ホンダ、2000万円の2輪車はこう造る

μm単位を調整しつつ熟練者がセル生産

 価格が2190万円(税込み)と超高額の2輪車「RC213V-S」(以下、レーサーレプリカ)の生産現場をホンダが公開した(図1)。2輪車のロードレース世界選手権「MotoGPクラス」で2連覇を達成した競技専用2輪車(MotoGPレーサー)「RC213V」を基に、仕様を一部変えて一般公道を走れるように設計した2輪車、すなわちレーサーレプリカだ。同社は2015年7月から受注を開始。250台限定で生産する計画だ。


 レーサーレプリカはセル生産で造る。生産台数は1日1台。計25人強の作業者が、それぞれ担当の工程(レプリカ専用セル)に配置されてほぼ手作業で部品を加工したり組み立てたりして完成車に仕上げていく。作業者の条件は、部品一点一点の存在理由(なぜ、その部品を使うのか)を理解していることはもちろん、組み付け条件の意味(なぜ、その組み付け条件なのか)まで把握していること。

 例えば、ある箇所のボルトの締め付けトルクが規格値からズレた場合、そのズレ幅に応じて2輪車に具体的にどのような影響が及ぶかまで把握しているといった技能水準だ。そのため、豊富な現場経験が必要で、例えばエンジン組み立てセルには24〜30年の2輪車の組み立て作業歴を備えた熟練作業者が選ばれている。

「1点狙い」でばらつきを最小限に

 そのエンジン組み立てセルは、3つの小セルで構成されている。これらの小セルで700点の部品から成るエンジンを組み立てる。

 具体的には、第1セルでは、製造番号の打刻や変速部の組み立て、シリンダーヘッドの小組み立てなどを行う(図2)。例えば、電動インパクトドライバを使ってオイルポンプを組み立てて、上下をひっくり返してセットしたシリンダーヘッドにデジタルトルクレンチを使って組み付ける。治具やツールは作業しやすいものを選んで使う権利が作業者にあり、自ら作った治具も使用している。


 第2セルでは、ギアのクリアランスの調整や、クラッチやウオーターポンプの小組み立てなどを行う。デジタルトルクレンチを使って部品を組み付けた後は、その締め付けトルク値を用紙に書き込んで記録を残していく(図3)。


 第3セルでは、バルブタイミングの調整や、タペットクリアランスの調整、カバー類の組み付け、最終検査を行う(図4)。各小セルの作業は8時間かかる。1日8時間作業するため、エンジンは合計24時間、すなわち3日で完成する。


 作業には量産車とは桁違いの緻密さが必要だ。測定器を使ってμm単位の調整を行いつつ、触覚や動き、音の情報から得られる感覚も駆使して作業を進める。例えば、締め付けトルクの規格値の幅は量産車用エンジンが±20%であるのに対し、レーサーレプリカ用エンジンは±5%である。これは、許容された幅の中央値の「1点狙い」でなければ実現できない精度だ。中央値を狙って作業し、結果として生じる差である。許容された幅の中に収まればよいという作業では実現不可能だという。

 他にも、ギアのバックラッシの調整幅は、量産車用エンジンでは118μmであるのに対し、レーサーレプリカ用エンジンでは20μmと小さい。オイルクリアランスは、量産車用エンジンでは25μmであるのに対し、レーサーレプリカ用エンジンでは10μmに収める。締め付け管理については、量産車用エンジンでは抜き取り管理であるのに対し、レーサーレプリカ用エンジンでは全数をトルク管理している。

 溶接セルでは、約30点の部品を現物合わせによって接合する。部品同士の合わせ面を切削して最適に調整した上で、溶け込みが安定して応力集中のないビードが得られるように溶接している。

 完成車組み立てセルでは、2人の作業者が1組みで2輪車を組み上げる(図5)。部品点数は1100点。これらの部品を組み付けた850箇所について、規格を満たしていることを2人で漏れなく確認して製造品質を保証する。


 このセルの特徴は、動力ツールを使わず、全てハンドツールで作業することだ。締め付けトルクを中央値の1点狙いとし、かつ全数管理を行うことはエンジン組み立てセルなどと変わらない。だが、デジタルトルクレンチを使わず、アナログのダイヤル式トルクレンチを使ってボルトを締め付ける。

 これは、チタン合金製ボルトを使っているためだ。電動インパクトドライバは回転数が高すぎて、チタン合金製ボルトがアルミニウム合金製ボディー側に設けた「めねじ」に入っていかないという。そこで人手で締め付けるのだが、チタン合金製ボルトが硬いことから回転数が安定せず、回転中にスリップして急にきゅっと回ることがある。この突発的な変化により、デジタルトルクレンチはエラーを起こすケースがあるという。

 なお、チタン合金製ボルトを締め付ける際には、モリブデングリスを使う。潤滑剤として機能すると同時に、異種材料同士であるチタン合金(ボルト)とアルミ合金(ボディー)のシール材としても機能し、電食を防ぐ。
<< 近岡 裕 >>
出典:日経ものづくり、2016年1月号 、pp.23-24 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

nikkeibp.co.jp(2016-01-07)