった中国など新興国は今、少し元気がない。そして、世界経済の成長の停滞は、グローバリゼーションの恩恵をどう配分するか、という問題を引き起こし、世界各国の政治や社会をきしませた。

 欧米社会を中心とした移民急増への警戒、そして、中間層が直面した所得の伸び悩みや格差、雇用不安の問題。英国民をEU離脱に突き動かしたのは、グローバリゼーションがもたらした「もう一つの側面」といえる。

■「オリーブの木」という反動

 英国以上にグローバリゼーションを引っ張ってきた米国も変質している。今年の大統領選で起きている「トランプ旋風」の猛威は米国で眠っていた孤立主義を呼び覚ましている。

 グローバリゼーションを題材にしたベストセラー「レクサスとオリーブの木」が出版されたのは1999年。20世紀の終わりだった。グローバリゼーションの成功のシンボルとして、世界で躍進していたトヨタの高級車ブランド「レクサス」を、民族のアイデンティティーや伝統へのこだわりという昔からの価値観の象徴に「オリーブの木」をなぞらえた。

 その後の世界は、この2つの価値観の間で揺れ動いてきたが、今はどうか。地球儀をぐるりと回すと、欧米からアジアまで「オリーブの木」が目立ってきているように見える。つまり、グローバリゼーションへのバックラッシュ(激しい反動)の芽が様々な国や地域で大きくなっている。

 グローバリゼーションは、人々の暮らしにも政治のあり方にも影響を与えてきた。ここまでの変化への評価の一つが、EU離脱を巡る英国の国民投票だったのかもしれない。その英国は今までとは違う針路を選んだが、日本を含めた世界の企業は戸惑う必要はない。ここで大切なのは、グローバリゼーションの死角をもう一度、点検することにある。

 英国民に決断させた雇用不安などを巡る問題しかり、移民と従業員の多様性の問題しかり。グローバリゼーションの問題点はたくさんあるが、企業のアイデアで解決できる問題は少なくない。一方、グローバル企業の一部は、「パナマ文書」で騒がれた租税回避問題など自らも不信の種をまいている。

 いまだ不完全なグローバリゼーションを嘆いたり、「昔は良かった」という懐古主義に立ち戻ったりしても、事態は好転しない。山積みの難題を克服していく先にこそ、誰もが「今よりましだ」と思える「グローバリゼーション2.0」が待っている。

 政治の指導者だけではない。今までグローバリゼーションを推し進めてきた企業には、それだけの知恵と責任が求められているのではないか。

(武類雅典)

nikkei.com(2016-06-24)