ホンダF1、続く挑戦 パワーユニット未成熟で低迷

 エンジンサプライヤーとして、2015年に自動車レースの最高峰F1に復帰したホンダ。しかし、11月29日に終了した今シーズンは苦戦が続いた。二つのモーターを使った複雑なエネルギー回生システムが求められる2014年からの新しいパワートレーンに、うまく対応し切れなかったことが原因だ。最新のF1レギュレーションでは何がポイントなのか。「ホンダF1」の課題を探る。


 2008年にリーマンショックの影響を受けて活動を終了して以来、ホンダがF1の舞台に帰ってきた。7年振りの参戦だ。ただし、2008年までの第3期といわれる参戦では車体からエンジンまでを手掛けていたのに対し、2015年は英国のMcLaren(マクラーレン)チームにエンジンを供給するという形だ。

 規模を縮小したことで、ホンダの負担は軽くなった。全てを運営しようとすると、トップチームではスタッフが500人を超え、年間予算も400億円は下らないとされる。一方、エンジンだけの供給であれば、スタッフの数はずっと少なくできる。

 本田技術研究所の専務でF1プロジェクトの総責任者を務める新井康久氏は「詳しくは言えないが、スタッフは何十人から何百人の間」といい、100人程度の規模とみられる。もちろん、それだけのスタッフをレース専用に抱えるというのは、並みのメーカーではできないことだ。それでも、ホンダがF1レースにこだわるのは、二つの目的があるからである。

 一つは技術を磨くこと、もう一つは人材を育てることだ。新井氏は「レギュレーションで、非常に高い熱効率が求められると同時に、これまで以上の速さで競争が行われている。エンジンの熱効率は軽く40%を超えており、技術そのものの戦いは本当に厳しい」とする。

 また、「2.4Lのエンジンを使っていた時代に比べると燃料使用量は3分の2程度に減っている。さらにクルマが100kg近く重くなっているのに、ラップタイムはほぼ変わらない」という。

■排気エネルギーの回収も義務化

 特に、2014年シーズンからは、従来の運動エネルギー回生装置「KERS」に、新たに排気エネルギーを回生するモーターを追加した新しいエネルギー回生システム「ERS」の装着が義務付けられた。これによって、通常のハイブリッド技術だけでなく、熱エネルギーのマネジメントも必要になった。

 将来、量産車がエンジンの熱効率を上げていくには、排気エネルギーの回収は不可欠だ。次世代技術をここでものにできれば、量産車開発へも生かせるという読みがある。

 二つめが、“ひとづくり”である。レースは現場で次から次へと問題が持ち上がる。従って、開発スタッフが判断するスピードが加速度的に高まる。「こうした人材が増えることで、経営や技術開発のスピードが高まっていく。判断できる人を増やしていく」(新井氏)のがもう一つの狙いだ。

■下位グループに甘んじる

 満を持して参戦したホンダだが、成績は低迷した。2015年10月末時点でチーム成績でトップを走るのが、シャシー、パワートレーンともに完成度が高いMercedes(メルセデス)チームだ。一方、McLarenホンダは、第16戦を終えて10チーム中9位。上位争いにほとんど絡めていない。

 2015年9月末開催の日本GPでも、「McLarenホンダMP4-30」の予選タイムは、トップから約2秒落ちで14番手と16番手という下位にとどまった(図1)。決勝ではフェルナンド・アロンソ選手が一時トップ10内を走っていたが、最終的には11位でレースを終えた。かつて常勝を誇ったホンダにとって、予想外の成績である。


 ホンダがここまで苦戦している理由の一つが、他チームより1年遅れで新パワートレーンのF1シリーズに参戦したことだ。ホンダが前回のF1参戦を終えた2008年当時、パワートレーンは排気量2.4Lでポート噴射のV型8気筒自然吸気エンジンだった。このエンジンは、2013年まで使われたが、ホンダが参戦する1年前の2014年からは1.6LのV型6気筒直噴ターボエンジンに変わる(図2)。


 同時にERSというエネルギー回生システムの採用も始まった。2014年からは運動エネルギーだけでなく、ターボチャージャーに装着するモーターを使って、排ガスの熱エネルギーまでを回収する仕組みが追加された。熱エネルギーをいかに電力に変換し、モーターでアシストできるかで速さが決まる。ここで、ホンダは回生エネルギーを十分にアシストに使えないために、直線コースの最後などでアシストが切れてしまうという問題を抱えている。

