自動運転車の“頭脳”でデファクト目指す
米NVIDIA社(自動車メーカーを虜にする半導体ベンダー)

 世界の自動車メーカーがしのぎを削る自動運転車の開発競争。日本のトヨタ自動車や日産自動車、ドイツのVolkswagen社(以下、VW社)とAudi社などに加えて、米Google社などIT(情報技術)企業も開発を加速させている。

 そんな中で、AIを使う自動運転車の“頭脳”となる半導体を開発するあるメーカーがにわかに脚光を浴びている。米シリコンバレーに本社を置くNVIDIA社だ。画像処理を高速化するGPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)<<注-1>> を開発して、パソコンなどに供給して高いシェアを握ってきた。

<<注-1>> Graphics Processing Unitの略。逐次処理用に最適化された2〜4個程度のコアから成るCPU(中央演算処理装置)に対して、GPUは並列処理に適した形で設計された 何千もの小さなコアが搭載されている。

 同社が得意とする画像処理はクルマの自動運転を実現するカギとなる技術だ。クルマの周囲の状況は刻一刻と変化していく。歩道から歩いてくる人、前方や後方を走行する他のクルマ、制限速度などの交通標識…。こうしたさまざまな情報を画像として取得し、それが何であるかを高速で判別する必要があるからだ。

 NVIDIA社は高性能の画像処理チップで培ったノウハウを生かして、自動運転車の開発プラットフォーム「NVIDIA DRIVE PX2」を開発。2016年1月に米ラスベガスで開催された展示会「CES」で公開した。

 1秒間に8兆回計算できるAIスパコン

 NVIDIA DRIVE PX2は、12個のCPU(中央演算処理装置)コアと、同社の「Pascal」という新世代のGPUを搭載。8TFLOPS(テラフロップス、テラ=1兆)という1秒間に8兆回の浮動小数点演算を実行できる性能を持つ。さらに画像認識を得意とするAIであるディープラーニング(深層学習)に特化した演算では、その3倍の24TFLOPSで実行することが可能だ(図1)。


 消費電力は250Wで、発生する熱を冷ますために液体で冷却する仕組みを採用し、日本の弁当箱を大きくしたような「ランチボックス」サイズに収められたという。

 「世界初の自動車向けのAI スーパーコンピューターだ。周囲の情報をリアルタイムで把握できる性能は、自動運転車が事故を起こすことなく、安全に走行できるカギとなる」。NVIDIA社のCEOであるJen-Hsun Huang氏はこう強調した(図2)。

 NVIDIAの技術の特徴は、AIで高度な機械学習を実行することに適している点にある。プログラミングは不要で、大量の画像データを入力すると、コンピューター自身がディープラーニングの手法を使って、特徴を抽出してそれぞれが何であるかを高速で学習する。

 CESでは、車載カメラの映像から、歩行者、他の自動車、道路標識などを判別するデモ映像を公開した(図3)。約1億2000万個の物体の画像情報をプログラミングなしにコンピューターが学習することで、自動的に物体を区別できるようになったという。GPUの性能向上により、ディープラーニングの学習にかかる時間は以前の1/20〜1/40にまで短縮されたという。


 これは自動運転を実現する際の壁を乗り越える大きな力になる。人間がクルマを運転する際は、視界に入るさまざまな物体を脳が瞬時に判別し、それを避けるべきか、そのまま運転を続けるべきかどうかを判断している。

 だが、以前のコンピューター技術では、車載カメラやレーダーなどから得られる情報を処理するのに時間がかかってしまい、自動ブレーキは実現できても、人間のような判断力を求められる高度な自動運転は難しかった。こうした悩みを解決する力にAIを搭載するスーパーコンピューターはなり得る。

 世界の自動車メーカーと相次ぎ提携

 まさに自動運転の心臓部となる「のどから手が出るほどほしい技術」(日系自動車メーカーの幹部)で、その価値に気づいた世界の自動車メーカーは、続々とNVIDIA社と提携している。

 ドイツのAudi社、Daimler社、BMW社、米国のFord Motor社などに加えて、日本勢では自動運転技術を開発するベンチャーのZMPやトヨタ自動車が出資するPreferred Networks(PFN)が、NVIDIAの技術を採用している。

 「自動運転車向けのAIスーパーコンピューターとして、デファクトスタンダード(事実上の業界標準)を目指したい」。NVIDIA社で自動運転システムを担当するSenior Director,Sahin Kirtavit氏はこう意気込む。パソコン向けCPUで米Intel社が圧倒的な競争力を持ったように、NVIDIA社も自動運転車向けの半導体で、覇権を握る可能性がある。
< 山崎良兵、高野 敦、野々村 洸 >
出典:日経ものづくり、2016年2月号 、pp.56-57 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

nikkeibp.co.jp(2016-02-23)