自動運転車、7兆円市場争奪戦

人手不足解消や事故防止に期待

 「究極のクルマ」といわれる自動運転車が実用段階に入った。安全や運転手の負担軽減につながる自動運転車は米グーグルなどIT(情報技術)企業も参入する。2020年の東京五輪ではトヨタ自動車など国内勢が自動車大国の威信をかけ世界にアピールする。開発のボルテージは一気に上がってきた。

■開発どうして加速

 自動運転車はカメラやレーダーを使って周囲の状況を認識し、ハンドルやブレーキを自動操作する車だ。自動車の量産100年の歴史で人間が担ってきた「認知」「判断」「操作」をシステムに任せることになる。

 自動車大手は2010年ごろから開発が本格化。これに伴い、30年には関連産業が年7兆円規模に膨らむとの試算もある。巨大な成長市場をにらみ、完成車メーカーだけでなく、大手の部品会社から米グーグルをはじめIT(情報技術)系などの異業種まで、多くの企業が参入している。

 海外メーカーでは独ダイムラーや米フォード・モーターなどがこの分野に力を入れている。日本メーカーでは日産自動車が昨秋、一般道路での自動運転の実証実験を初めて公開した。自動車メーカーだけでなく、米グーグルなどIT(情報技術)企業も参入、自動車メーカーを上回る規模で実証実験をしている。

 政府は自動運転のレベルを4段階に分けている。「レベル1」は衝突防止のブレーキなど1つの機能をシステムに任せるもので市販車への搭載が増えている。トヨタ自動車やホンダが計画する20年ごろの高速道路での自動運転実用化は、複数の操作をシステムがおこなう「レベル2」にあたる。

 日産は一般道で走る自動運転の実験車両を15年10月下旬に公開した。これは「レベル3」に相当する。車の周囲360度を認識できるカメラ12個のほか、距離を正確に測る高性能レーザースキャナーの試作品などを搭載している。同社は18年に高速道路で車線変更ができる機能を追加し、20年には市街地での自動走行に対応する計画だ。

 「レベル4」は完全な自動運転で、ドライバーは一切車を運転しない。加速・操舵(そうだ)・制御の全てに運転者が全く関与しないシステムだ。

 日本自動車工業会によると、交通事故の経済損失は年6兆3千億円、渋滞では年10兆円に上る。鉄道やバスが消える過疎地、高齢社会、ドライバー不足の物流など社会課題の解決にも自動運転車の貢献が期待される。

 トヨタが米シリコンバレーに人工知能(AI)開発の新会社を設立するなど、先行技術の開発競争は加速している。日産は高速道路上をほぼ自動で走行する市販車を8月に発売する。主力のミニバン「セレナ」に自動運転機能を搭載する。量販車でいち早く自動運転機能を実現し、この分野での優位をアピールする。

 一方、衝突防止の自動ブレーキなどの安全技術では、欧州の評価システムが進んでいるといわれる。ダイムラーは20年までにトラック部門のデジタル分野に総額5億ユーロを投じると発表し、隊列走行のトラックのデモンストレーションも初公開した。米グーグルも自動運転車を開発しており、各社の開発競争は業界の垣根を越えてさらに激化している。

■どんな効果があるの

 自動運転技術は長距離運転が多くドライバー不足が深刻な物流業界で特に期待が大きい。トラックやバスなど商用車でも研究開発が進む。

 独ダイムラーは米国とドイツで、トラックの自動運転技術を公道実験している。3月に独西部デュッセルドルフで、高速道路でトラック3台が自動運転しながら隊列走行するデモを世界で初めて公開した。2025年までの実用化を目指す。

 日本でも要素技術の開発が進む。いすゞ自動車や日野自動車など国内4社と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は13年、大型トラックの隊列走行を実験した。レーダーやカメラで互いの距離を把握し、加減速を自動制御する。車間距離を縮め空気抵抗が減れば燃費向上が見込め、渋滞解消にも役立つ。

 安全性に着目した技術開発も始まった。日野は商用車を使い、運転手が意識を失うなどの緊急時に異常を察知し、バスやトラックを自動制御して路肩に停車させる技術の研究開発に取り組んでいる。  商用車では都市間の長距離輸送の効率化、乗用車では渋滞や交通事故の削減、過疎地では移動手段が広がる。

 走行エリアやルートを限定した上でドライバーが不要な完全自動運転車の開発も進む。ロボット開発ベンチャーのZMP(東京・文京)とディー・エヌ・エー(DeNA)が共同で設立したロボットタクシーだ。

 同社は2月末から神奈川県藤沢市で実証実験を始めた。今後は走行ルートに右左折を組み込んだり、無人営業を想定した車内サービスを試したりする予定だ。

 20年の東京五輪までに限定エリアでの「無人タクシー」のサービス開始を目指す。人手不足や不採算で廃止された地方の路線バスなどに代わる移動手段として無人タクシーは期待を集めている。

■事故の責任誰に

 自動運転車の普及に向けた課題の一つは、事故が起きた際の責任を誰が負うか、法的に明確でないことだ。現在は自動車事故の責任は一義的にドライバーにある。国際的な交通規則である「ジュネーブ条約」や、それに基づく日本の道路交通法は、車両には運転を制御するドライバーが乗っていることが前提となる。人工知能が運転する場合、この前提が覆る可能性がある。

 政府は自動運転について、一部機能を自動化する「安全運転支援」からドライバー不要の「完全自動走行」まで4段階に分けている。完全自動走行はメーカーに全面的な責任があると考えられるが、人間が関わるそれまでの3段階では判断が難しい。

 明治大学法科大学院の中山幸二教授は「運転者の責任が軽くなる分、メーカーの責任は重くなるだろう」と指摘する。メーカー側の製造責任が問われることもあり得る。

 警察庁は今年4月、メーカーが既に始めている公道での走行実験について、初めてガイドライン案をまとめた。事故時の責任などの課題を検討する作業も始めている。

 ただ自動運転車が本格的に公道を走り出すまでには道交法などの改正が必要になる。国際法のジュネーブ条約は改正の検討が始まっており、実現すれば日本も含めた世界各国で国内法の改正に向けた動きが進みそうだ。

nikkei.com(2016-05-05)