ホンダF1、復帰戦0勝からの「生きざま」

総責任者の新井康久氏に聞く

 自動車レース最高峰フォーミュラ・ワン(F1)の2015年の大きな話題の一つはホンダの7年ぶりの復帰だった。1988〜92年に44勝した黄金期に組んだ英マクラーレンに再びエンジンを供給する形で参戦。ファンの大きな期待を背負ったが、1年目のシーズンは19戦0勝の敗戦で終えた。苦戦した背景と、16年以降に結果を出すための戦略について、F1プロジェクトチームの新井康久総責任者に聞いた。

■7年のブランク「試合勘失っていた」

――15年シーズンの結果に対する率直な評価と理由について聞かせて下さい。

 「本当に厳しいシーズンで、ファンやマクラーレン、サポート関係者の期待に応えられなかった。色々な理由があるが、結果がすべてと思っている。シーズン当初、F1の世界から離れていた7年間のブランクの大きさを感じた。色々な技術的なトラブルは覚悟していたが、頭で分かっていても、原因を特定して、解決する順番をジャッジし、修正する一連の作業にスピード感がなかった。スポーツでいうと試合勘がなくなっていた状態。(現在のF1ルールの)複雑なハイブリッドシステムを十分に使いこなせないまま、15年3月の開幕戦のオーストラリアグランプリ(GP)を迎えた。全員が全力を尽くしても、経験値が生きない中で同時に多くの技術的な課題が起き、すごく厳しいスタートだった」

――現在のF1は搭載燃料を100キログラムに制限し、さらに排気量1600ccという小さいエンジンにターボ(過給器)を付け、時速300キロメートルを出す環境技術の勝負です。環境技術の向上は参戦理由の一つでもありますが、何の技術が最も難しかったのでしょうか。

 「(F1参戦の)1年前に(アラブ首長国連邦の)アブダビで車をテストした時、電子制御の問題が出た。これを解決すれば何とかなると考えていたが、14年冬のテストで複雑なハイブリッドシステムを十分に使いこなせず、セ氏1000度を超える熱の冷却、熱エネルギーの回生などで様々な課題が見つかった。シーズン前の3回の走行テストはほとんど棒に振ってしまった。5月のスペインGPまでは解決とトラブルの繰り返しで、モグラたたきの状態。F1チームの人数は非公表だが、未経験者がおおよそ半分程度。(黄金期だった)2期のメンバーもいるし、(00〜08年の)3期の中核メンバーもいるが、それでもシステムがすごい複雑で解決の糸口をみつけるのに時間がかかった」

 「最大の課題は熱エネルギーを回収して、電力に変換し、モーターをアシストするシステムの技術。直線が長く、『パワーサーキット』と呼ばれる夏のベルギーGPとイタリアGPで、完全に他チームとのギャップが埋まらないと気付いた。エンジンの出力を上げても、(スピードを押し上げる)熱回生が足りない。直線の途中で他チームより早く160馬力ぐらいなくなってしまう。でも抜本的な解決にはハード面の基本設計を全部見直すことが必要で、シーズン途中で手を出せなかった。後半戦は他の知恵で、少しでもリカバーできるようにやっていたが苦しかった。F1ルールが変更になった14年に他チームが苦労したのと同じ問題にホンダも直面した」

――技術的な課題を解決するための取り組みは

 「8月には栃木県さくら市の研究所で、16年に向けて抜本的に解決するエンジンの研究に着手した。1年後ですというのは対外的に言えなかったし、15年のパワーユニットの改良と、16年に向けた抜本的な設計の見直しを並行してやっていたので、開発メンバーはとても忙しかった。英国ミルトン・キーンズの開発拠点はレースの前線基地の役割で、エンジンの技術開発はすべてさくら市の研究所でやっている」

――シーズン中はマクラーレンとの意見対立を指摘する報道も目立ちました。

■ホンダのフィロソフィーは違う

 「技術的なデータをもとに問題について、お互いに納得するまで議論する。もちろん和気あいあいではないが、対立ではない。夏ごろに『(開発の)リソースは足りているのか』『なぜ自分たちだけでやるんだ』と言われ、外部人材の活用も求められた。欧州では人材の流動は激しいから、この意見は当たり前。だがホンダのフィロソフィーは違うと説明した。人が育つことが重要なこと。外部の技術者が3カ月とか半年だけいても困るし、チームとしてホンダの文化を理解するのに数カ月かかりますでは余計に時間がかかる。マクラーレンとの異文化の中での共同作業はおもしろく、ホンダの哲学をだいぶ理解してきてもらっている」

