ヤマハ、「二輪×通信」で異分野走る>br> 市場縮小に危機感

 ヤマハ発動機が「二輪車メーカー」の枠を超えようとしている。社外の技術や考え方を取り込みながら次の成長事業を育てる。根底にあるのはいずれ二輪車が消えるのではないかという危機感だ。「新生・ヤマハ発」。総力を挙げた挑戦が始まった。 

 2015年11月末、米シリコンバレー。「おもしろい通信機器ベンチャーを講演会で見つけてきました」。起業家の「聖地」にいるヤマハ発の西城洋志氏は部下から、12年創業のベニアムの存在を聞かされた。

 その会社は公衆無線LAN「Wi―Fi」を使った独自の車載通信システムを開発しているという。車体位置や路面環境の情報をリアルタイムで車同士がやりとりして事故や渋滞を防ぐ。すでにポルトガルで運送事業者にサービスを提供し、米国やシンガポールでも事業を検討している。

 「ウチにない技術だな」。西城氏はすぐさま資本参加の交渉に動いた。ベニアムの経営陣は「協力はしたいが、すばやく意思決定できるのか」と疑念を示したが、西城氏は打診からわずか3カ月後の2月半ばまでに200万ドル(約2億2000万円)の出資契約をまとめた。

 ヤマハ発は15年7月、新規事業を探索する子会社「ヤマハモーターベンチャーズ&ラボラトリー シリコンバレー(YMVSV)」を立ち上げた。西城氏はここの社長だ。事業開発担当の滝沢正博常務執行役員から「君に任せるからウチに足りないものを探してこい」と命じられ、単身でシリコンバレーに乗り込んだのは14年の春だった。

 西城氏は「腰を据えて取り組むための組織が必要だ」とYMVSVの設立を提案し、自ら社員4人を現地採用した。これまでに現地で面談した人数は1500人超。ベニアムを含め通信、ロボット関連で4社に出資した。「ときには食品業界の会合や学生のアイデアコンテストにも足を運ぶ」。異分野の人脈を築き、新しい発想を取り込む。

 「いい製品をつくるだけでは売れない。電機業界で起きたことは自動車業界でも起きうる」と西城氏は言う。米アップルのスマートフォン(スマホ)「iPhone」は先端技術の塊ではない。既存技術を斬新な形で組み合わせたからこそ爆発的なヒットにつながったのだ。ヤマハ発が持つ技術や製品はシリコンバレー流を吹き込むことで新しいものに生まれ変わる。

■「動くセンサー」

 西城氏にはこんなアイデアがある。二輪車や自転車を移動手段ではなく「動くセンサー」として活用する。計測器を搭載して走りながら空気中の有害物質や花粉の量を計測。リアルタイムで地図上に表示する。このサービスを利用すれば、体調を気遣う人にとって「安全」な場所が一目で分かるようになる。

 西城氏は勝手気ままに振る舞っているわけではない。逐次報告をあげ、すべて本社が決済する。西城氏の意思とヤマハ発の意思は一体だ。18年度までの中期経営計画では新規事業向けに1300億円の投資枠を設定した。ベニアムへの出資をすばやく決断できたのも、経営陣が覚悟を持って新規事業育成に懸けているからだ。

 背景には強い危機感がある。主力事業である二輪車は国内2位だが、柳弘之社長は「二輪車は100年と永劫(えいごう)に続くビジネスではない」と強調する。すでに日本市場は全盛期の8分の1の規模に縮小。「二輪車の利用者は必ず四輪車に移行する」。ヤマハ発OBも「今ある乗り物の中で、最初に大量生産を終えるのは二輪車だろう」と予測する。

 新しい価値観はベンチャー企業に投資するだけでは生まれない。柳社長は「イノベーション(革新)は技術の新しい組み合わせから起きる」と話す。自社技術もこれまでにない切り口で磨かなければならない。

 「どうすればロボットが人間のレーサーに勝てるか」。3月中旬、米国のある場所にヤマハ発の技術者や二輪レース最高峰「モトGP」の技術者が集まり、こんなテーマで議論した。

■ロボやAIも

 議論の対象はヤマハ発が開発中のロボットライダー「MOTOBOT」。人の手を借りずにバイクを運転するロボットで、目標は時速200キロメートルのサーキット走行だ。

 遠隔手術ロボット「ダヴィンチ」や音声認識技術「Siri」を生み出した米スタンフォード大発の先端技術研究機関SRIインターナショナルが開発に加わる。2人のヤマハ発の技術者がSRIに常駐し、開発や試験走行を進める。

 「時速200キロメートルの高速域での自動制御はまだ誰も実現していない」。新規事業開発本部、NV事業統括部の中村成也部長はこう話す。MOTOBOTで得られる環境認知や制御の独自技術は二輪車だけでなく、新しいビジネスに役立つかもしれない。

 MOTOBOTは新しい技術を生み出すためのふ化器。二輪車に人工知能(AI)技術を掛け合わせることで、新しい価値を生み出す。

 「NEWYAMAHAを生み出したい」。西城氏は力強く語る。「新生・ヤマハ発」を実現する道のりはまだ遠いが、確実に一歩ずつ前に進んでいるという手応えを感じている。
(香月夏子)

日経産業新聞(2016-03-23)