ブームよもう一度 スキービジネス再生人駆ける

 冷え切ったスキー場に躍動が戻ってきた。映画「私をスキーに連れてって」(1987年)で火が付いたブームが頂点を迎えてから約20年。急斜面を転げ落ちたスキー人気だが、例えばリフト収入は2011年を底に増勢に転じており「客数の減少は底を打った」というのが業界の通説となりつつある。背景にはゲレンデを再び歓声で満たそうと奮闘する再生請負人たちの熱い取り組みがあった。

■再生のカギは兵庫に

 兵庫県養父市。関西に土地勘のない人なら「兵庫県にスキー場?」といぶかるかもしれない。しかし、ここは紛れもなく、日本のスキー場再生のカギを握るキーパーソンの拠点だ。スキー場運営大手マックアースの社長、一ノ本達己(48)のもとにはゲレンデ復活をめざす相談者たちの来訪が引きも切らない。

 現在、斑尾高原(長野県飯山市)や神立高原(新潟県湯沢町)など20カ所を所有。14カ所で運営を受託する。

 父親が地元で始めた旅館を継ぐうちに、スキー場経営を持ちかけられた。農閑期に貴重な現金収入源となるスキー場は地元経済に不可欠。一ノ本自身がスキー好きだったこともあり、08年に進出を決断した。

 再生ビジネスの手掛かりをつかんだひとつは、ばんしゅう戸倉スノーパーク(兵庫県宍粟市)での経験だ。宍粟市が指定管理者の応札を3回実施したが、誰も名乗り出なかったいわく付きのスキー場。だが、近隣の中核都市から近いうえ「ゴルフの打ちっ放しのように少しだけ滑りたいという人が実は多い」ことに気付いた。

 菅平高原パインビークスキー場(長野県上田市)にもヒントがあった。ここには「日本一のゲレンデ整備技術を持った職人がいた」。彼らの力をフル活用すればスキー上級者を確実に魅了できる――どこのスキー場も似たり寄ったりと考えていた一ノ本が「特色を打ち出して顧客目線に合わせた企画を打てば客足は戻ってくる」と確信した瞬間だった。

■営業時間延長で来場者2倍超

 自信を持った一ノ本は10年から一気に運営ゲレンデ数を増やした。12年8月に運営を始めたスノークルーズオーンズ(北海道小樽市)では、ナイターの営業時間を午後11時まで延長。来場者数はそれまでの5万人弱から2.2倍に増えた。テコ入れ効果はスキー場にとどまらず、ちくさ高原スキー場(兵庫県宍粟市)では「スキー場周辺の道の駅や飲食店を訪れる人も増えた」(宍粟市のしそう観光協会)という。

 「スキー場同士がお互いの力を結集し、助け合って経営する」ことも学んだ。数の力を生かせば設備を安く買い、リフトなども自社で整備できる。低コスト経営に道が開ける。

 「500のスキー場に500人の社長ではどこまでいっても小粒。それでは限界がある」。辻隆(44)も合従連衡による規模の利益の追求に動くひとりだ。国内外で11カ所のスキー場の運営するクロスプロジェクトグループ(長野県白馬村)を社長として率いる。

 日本のスキー場がたどった歴史はバブル期の日本企業とうりふたつだ。甘い需要予測に酔って身の丈を超える投資に踏み切り、ブーム終焉(しゅうえん)後は膨張した固定費に体力をすり減らし、やがて再編の波に飲み込まれていく。辻は「かつて日本には800ものスキー場があったが、現在は約500。これから250程度まで減る」とはじく。「元気なスキー場は30〜40。こうしたスキー場がどこまで周辺を巻きこ

■再生に必要なふたつの戦略

 舞台はまたしても兵庫県。辻は同県最大のハチ北スキー場(香美町)を中心に、7つのスキー場を束ねて「兵庫メジャーズ」と銘打つプロモーションを指南している。スタンプラリーなどを今シーズンから開始した。協力が広がれば資材の共同購入や共同プロモーションにつながる。同時に「若者向けのゲレンデがあったり、ファミリーやシニア向けがあったりというように、特色に応じた役割分担もできるようになる」。

 複数のゲレンデを集約することで規模の利益を追うと同時に、ゲレンデごとに役割を分担させ、それぞれの付加価値を高めていく戦略。この「集約と分担」こそ再生人たちに共通するキーワードだ。

 薄日が差してきたスキー場経営に株式市場も熱い視線を注ぐ。今年4月には東証マザーズ市場に日本スキー場開発が新規上場した。スキー場関連では初の上場だ。長野五輪の会場となったゲレンデなど8カ所を運営するほか、スキー場再生にも取り組む。収益は15年7月期に続いて今期も増収増益の見通し。株価は公開価格を10%上回った初値以降も総じて堅調で、市場の受けは悪くない。

 社長の鈴木周平(39)が説くのも「集約と分担」だ。事業拡大のきっかけとなったのは白馬八方尾根スキー場(長野県白馬村)などでの「グループ化の成功」という。一方、ロープウエーを持つ竜王マウンテンパークでは雲海を臨むテラスを設置するなどして、スキーシーズン以外でも「特長を生かして赤字を減らす努力を続けている」という。

■外国人が日本のスキー場に憧れる理由

 15年のレジャー白書によると、リフトなどの「索道」収入は昨年まで3年連続で増加した。一時は全体の4%程度まで落ち込んだ20歳未満のスキー人口が足元で9%前後まで持ち直してきたのは明るい兆しだ。加えて「インバウンド」の追い風も吹く。

 「実は北海道や長野県は北米より降雪量が多く、雪質も良い」(鈴木)、「多くの外国人が日本の天然雪に憧れている」(一ノ本)――再生人が口をそろえるのは日本の雪そのものの競争力だ。中国や韓国もスキーブームに沸くが、ゲレンデは人工雪が多い。辻によると「人口雪は固く、温度もマイナス15〜20度と冷たい。天然雪は柔らかく、変化もあるので多くの楽しみ方ができる。温度も0度前後で暖かい」という。

 日本スキー場開発はアジアや欧米でも営業活動を展開。その甲斐(かい)あって、昨シーズンの白馬のスキー場では外国人客が前シーズンより3割増えた。辻は中国・北京でスキー場を運営する。「人工雪を滑る中国の顧客に『日本なら天然雪で楽しめる』とアピールするのが狙い」だ。

 スキー客ばかりではない。投資マネーも虎視眈々(たんたん)と日本を狙う。中国企業による星野リゾート・トマム(北海道占冠村)買収はその先駆けだろう。海外マネーの「強烈な勢いを感じる」という辻はこう予言する。「2年後には外資からの日本のスキー場への出資相談が大きな業務になるに違いない」

 スキーレジャーの観点で言えば、日本の雪は紛れもなく宝物だ。となれば、ゲレンデはまさに「宝の山」。「集約と分担」で地力さえ蓄えれば、潜在力を解き放つ条件が整う。そのために再生人たちはゲレンデを巡り、海外にも足を伸ばす。凍り付いた日本のスキー場を彼らの熱意が溶かしていく。=敬称略
〔日経QUICKニュース(NQN)高橋徹、原欣宏、末藤加恵〕

nikkei.com(2015-12-26)