水素のエコカー、走りは「スー」 ホンダ新FCVに試乗

 ホンダは東京モーターショーで、水素を燃料にして動く新型の燃料電池車(FCV)「クラリティ フューエル セル」を来年3月から市販(まずはリースから)すると発表した。市販予定車も披露している。この最先端のエコカーに、開発子会社「本田技術研究所」の栃木県のテストコースで試乗した。

 「ウィーン」。アクセルを踏むと、クラリティはかすかなモーター音をさせながら滑り出した。ここは想像通り。でも、スピードが出始めると、さらに「スー」という音も加わる。「発電後に燃料電池から空気が排出されている音ですよ」。助手席に座ったクラリティの担当者が教えてくれた。

 FCVは、燃料の水素と空気中の酸素を燃料電池システムの中で反応させて電気を取り出し、その電気でモーターを動かして走る。この「スー」があるかないかが、FCVと充電池にためた電気で動く電気自動車(EV)とのわかりやすい違いだろう。

 モーターで走る車には、エンジンと違って低速域から高速域まで滑らかにスピードが上がる特徴がある。クラリティも、アクセルを踏んだ分だけ伸びやかに加速していき、ストレスがない。ホンダの先代FCV「FCXクラリティ」と比べると、燃料電池の出力は1.5倍になっており、走行性能は上がった。エンジンで動く車と比べて、振動がだいぶ少ないことを快適に思う人もいるだろう。

 ログイン前の続き運転中、「スポーツ」ボタンを押してみた。スポーツモードに切り替わると、運転操作がダイレクトに車に伝わり、加速も良くなるように感じた。排ガスを出さない「究極のエコカー」として環境にやさしいのが売りのFCVだが、同乗した担当者は「やはり『走り』も充実させるのがホンダ」と話した。

 新型クラリティは、FCXと同じセダンタイプ。インパネまわりは上品なつくりで、ホンダの高級車「レジェンド」に乗っているような気分になる。そういえば、トヨタ自動車が2014年末に市販したFCV「ミライ」も室内には高級感が漂っていた。

 技術的に大きな特徴は、心臓部の燃料電池システムをFCXより33%小型化できたことだろう。いままでは床下に置かざるをえなかったものを、ボンネット内に収められるようにした。このため、室内スペースを広くでき、乗車定員はFCXより1人増えて5人となった。ミライの定員(4人)を上回るのが売りだ。一方、車の前部に置くことで、衝突事故などの衝撃を受ける可能性は増える。そのため、衝撃に耐えられるよう強度をこれまでの4倍に引き上げたという。

 ホンダは、クラリティのプラットフォームを、今後開発するプラグインハイブリッド車(PHV)やEVにも展開していく方針だ。それによって、大幅なコストダウンが期待できるからだ。燃料電池システムをボンネット内に収容したことが、ここでも効いている。平たく言えば、ボンネットの中身を変えるだけで、多様なエコカーをつくり出すことができる。今回のホンダのFCVにまつわる見落とせない技術革新と言えるだろう。

 ところで、クラリティには水素をためるために大小二つのタンクが載っている。大きな方のタンクは、セダンだから積めたが、小型車「フィット」のような車をFCV化するには大きすぎるように感じた。試乗後に取材した開発責任者の清水潔さんは、「例えば、もっと小さい水素タンクを開発して、それをいくつも積むといった方法も考えられる。(FCVの開発で提携する)米ゼネラル・モーターズとは水素タンクについても共同研究しており、力を入れていく」と話した。

 クラリティの価格は消費税込み766万円で、ミライの約723万円を上回る。ただ、これは定員が多いことや、一度の満タンで走れる距離がミライよりも長いことを考えれば、それなりに「勉強した」値段なのかもしれない。国の208万円の購入補助金が付くため、単純計算をすれば558万円ほどで買えることになる。独自の補助金を持つ自治体もあるので、400万円台で買えるケースも出てきそうだ。

 ただ、一般消費者がこの車を買うのは、少し先のことになる。ホンダによると初年度の生産は開発拠点で「ほぼ手づくり」になるため、年わずか200台。おまけに官公庁や企業向けのリース販売がほとんどらしい。ホンダ幹部は取材に、17年度にも生産を狭山工場(埼玉)に移して量産に入り、一般の人たちに買ってもらえるようにしたいとの意向をにじませた。

 思い返すと、トヨタはミライの発売1年目から、一般の顧客にミライを納車している。ホンダとしては、少し前に「フィット」などで起こした品質問題を教訓に、慎重に事を進めたい考えのようだ。気持ちはわからないでもない。でも、ホンダが本気で「究極のエコカー」たるFCVを普及させ、ひいては水素が基幹エネルギーになる「水素社会」をめざしているなら、一日も早くクラリティの市販車を多く送り出し、一般道でミライとその性能を競ってもらいたいと思う。(榊原謙)




asahi.com(2015-10-31)