ホンダ、2つの「極小化」で燃料電池車の普及加速

 水素で走る燃料電池車(FCV)。二酸化炭素(CO2)を出さない「究極のエコカー」だが、FCVの性能向上と商用の水素ステーションが普及の壁となっている。その解決に積極的に動き出したのがホンダだ。小さい燃料電池スタックを採用し大人5人が乗れる新型FCVを来春に発売するとともに、設置費が商用の約10分の1になる独自の小型水素ステーションも開発した。2つの「ミニマイズ(極小化)」の技術で水素社会の先兵を目指す。

■電池の大きさが3分の2 5人乗りでゴルフバッグ3つ搭載可能

 本田技術研究所(栃木県芳賀町)で10月24日、新型FCV「クラリティフューエルセル」の内部構造が報道陣に公開された。注目は「燃料電池スタック」のコンパクトさと位置。水素と酸素を反応させて電気を取り出す基幹部品で、FCVの“心臓”にあたる。量産型セダンでは世界で初めて、燃料電池スタックなどの駆動機構がボンネット内に収まり、5人乗りでゴルフバッグが3つ入る。

 2002年のFCV試作車の燃料電池スタックは後部座席を埋め尽くす大きさで、1人しか乗れなかった。04年に寒冷地でも使える独自装置を開発。ガソリン車並みの空間を実現するため、開発責任者の清水潔主任研究員は「サイズを小さくしながら、出力を上げる進化のステップを刻んできた」と説明する。

 08年にリース販売を始めた4人乗りの初代FCV「クラリティ」に比べ、新型の燃料電池スタックは33%小さい。スタック内には電気を発生させる「セル」が約400枚重なる。セルの厚みを2割薄くし、面積当たりの発電量を1.5倍にして、燃料電池スタックの体積1リットル当たりの出力は3.1キロワットと6割高めた。

 FCVの量産はトヨタ自動車が先行し、14年末に4人乗りの「ミライ」を発売した。650キロメートルの走行距離で価格は723万円。ホンダの新型FCVは約40万円高いが「700キロメートル以上の走行距離と広い空間などに価値がある」(清水主任研究員)。機械部分は小さく、人間部分は広くというホンダ伝統の「メカ・ミニマム、マン・マキシマム思想」で対抗する。

■小型の水素ステーション開発 インフラ不足を解消

 水素社会に向け、もうひとつ“ミニマイズ”のDNAを象徴するホンダの取り組みがある。

 10月下旬、さいたま市東部環境センター内の水素ステーションに市の公用車のFCV「クラリティ」が立ち寄った。ホースを供給口に入れてボタンを押すと、高圧水素が供給され、約3分で満タンに。市の環境未来都市推進課の金沢哲郎主任は「ガソリン車とほぼ同じ使い勝手」と評価する。

 商用ステーションではなく、ホンダが14年9月に設置した「スマート水素ステーション(SHS)」だ。10フィートコンテナサイズで、設置面積は7.5平方メートルと従来の分散配置型商用ステーションの20分の1から30分の1。水素の貯蔵量は19キログラムで、FCV4.5台がフルに走行できる。製造能力は1日に約150キロメートル分と少ないが、量産すれば設置コストは1基5千万円で済む。

 本格的なステーションと比べれば簡易型の施設といえる。「ホンダはインフラメーカーではないので、あくまでFCVの普及が目的。他社の水素ステーションがどんどん広がってほしい」。SHSを開発する本田技術研究所の岡部昌規主任研究員はこう説明する。

 日本では14年7月、岩谷産業が国内の商用水素ステーション1号を開いた。だが費用はガソリンスタンドの約5倍の5億円。FCVはまだ少なく、採算は厳しい。国の支援などで現在80カ所を超えたが大都市に偏り、東北以北はゼロだ。卵か先か鶏が先か。ホンダはSHSで、商用ステーションに先駆けて空白地を埋める。

 SHS開発のきっかけは「家庭に水素を充填できる超小型の装置があれば便利でエコ」(岡部主任研究員)との発想だ。研究はFCV開発とほぼ同時に米ロサンゼルスの研究所で始めた。テーマは小型化。一般に水素ステーションは生成した水素を貯蔵するため、高圧で圧縮する大型コンプレッサーを備える。不要になれば一気に小さくなるが、水を電気分解して高圧の水素を樹脂の膜に通す技術が難しいとされていた。

■水から350気圧の水素ガス発生 1日で設置、移設も簡単

 だがやってみないと分からない。04年ごろに高圧の水素を樹脂の膜に通す実験をしたところ「予想の10倍の耐圧性があり、希望を持てた」(岡部主任研究員)という。

 水を電気分解して350気圧の水素を得る研究を続け、10年に「高圧水電解システム」の技術の確立に成功した。約10年間で、世界初の高圧水電解装置と高圧水素タンク、高圧の充填ノズルを1つのパッケージに収めたSHSを世に送り出した。

 設置は1日で終わり、近くに商用ステーションができれば、ほかの場所に簡単に移動できる。各地域の再生可能エネルギーの電気を使えば、CO2ゼロの車社会に近づく。

 「松明(たいまつ)は自分の手で」。ホンダには他人の教えではなく、苦しくても独自の創意工夫で未知の道を切り開くという理念がある。FCVは25年をめどに価格をハイブリッド車並みに下げ、SHSは長期的に家庭への設置を目指す。創業期からのDNAを発揮すべき時はまさに今だろう。

(企業報道部 工藤正晃)

nikkei.com(2015-11-16)