ホンダ「NSX」が価格2倍で復活を遂げる理由
スポーツカーの存在意義はどこにあるのか


 あの名車の復活が近づいている。

 ホンダはアメリカで2月25日(現地時間)から新型「NSX」の受注を開始する。アメリカで販売する高級車ブランド「アキュラ」のラインナップのひとつとして、先行してデトロイトショーなどでコンセプトモデルを発表。15万6000〜20万5700万ドルの価格も明らかになっていたが、具体的な販売が動き出す。

 NSXの名前を知らない自動車好きはほぼ皆無だろう。日本では1990年9月にホンダが初代モデルを発売したスポーツカーだ。低く流麗なデザインに加え、パワフルな大排気量エンジン、オールアルミボディ、運転席後方にエンジンを配置して後輪を駆動するミッドシップエンジン・リアドライブ(MR)など、和製スーパーカーと呼ぶに相応しいモデルだ。

 初代NSXは2005年末まで生産され、2006年に販売を打ち切っていた。それから約10年。2代目NSXは、ツインターボエンジンと3モーターを併用するハイブリッド技術をはじめ、ホンダの最新鋭技術の数々を引っ提げて登場する。まずはアメリカで今春に量産、納車が開始され、追って世界各国へ展開。日本にも早ければ2016年内に導入されるだろう。

 2代目NSXで目を見張るのは今の為替レートで換算して約1750万〜2300万円で設定された車両価格だ。初代NSXは徐々に値上がりしていったものの登場時は約800万円だったので、26年前の2倍以上となる。その間の物価上昇を加味したとしてもかなりの値上がりといっていいだろう。というのもバブル期から比べて大衆車の価格が2倍になったという話は聞かない。ここに今の日本のスポーツカーを読み解くヒントがある。

 新型NSXに限らず、ここ数年の日本車メーカーは新型スポーツカーを相次いでデビューさせている。2013年にトヨタ自動車が「86」を投入したのを皮切りに、2015年はホンダ「S660」とマツダの新型「ロードスター」というオープンスポーツカーが世に送り出された。日本のスポーツカー市場が、にわかに活況を呈している。

 だが、つい最近の歴史を振り返ってみれば、あらゆるメーカーからラインナップされていたいわゆるスポーツカーが、マツダ・ロードスターを除いて全滅してしまった時期もあったことに気づく。

 「シルビア」(日産自動車)、「プレリュード」(ホンダ)、「セリカ」(トヨタ)、GTO(三菱自動車)、「RX-7」(マツダ)。親しみのあるこれらのスポーツカーブランドは、すべて過去のものである。20世紀末に生じた日本におけるスポーツカーの沈没。その最大の理由は、スポーツカーでなくても格好よくて速く走れるクルマが出現してしまったからだ。

 かつて自動車は、背が低くて小さくて平べったくなければ、物理的に安全に速く走ることはできなかった。そこにスポーツカーの存在意義があった。ところが自動車技術の発展で、背が高くてもそこそこスポーティに走れるクルマが出てきてしまった。

 カギとなったのは電子制御技術だ。車高が高くてもロールしないクルマは、昔からサスペンションの設定次第で造ることが可能だったが、車高に対して車幅が狭いと、急転舵をしたり、縁石につまずいたり際に転覆する可能性が高い。ところが20世紀末に急速に進化したスタビリティ・コントロール(車両安定制御)やABS(アンチロックブレーキシステム)などの技術は、各タイヤに加わる力を個別に制御するという、どんな優れたドライバーにも成し得ないことを実現し、そうした車高の高いクルマの不安定挙動を排除することに成功してしまった。

 背が高くてもカッコよく見えるデザインや、自動変速でも速く走れるトランスミッション、ミニバンのような構造でもしっかりしたボディなどを実現する技術も、1990年代後半以降に一段と進化。自動車メーカーはもはや、頑張って背が低くてコンパクトなクルマを作る必要がなくなってしまった。

 典型はBMWだ。「スポーツ・アクティビティ・ヴィークル」という呼び名を発明してクロスカントリー車にスポーティな性格を与え、顧客層を大幅に拡大することに成功した。BMWは巧妙に電子制御を利用することで、クロスカントリー車では常識だったいわゆる副減速機を排除し、4WDでも車高を低くしてスポーティなデザインを実現してもいる。

