3度目のAIブームは本物か?

 今、大変な人工知能(AI)ブームが到来している。先日は、AI囲碁ソフト「アルファ碁」が世界最強の囲碁棋士の1人、韓国のイ・セドル九段(33)と5連戦し、4勝1敗で勝ち越したことが話題になった。

 囲碁は、将棋やチェス、オセロなどと比べると難易度が高い。これまで将棋やチェスの「AI vs.人間」の勝負は、AIが人間に勝利してきたが、囲碁が人間を超えるのはあと10年かかるだろうと言われていた。しかし今回、囲碁でAIが勝った。これは非常に大きな出来事だと思う。

 さらには、AIを使って書いた小説が、文学賞の1次審査を通過したことも話題になった。公立はこだて未来大学の松原仁教授(人工知能学会会長)が、AIによる小説4作品を「星新一賞」応募したところ、1作品以上が1次審査を通過したという。

3度目のAIブームは本格的な発展を遂げる可能性がある

 東大の工学系研究科特任准教授の松尾豊氏が、「中央公論」(2016年4月号)でAIについて寄稿している。  松尾氏によると、AIブームは今まで3度訪れたそうだ。第1次ブームは、1956〜1960年代。第2次ブームは、1980年代。2度とも非常に期待され、国も企業もその可能性に賭けて多額の予算を投入したという。

 ところが、2つのブームでは思ったほどAIは進歩しなかった。過去2度のAIブームは、結局、実を結ばずに終わってしまったのだった。

 そしてまさに今、第3次AIブームを迎えている。1990年代半ばからインターネットが爆発的に普及し、2000年代にコンピュータ自身が学習する「機械学習」が広まり、現在、3度目のAIブームに差し掛かっているのだ。

革新的な「ディープラーニング」技術

 今回のAIブームは、過去2回とは違って、本格的に技術が進展する可能性がある。というのは、「ディープラーニング(深層学習)」技術が進展したからだ。

 ディープラーニングとは何かというと、人間の脳の構造をソフトウエア的に模倣し、人間が関与せずに学習を進めることができる学習法だ。これまでのように特徴に基づいて分類するのではなく、それを分類する定義まで考えるというものだ。例えば、映像を見て、それが犬か、猫かを判別する「映像認識能力」などもこれにあてはまる。この映像認識能力は、人間にしかできないとされていたことだった。

 これは飛躍的な発展であり、今後、広い分野で利用され、経済的にも大きな影響を及ぼす可能性があるそうだ。  AIの開発・発展は、日本は欧米に比べて相当遅れていた。なぜならば、「言語の問題」があったからだ。しかし、ディープラーニングによって抽象概念の特徴を見出すことができるようになれば、まさにそれを言語に摘要することも可能になるわけだ。

 これを応用すれば、近い将来、例えば日本語を話すと、即時、必要な言語に翻訳される機能が実現するという。英語と日本語の使用人口を比べると、当然だが、英語の方が10倍以上多い。こうした「言語の壁」もAIで乗り越える可能性があるという。

 今後は日本でもAI技術の発展がますます加速する可能性があるということだ。

現在の5割近くの仕事がAIに取って代わられる

 AI技術は、当然のことながら仕事にも応用されていくだろう。

 イギリスのオックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授と、カール・ベネディクト・フレイ博士が、野村総合研究所との共同開発で驚くべきことを発表した。

 日本で働いている人の約49%の仕事が、10〜20年後にはAIに代替されるというのだ。この発表によって、世の中が大騒ぎになっている。

 しかし、悲観すべき事ではない。一部の仕事が奪われると言っても、日本は少子高齢化によって労働力不足が続く。だから、むしろ足りない労働力をAIが補ってくれると捉えた方がいい。

 ただし、これからは求められる仕事が変わってくる可能性がある。

 仕事には、「レイバー(Labor)」「ワーク(Work)」「プレイ(Play)」の3種類があると言われている。

 「レイバー(Labor)」は、文字通り「肉体労働」だ。3種類のうち、最も単純労働と言える。例えば、このほとんどは、近い将来AIに取って代わられる。

 その次の「ワーク(Work)」は、事務作業などが含まれる。いわゆるホワイトカラーだ。こちらも、相当な割合がAIに代替されるという。

 こうしてAIに取って代わられる職業は、どんなものがあるか。一部を挙げると、会計士、弁理士、税務処理、受付係、銀行窓口、スーパー定員、警備員、データ入力係、ビル清掃員、行政事務員などがある。

