「横から目線」の勝利! サッカー手倉森監督のリーダー術

<<ビジネスを生み出すクリエイティブなチームの作り方>>

“谷間の世代”サッカーU-23日本代表をみるみる強くした手倉森監督

 サッカーをあまり見ない方のために、手倉森誠(てぐらもり・まこと)監督の手腕について、まず簡単にご説明しましょう。

 2016年8月にリオデジャネイロ五輪が開催されるわけですが、この五輪でのサッカーは各国のU-23(23歳以下)チームで争われます。このU-23の日本代表チームを率いているのが、手倉森監督です。

 この年代は、いままで世界大会でベスト8以上に進んだことがなく、上下の年代に比べて結果が残せていないという意味で「谷間の世代」などと呼ばれていました。

 ところが、リオ五輪のアジア最終予選を兼ねたU-23アジア選手権で、あれよあれよという間に勝ち進みました。みごと五輪出場(3位以上)を決め、1月30日に行われた決勝戦では“宿敵”韓国代表を劇的な逆転で破って、優勝したのです。

 谷間の世代と呼ばれ、“実力はあるのに自信が無い”チーム。そして、若くて経験の浅いチーム。そんなチームに最上の結果をもたらしたのは、徹底的な「横から目線」のリーダー術でした。

若くて自信のないチームに効く、「横から目線」のリーダー術

 手倉森監督のやり方には、「上から目線」がまったく感じられません。選手の中に入り、選手と同じ気持ちになり、選手と同じ目線、つまり「横から目線」で采配をふるっています。

 そこに見られるのは、上から指導する「指導者」ではなく、仲間として兄貴として選手をモチベート(動機づけ)する「モチベーター」。「リーダーはモチベーターたれ」という言い方は、手倉森監督自身が語っていることです。

 つまり、選手のやる気を引き出すわけです。もちろん、その年代のトップの選手が集まっていますから、一般的な意味でのやる気のない選手など皆無でしょう。それでも、世界大会のような実力が拮抗した厳しい闘いを強いられる状況での、一瞬一瞬の場面では、もう一段階高いモチベーションが求められます。

 皆さんが関わるビジネスの世界でも、もうひと踏ん張りが求められるケースは少なくないでしょう。そんな局面では、自信のあるなし、モチベーションの高低といったメンタルな要素が、大きく結果を左右します。

 そんな手倉森監督の言動で、具体的に参考になることをまとめてみると、次の3つのポイントに集約されます。

 (1)けっして怒らない。
    「怒ることでモチベートしようとする」やり方は取らない。
 (2)21歳には、21歳の時の自分が納得できる言い方で語る。
 (3)勝ったらはしゃぐ。負けたらムカつく。あえて、結果に一喜一憂する。

「横から目線」のリーダー術、その3つのポイント

 手倉森監督に学ぶ3つのポイントから、ビジネスに使えるヒントを探していきましょう。

 まずは(1)から。ビジネスの現場でも、部下を激しく叱責するシーンをよく見かけます。なかには「こいつの成長のためだ」とその行為を正当化しているリーダーの方もいるようですが、手倉森監督はけっして「怒らない」ことを旨としているそうです。

 「怒る・叱る」ことで部下の成長を促そうとするやり方もあり得るのでしょうけれど、自信のない部下や今の若い世代には、なかなか効かないというのは、多くの皆さんが感じていることではないでしょうか。であれば、「怒らない」と決めてしまうのも一つのやり方です。

 次に(2)。これこそ「横から目線」の真骨頂と言えるでしょう。手倉森監督は、21歳の自分を頭に思い浮かべ、その時の自分でも納得できる言い方で語るように心がけていると言います。これは「年代を越える」という意味以上に、要するに「プレーヤーの目線で」ということでしょう。リーダーになるとどうしても「リーダーとしての立場」で語ってしまいますが、あくまでも「プレーヤーの目線で」語りましょう。

 この世代が越えられなかった「ベスト8の壁」を越えたイラン戦。0−0のまま前後半の試合時間が終わる寸前に交代で入った豊川雄太選手は、延長に入って劇的な決勝ゴールを決めます。

 実は、先発が予定されていた豊川選手を試合直前の判断で控えに回したのですが、監督は豊川選手に自分の意図をきちんと納得できる形で伝えていました。「終盤で膠着状態になった時に、試合を決めて来る役割として、お前を控えに回した。延長ではお前が決めて来い」と説明し、豊川選手も納得して見事に結果を出します。今回の大会では手倉森監督の選手交代がことごとく結果を出したと言われていますが、その裏には、こんな秘密があったのです。

 そして(3)。オリンピック出場を決めたイラク戦の後の記念撮影では、手倉森監督は選手の誰よりも喜びを爆発させ、芝の上に寝そべって撮影されるなど「はしゃいで」いました。韓国との決勝戦で2-0と先行された時には、「ムカついていた」と語っています。手倉森監督は、あえて結果に一喜一憂しているわけです。

 選手と同様の立場で、選手と同化して闘っている。もちろんリーダーとしての冷静な判断も同時に行っているわけですが、それでも、こうして監督が勝負の行方に感情を露わにする態度は、選手のモチベーションアップには少なからず貢献していると思います。

 以前勤めていた会社のロサンゼルス支社(社員20名ほど)の支社長も、似たタイプのリーダーでした。競合プレゼンテーションで勝った時に、50代の支社長が、20代メーンの社員たちと手を取り合って、オフィスでまさしく踊り出して喜んでいたシーンをよく覚えています。そんな風にビジネスシーンでも、「プレーヤーと同化する」ことは、十分に効果が期待できるリーダー術だと思います。

佐藤 達郎(さとう・たつろう)
 多摩美術大学 (広告論 / マーケティング論 / メディア論)教授
 コミュニケーション・ラボ代表

nikkeibp.co.jp(2016-02-08)