VW問題が加速する新たな技術競争

 「2050年以降、ガソリンエンジン単体の車はつくらない」とトヨタ自動車が宣言し、ホンダは米ゼネラル・モーターズ(GM)との提携を幅広い技術分野に広げることを明らかにした。

 東京モーターショーが迫ったせいだろうか。日産自動車なども含めた自動車大手の間で、意欲的な目標設定や取り組みが相次いで表面化している。ハイブリッド車に燃料電池車、自動運転車、コネクテッドカー……。取り組む対象は多様であり、未来志向にも富んでいる。

■次のステージの始まり

 21世紀も始まってすでに14年だ。20世紀を彩ったガソリン車主流の時代から次のステージに移行する時期がようやく訪れた可能性はある。

 ディーゼル車の不正問題で揺れる独フォルクスワーゲン(VW)。その存在も新たな時代に駆り立てる要因かもしれない。トヨタが50年までの長期ビジョンを発表した前の日、VWが発表したのは電気自動車やプラグインハイブリッド車に技術開発の軸足を移す、との方針転換だった。

 「EA189」と呼ばれるディーゼルエンジンを載せたVWグループの主力車の多くは恐らく、計り知れないダメージを受ける。VWの世界販売は新車市場全体の約8分の1だ。その同社が電気やプラグインハイブリッドにカジを切るとしたら、自動車産業全体の変化を加速する、まさしくエンジンになっていく可能性がある。

 では、21世紀の残り86年にはどんな競争が待っているのだろう。まずは、100年前を振り返ってみる。1915年、自動車メーカーはまだ、すべてが小さな存在で、200社以上も乱立していたという記録もある。しかも、シャシー(車台)をつくる会社と、馬車や自動車の車体をつくるコーチビルダーとに細かく分かれていた。

 技術も多様だった。19世紀の象徴だった「馬」はそろそろ引退間際。それに置き換わるものとして、蒸気機関の自動車やガソリンエンジン車、ディーゼルエンジン車、そして電気自動車もあった。

 蒸気エンジンを手がけていた「スタンレースチーマー」という会社が消えたのは大恐慌があった1929年だ。その後、ディーゼルも電気も押さえ、「天下統一」を果たしたのがガソリンエンジンの車。フォード・モーターが手がけた世界初の量産型ガソリン車「モデルT」はスタンレースチーマーの消滅より早く生産が中止されたが、先進的な経営手法を取り入れたGMがガソリン車を軸に繁栄を謳歌(おうか)、1970年代まで世界の覇権を握る。

 注目するとすれば、GMの手法もそうだが、「モデルTが量産された段階ですでに20世紀のガソリン車時代を支える基本技術が、すべてそろっていたことだ」とこの時代に詳しい自動車大手OBは話す。

 2015年の現在はどうだろう。20世紀の技術にハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、燃料電池車も加わり、ガソリン車の次が何の時代になるのかはまだ見えてこない。というより、複数の技術が併存する時代に突入する、との見方も説得力を持って存在する。勝者が見え、天下が統一されるのはやはり、20〜30年先だろうか。

■すべての可能性に網

 「デギタリジオン」。9月に辞任したVWのマルティン・ヴィンターコーン前社長は不正が発覚する数日前のフランクフルト自動車ショーでこんなドイツ語を数回繰り返していた。意味はデジタル化だ。

 すでに米当局の追及を知っていたとされる時期である。同社のディーゼル車が大打撃を受けるのを前提に語ったのかは不明だが、「VWはアップル、グーグルの(自動車への)新規参入をむしろ歓迎し、デジタル化された自動車の時代をどのメーカーよりも先取りしていく」と強調していた。

 VWもいずれは経営が正常化するだろう。他の米欧メーカーも技術の転換期をチャンスと考え、飛躍を狙っていて当然だ。日本のメーカーにとって最も安全かつ必要な策は、どんな技術が主役に躍り出ても慌てずにすむよう、すべての可能性に網を張ることだろう。

 ただし、20世紀と違うところは技術がより高度化、多様化し、アナログからデジタルにも変わること。つまり、変化の速度が上がることだ。ゲームのルールをどこまで日本に有利に引き寄せられるか。手綱さばきが一段と難しい世紀になることは間違いなさそうだ。

  << 編集委員 中山淳史 >>

nikkei.com(2015-10-20)