――技術的なトラブルの原因として、マクラーレンが望む「サイズゼロ」といわれる、エンジンを含むパワーユニットの極端な小型化を指摘する見方もあります。16年はサイズを見直しますか。


 「『サイズゼロ』の考えは変える気はないと断言する。今のF1は空気抵抗やサスペンションの動きと、車体が一体でないと速く走れない。パワーユニットを最大限小さくし、いかに車体の設計を邪魔しないかが重要。熱の冷却問題はすでに克服した。のびのび作るという手もあったが、ホンダとして独自の発想で、一番難しいことにチャレンジしようと決めたことを貫く。マクラーレンからの強要ではなく、解決すればアドバンテージになると信じている。譲れない部分もいっぱいあるが、お互いに理解して、マクラーレン側から小型化で『そこまで攻めなくても』という話もあった。絶対に小さくしてやるという気持ちがある」

――トラブルによるリタイアや成績が低迷しても、シーズン中は前向きな発言が目立ちました。なぜでしょうか。

 「社内のメンバーも毎日、直接話すことはできない。責任を負っている人間がネガティブな話をすると、全体がそうなってしまう。困難な中でチームが今、何をすべきか、自分たちがやっている仕事はこういう意義があるんだと実感してもらいたいから。遊んでいる訳ではない。20代のF1未経験者からベテランまで必死に向き合っている。それを理解して信じているからポジティブに発信している」

――16年シーズンは、予算やチーム人数は15年シーズンに比べて、具体的にどの程度、増やしますか。

 「予算やチームの人数は一切公表していない。割合も言えないが、予算や人数は15年の夏ごろから対応をしている。(ホンダの)八郷隆弘社長とも話をして、全面的なサポートを受けているので、16年シーズンに向けて、ちゃんとした体制になっている」

――8万人の観客が見守った日本GP(三重県鈴鹿市)ではドライバーのフェルナンド・アロンソ選手がマシンについて、走行中に無線で「(F1の下位レースの)GP2!」という発言もありました。ドライバーとはどういったやり取りをしていますか

 「アロンソ選手の発言はあえて無線を使った叱咤(しった)激励だと思う。常にレース場で勝つためのミーティングをしている。『出力が足りない』『これはいつまでに直るのか』など。すぐに直せない部分の指摘は厳しいが、新しい取り組みで『前のエンジンと全然違う』とかいう前向きな評価を聞くと励みになる。(11月の最終戦の)アブダビGPでは新しいエンジンで、ジェンソン・バトン選手がチェッカーフラッグ後に『(年間5位の競合ドライバー)ボッタスを抑えたぜ! 今年最高に気持ちよく走れた』と無線で興奮して話していた。改善を実感してもらうとチーム全員が聞いているし、励みになる」

■生き様がブランドに

――次世代の量産車の研究開発費が膨らむ中で、ホンダの四輪事業にとってF1を続ける意義は何でしょうか。

 「毎週、金曜日に練習走行を2回、土曜日に練習走行と予選、日曜日に決勝と5回走る。マシンに付いているセンサーだけで150ぐらいあり、膨大なデータから問題点シートが何十と出てくる。即座に原因を特定して、解決する作業を繰り返す。担当の部品が壊れたら終わり。夏休みの最後の日のような濃縮した時間がずっと続く厳しい環境で、自ら優先順位を決めて、結果を出さないといけない。自然に一流のエンジニア、経営者が育つ活動になる。極限の中でしごかれて、将来のホンダの中核の人材になっていき、長期的な視点で意義は大きい。あとはホンダの象徴的なブランディングの柱で、結果を出すための生きざまがブランドにつながる」

――結果が出なければブランドの価値が下がるリスクもあります。16年に勝利を得る自信について。

 「15年はトップチームとのギャップが数値だけでなく、レース展開も含めて理解した1年だった。困難な中でマクラーレン、ドライバーとのチームワークはさらに強固になった。競争なので、能天気なことは言えないが、自分たちがレースをすることでいっぱいいっぱいだった1年目からは大きく成長し、技術のギャップも具体的に理解できた。当然、1勝したい。ただ15年は予選段階でトップ10に入らず、一度も予選3回戦に入っていない。だから現実的に16年はまず早く予選3回戦を通過することが重要。そうすれば自然とポイント獲得、表彰台が見えてくる。早くファンや関係者の期待に応えたいし、早く表彰台にという希望はある。15年シーズンにできなかった技術的な課題を解決し、信頼性も含めて開幕戦に挑みたい」

(聞き手は工藤正晃)

nikkei.com(2016-01-24)