 その結果として需要が減退し、普通の乗用車の100分の1しか市場規模がなくなったスポーツカーは、本来的に2倍の値段をつけなければ商売にならなくなってしまった。自動車の研究開発費は売上の3〜5%が標準的だが、100分の1しか売れなければ1台あたりの研究開発費は100倍かかることになる。それゆえ日本の多くのスポーツカーはNSXも「フェアレディZ」も「GT-R」(日産)も一度絶滅した後、2倍の値段で復活せざるをえなかったのだ。

 GT-Rは同社のアイコンに仕立てようというゴーン社長のリーダーシップがあってこそ、トヨタの86やレクサスのスーパーカー「LFA」は、スポーツカー好きの豊田章男社長が主導する体制と、それを利用するマーケティングの方針があってこそ生まれたものだ。

 昨年登場した新型マツダ・ロードスターは「1.5リッターエンジンなのに割高だ」という声も聞くけれども、事情を知っている者からすれば、あの品質であの価格によく収めたな、という印象である。日本のスポーツカーは、欧米でも安定して売れるスケールメリットのあるロードスターとの価格競争に勝てずにすべて駆逐されてしまったと言っても過言ではない。

 一方で、よくよくロードスターのスタイリングのバランスを眺めれば、車格に比べてタイヤ外径が妙に小さいことに気づくだろう。タイヤの幅や外径が小さければ、直進安定性やグリップレベルが犠牲になる一方で、起伏による車体への入力が小さいため車体側のコストを抑えて軽く造ることが可能になる。車体を軽くすることにより、エンジンを小さくしても十分な加速力が得られる。

 特に日本市場では、アクセラなどから流用できる1.5リッター自然吸気に割り切ったエンジン・ラインナップや、16インチのみに絞ったタイヤサイズ、前輪駆動の量産車と一緒に流す生産ラインなど、涙ぐましい努力によってロードスターの低価格は実現されているのだ。

 さて、この勢いで日本のスポーツカーは一時の低迷を脱し、メーカーのラインナップに定着することができるのだろうか。

 各社の覚悟次第でそれは十分可能である。マーケットの動きとしては、これから世帯人口がますます減少していく中で、一台の自動車がいわゆるピープルムーバーとして多くの人を運ぶ必要性は低下していくというのが理由のひとつ。個人もしくはふたりの移動手段として、コンパクトでキビキビ走れるスポーツカーはむしろシンプルな選択肢になる。

 販売台数が少なく希少価値が高いスポーツカーは、売却するときに残留価値が高いという傾向も一般化してきた。国際的に人気の高いフェラーリやポルシェ911などは、欧米や中国の人々が海を渡って中古車を買いにくるため日本での中古車在庫が激減した結果、販売価格が急騰している。日本車では日産のR32型スカイラインGT-R、ホンダ「ビート」、トヨタの「レビン/トレノ」(AE86型)、ホンダのタイプR各車あたりがプレミア価格というべき水準で取引されている。

 もっとも、そのような特別扱いを受けることができるのは、本当に性能に優れた、他にない特徴を備えるモデルに限られる。「なんとなく若者が買いに来そうな、適当な価格のスポーティカー」には、今後も勝ち目は一切ない。

 これからかつての2倍の約1800万円で蘇るホンダNSXは、25年間中古車価格を一定の水準に維持し続けてきた。ついぞ下限が新車価格の3分の1を割ることがなく、最近は上昇基調にあるのだ。それを実現できたのは、当時の日本車最高の280馬力エンジンをミドシップ・マウントし、軽量かつ錆びないアルミボディを全面採用、故アイルトン・セナがイメージ作りを買って出たというずば抜けた個性に加えて、メーカー自身が生産終了後も抜本的なレストレーション(復旧作業)を行う「リフレッシュプラン」を用意し、一旦世に出たNSXの価値は永遠に失われることがない、という姿勢を示しているためにほかならない。

 忘れてはいけないのは、スポーツカー専業メーカーであるポルシェやフェラーリ、ランボルギーニは別格として、メルセデスもBMWもアウディもマセラティもジャガーもアルファ・ロメオも、ラインナップに純スポーツカーを持っていたのは限られた時期だけだったということだ。

 ブランドとしての存在意義をモータースポーツに見出しているこれらのメーカーであっても、商業的に成り立たせるのは至難の業だったのである。そういう意味で、いまスポーツカーを世に送り出しているメーカーの姿勢は、自動車ファンから喝采を浴びてもまったく違和感はない。
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msn.com(2016-02-27)