AIで代替されない職業とは何か

 では、AIで代替されない職業とは何か。これが、「プレイ(Play)」と呼ばれる仕事だ。一般的には「遊び」という意味だが、これは「創造力が必要な仕事」を指す。

 想像する力、創造する力を要する仕事である。これはAIにはできない仕事だから、取って代わられることはない。  さらには、コミュニケーション能力が必要な仕事もAIにはできない。相手を理解したり、説得したりする仕事は、AIには取って代わられないと言われている。

 また、頻繁には発生しない「非定型の仕事」も、データが蓄積できないため、AIには代替されないという。例えば、M&Aなどもそうだ。

 ここで、1つの笑い話がある。新聞の社説などは、AIを使って自動的に書けるようになるのではないか、というのだ。

 なぜかというと、人間には、いくつかの欠陥があるからだという。1つは、記憶したことを忘れてしまうことだ。しかし、コンピュータに入力すれば、大量のデータを記憶できてしまう。もう1つは、思い違いや錯覚があることだ。この点も、コンピュータは極めて論理的だから、人間よりAIの方が正確だと言える。

 データも忘れないし、論理的な間違いがなければ、社説はAIが書いた方がいいのではないかという笑い話だ。  ただし、「こうしたい」という意思や目的を決めることは、人間にしかできない。だから、コンピュータが人間の仕事をすべて取って代わることは絶対にあり得ないだろう。

サンデル教授の「白熱教室」が教えてくれたこと

 10〜20年後には、AIの発展によって仕事の在り方が大きく変わってくる可能性がある。それに伴い、「教育」の在り方も変わらざるを得ないだろう。

 今までの日本の教育は、正解がある問題の解き方を教えていた。しかし、正解がある問題の解き方は、ほとんどAIができてしまう。  僕は3年前に、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の授業を収録した「白熱教室」(NHK)を視聴したことがある。

 サンデル教授は、正解のない問題を学生たちに投げかける。学生たちは、正解がないから、想像して考えなければならない。暗記も予習もできないから、考えて答えを出すしかない。

 ここで想像力がかき立てられる。正解がないから、色々な意見が出てきて、ディスカッションをする。すると、コミュニケーション能力も高まっていく。

 これが、まさにAI時代の教育になっていくと思う。AIでは答えが出ないことを、想像力、コミュニケーション能力を使っていかに解決していくか。そういう教育に変わっていかなければならない。

AI技術の発展で教育の在り方も見直す時期に

 昔、宮沢喜一さんに話を聞いたことがある。先進国首脳会議などの国際会議では、どうも日本の大臣や総理大臣は、あまり発言をしないというのだ。アメリカやヨーロッパの大臣は、どんどん発言する。しかし、日本の大臣はしない。

 それは、言葉の問題だけというわけではない。言葉は通訳がいるから、問題はないはずだ。

 では、なぜ日本の大臣は国際会議で発言しないのか。宮沢さんは、「日本の教育に問題がある」と言った。

 日本の教育は、正解のある問題の解き方を教えるから、先生に間違った答えを言うと、怒られてしまう。だから、間違った答えをすると恥ずかしい、怒られると恥ずかしい、という思いが植え付けられてしまう。

 ところが、世の中で起きる問題には、正解などない。G7で議論される問題にも、正解はない。正解のない問題に対して、日本人は「間違ったら恥ずかしい」という思いがあるから、答えようがないというわけだ。

 一方、アメリカやヨーロッパでは、幼少期から正解のない問題を考える教育を受けている。想像力を養い、コミュニケーション能力を高めるために、いかに意見を言うか、それが問われるという。そこが決定的に日本の教育と違う点だと宮沢さんは言った。

 そういう教育が、いよいよこれから必要になってくる。このままでは、多くの仕事がAIに仕事を取って代わられてしまう。そうならないためには、AIではできない発想力を磨くしかない。AI技術の発展に伴い、教育の在り方も見直すべき時期に来ていると思う。

田原 総一朗(たはら・そういちろう)
1934年滋賀県生まれ。早大文学部卒業後、岩波映画製作所、テレビ東京を経て、フリーランスのジャーナリストとして独立。1987年から「朝まで生テレビ!」、1989年からスタートした「サンデープロジェクト」のキャスターを務める。新しいスタイルのテレビ・ジャーナリズムを作りあげたとして、1998年、ギャラクシー35周年記念賞(城戸賞)を受賞。また、オピニオン誌「オフレコ!」を責任編集。2002年4月に母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生たちの指導にあたっている。

nikkeibp.co.jp(2016-03-23)