 ホンダの課題を理解するために、最新のF1レギュレーションを見ていこう。車両質量はMP4-30の場合、運転者を含まず702kgとされる(表)。このうち、パワーユニットの質量は最小145kgと決められている。


■MGU-Hはいくら発電してもよい

 パワーユニットには、エンジンに加えて、クランクシャフトの近くに配置してエンジン出力のアシスト・回生を行う「MGU-K」と呼ぶモーター、ターボチャージャー、ターボチャージャーの軸に直結して排気エネルギーを回収する「MGU-H」と呼ばれるモーター、エネルギーを貯蔵するリチウムイオン電池、電子制御ユニットなどが含まれる(図3)。


 エンジンはバンク角90度のV型6気筒ターボと決められている。最高回転数は1万5000rpm(回/分)である。最高出力は明かされていないが、およそ441kW(600PS)以上とされる。

 エンジンに使うガソリンの燃料量も制限されている。レース中に使えるのは100kgであり、最大流量は回転数1万500rpm以上で100kg/hどまりである。

 複雑なのが、二つのモーターが加わることだ。通常のハイブリッドシステムと同様の機能を実現するのがMGU-Kである。減速時には回生、加速時にはアシストをするのが基本的な役目。モーターは最高回転数5万rpm、最高出力120kWと決められている。エンジンの最高出力が441kW程度とすると、アシストの許容量はその4分の1以上と大きい。

 ただし、MGU-Kで回生できるエネルギーは1周当たり2MJ(ジュール)までという制限がある。従ってMGU-Kに限っていえばエネルギー収支を常に一定に保つには、電池のSOC(充電状態)をあまり変えないようにする、すなわち2MJ貯めて2MJアシストに使うのが理にかなっている。

 一方、MGU-Hは最高回転数が12万5000rpmと決められているものの、最高出力や最大回生量、最大エネルギー放出量に制限はない。このため、MGU-Hを使って発電し、それをMGU-Kのアシストに使うこともできる。

■直線の最後でアシストが切れる

 減速のエネルギー回生にはエンジンの出力軸につながったMGU-Kしか使えない。このため、コーナーへの進入時にはMGU-Kで発電し、電力を電池に蓄える。そしてコーナー脱出時には、電池からMGU-Kに電力を送り、エンジンをアシストする。エンジン回転数が大きく下がった際には、電池からMGU-Hに電力を送り、コンプレッサーを回転させてターボラグを減少させることもある。

 ポイントは、MGU-KとMGU-Hを組み合わせる場合だ。全開加速時は、タービンに供給される排気エネルギーが増えるため、エンジンが必要な空気を圧縮するためのコンプレッサーに要するエネルギーを上回る場合がある。

 こうした時は、MGU-Hで発電し、電力を直接MGU-Kに送り、アシストに使う。前述のように電池からMGU-Kに送るエネルギー量には制限があるが、MGU-Hは発電量に制限がないため、MGU-Kのアシストに自由に使える(ただし、アシストは最大4MJに制限)。また、コーナー脱出時のフル加速では、MGU-Hからの電力と電池からの電力を合わせてMGU-Kに送ることも可能だ。

 2015年のF1レースでは、MGU-Kによるハイブリッドシステムと、MGU-Hによる熱エネルギー回収システムを組み合わせたERSの使い方が肝になっている。もちろん、モーターでアシストするのは、タイムアップができるケースに限られるので、エンジン出力だけで走る区間もある。

 実はエンジン単体の性能でもホンダは他チームに比べて低いという。ただし、最も深刻なのは、スピードが出る直線の最後までモーターによるアシストが続かず、最高速が伸びないことだ。

 今のところ、この解決には時間がかかりそうだ。新井氏によれば、中身をガラッと変えないといけないからだ。ホンダがF1エンジンを開発した時期は、量産車のパワートレーンの大刷新や、その後の「フィット」や「ヴェゼル」のリコール時期にも重なっている。そうした影響を受けて、開発リソースが足りなかった可能性もある。

 ホンダにとっては参加するだけでなく、「勝つこと」が最大のモチベーションになる。勝てるパワーユニットの実現を本気で突き詰める必要があるだろう。

(日経Automotive 林達彦)
[日経Automotive2015年11月号の記事を再構成]

nikkei.com(2015-12-04)