普及に期待かかる燃料電池車 ホンダ・クラリティ

 ホンダから、燃料電池車クラリティ・フューエルセルが発売された。ホンダは、2008年に、FCXクラリティという4ドアセダンの燃料電池車をすでに発売しているが、日本国内では、官公庁や一部法人へのリース販売にとどまった。今回のクラリティ・フューエルセルも、販売初年度は自治体や企業中心のリースとなるが。それ以降は、個人の消費者へも販売が予定されている。

 デザインの影響だろうが、クラリティ・フューエルセルはとても大柄に見える。ホンダ車でいえば、最上級4ドアセダンのレジェンドに相当する寸法かと想像したが、実際には中型4ドアセダンのアコードほどである。そして、トヨタの燃料電池車MIRAIが4人乗りであるのに対し、クラリティ・フューエルセルは5人乗りである。

 開発責任者は、「普通のクルマとして開発した」と語っている。実際、運転席に座っても、それほど「未来のクルマ」という印象はない。ボタン式のシフト操作も、レジェンドで採用済みで、メーター表示が燃料電池車ならではであるくらいだ。デジタル表示の速度計の下に、燃料電池の発電モニターが配置され、その左右に、リチウムイオンバッテリーの蓄電残量と、水素の燃料計が振り分けられている。


 運転をし始めても、あまり特別な感じはしない。電気自動車と同じモーター駆動なのだが、グッと底力を感じさせる頼もしい発進ではなく、穏やかに動き出す。搭載されるリチウムイオンバッテリーの電力も補助的には使われるが、基本的には水素を使って燃料電池で発電した電気で走るのが燃料電池車だ。水素で発電するためには、酸素が必要で、大気中の空気を燃料電池へ圧送し、水素と化学反応させる。

 空気を圧送するためのポンプが発電中は稼働するため、実は燃料電池車はポンプ騒音が耳に届きやすい。それを抑えるため、ホンダはターボ式の空気ポンプを今回新しく採用したのだが、その出だしの出力がやや足りないのではないだろうか。

 高速道路に入ると、モーターらしい力強さが出てきたが、日常的な市街地の運転では動力性能に物足りなさを覚えさせた。走行モードをスポーツに切り替えてみたら、ようやく手ごたえが出てきた。電気自動車同様に、モーターを駆使してクルマを走らせている実感が湧いてくる。


 ところで、停車中に「ミーン」という騒音が常にある。何の音だろうと思ったら、ターボ式空気ポンプの音らしい。抵抗を減らすため、空気ベアリングと呼ばれるF1エンジンで使われる技術を応用したのだが、停車中といえどもポンプを停止させることができない機構であるため、騒音が出てしまうようだ。

 今日、エンジン車でもアイドリングストップをすれば停車中には静寂が訪れるようになっている。それであるのに、次世代車の本命などと言われる燃料電池車が、停車中はかえってうるさいというのには違和感を覚えた。

 走行感覚としては、重心が高いような落ち着きのなさを覚えた。タイヤはしっかり路面を捉えているようだが、その上の車体がなにやら心もとない。高速道路に入ると、空力性能がいいためか落ち着きが出たが、日常的な運転の範囲ではクルマを操っている実感が薄いのも気になるところだった。

 そして、室内には案外騒音が侵入してくる。ことに、後席はロードノイズが耳障りだ。乗り心地も、ゴロゴロする感じである。そしてシートベルトの肩ベルトにビリビリとした振動が伝わってくる。


 トヨタMIRAIも、運転感覚に手ごたえが薄いなど、クルマの全体的な仕上がりに足りなさを覚えたが、クラリティ・フューエルセルも、クルマとしての完成度はこれからの熟成を待つ状態であるようだ。

 MIRAIもクラリティ・フューエルセルも、燃料電池車を世に出すことで精一杯だったとの印象がある。クラリティ・フューエルセルが、個人の消費者へ販売される前に、それらクルマとしての仕上げが満たされることを期待したい。


yomiuri.co.jp(2016-05-31)