復活の兆し見えた! マクラーレン・ホンダはF1
ハンガリーGPでダブル入賞

 シーズン開幕当初から続いた長く暗いトンネルを抜け、伝説のマクラーレン・ホンダ復活に向けて、明るい兆しがわずかながら見えてきた――。まだほんの小さな兆しかもしれないが、少なくともホンダを応援するF1ファンは、シーズン後半をこれまで以上に期待しながら応援できる。そんな確かな結果をマクラーレン・ホンダがようやく残した。

 世界最高レベルのドライバーたちが、莫大なコストと最高の技術を投入した最速マシンを駆り、世界中のコースを転戦しながらチャンピオンシップを争う自動車レースの最高峰「2015 FIAフォーミュラ・ワン世界選手権」(以下、F1世界選手権)。

 2015シーズンは全19戦のレース開催が予定されているが、そのちょうど折り返し地点に当たる「第10戦 ハンガリーグランプリ(GP)」が現地時間7月24日から26日にかけて開催された。舞台はハンガリーの首都ブダペスト郊外にある「ハンガロリンク(Hungaroring)サーキット」だ。

 今シーズンからPU(パワーユニットと呼ぶ。ターボエンジンを含むハイブリッドシステム、後述)サプライヤーとして、7年ぶりにF1世界選手権に復帰したホンダは、英国の名門F1コンストラクターであるマクラーレン(McLaren)とタッグを組み、「マクラーレン・ホンダ」チームとして選手権を戦っている。ちなみにマクラーレンは「スーパーカー」メーカーでもある。

 ハンガリーGPにおいてマクラーレン・ホンダは、荒れた展開のレースを2台のマシンともリタイヤすることなく最後まで走り切り(完走)、F.アロンソ選手(スペイン)が5位、J.バトン選手が9位に入賞するという「ダブル入賞」を果たした。同チームにとって、今シーズンここまでで最高の成績である。

F1新時代はメルセデスAMGが圧倒的な強さで支配

 「5位と9位」と聞くと「何だその程度か。表彰台にさえ上ってないじゃないか」と思うかもしれないが、今シーズンこれまでのマクラーレン・ホンダが残してきた惨たんたる結果から考えると、少なくともファンから見ればかなり嬉しい結果と言える。もちろん、「本当はこの程度の結果で喜ぶはずじゃなかったのに」というのが、多くのホンダファンの偽らざる本音だと思われるが…。

 1980年代の1.5リッター・ターボエンジン時代後半、ホンダはエンジンサプライヤーとして圧倒的な強さを誇っていた。1988年にはA.セナとA.プロストという二人の偉大なドライバーを擁したマクラーレン・ホンダが「年間16戦中15勝」という大記録を樹立した。あれから四半世紀以上の年月が経過したが、当時の強さは今でもF1ファンの間で語り草になっているほどだ。

 そんな伝説を持つ「マクラーレン・ホンダ」が再び復活するというのだから、オールドF1ファンならずとも期待するのは当然だろう。

 F1の世界では、2014年シーズンからエンジンに関する規則が大改定され、長らく続いた2.4リッターの自然吸気V8エンジンから、1.6リッターのV6ターボエンジン+モーターとバッテリー(Energy Store)によるエネルギー回生機構を組み合わせたパワーユニット(PU)への変更が行われた。

 このPUを採用するF1新時代において、幕開け時から圧倒的な強さを披露しているのが「メルセデスAMGペトロナスF1」チームだ(以下、メルセデスAMG)。スタートから他チームのマシンを置き去りにしてほぼ2台だけで優勝争いをする様は、かつてのマクラーレン・ホンダ黄金時代を彷彿とさせる。当然、2014年のチャンピオンシップを楽々と勝ち取り、2015年も快進撃を続けている。

「革新的なPU」開発を目指し、ホンダはあえて困難な道を選択

 2015シーズンの開幕に当たって多くのF1ファンが期待したのは、この最強メルセデスAMGとマクラーレン・ホンダによる“ガチンコ対決”だった。「さすがにいきなり優勝争いに絡むのは無理でも、あえて1年参戦を遅らせてメルセデスAMGを含む他チームを研究しながらPUを開発してきたのだから、比較的早いうちに上位に食い込んでくるのではないか」。そんな期待を持っていたファンも多かっただろう。

 しかし、そんな期待はシーズン開幕前のテスト段階から木っ端微塵に打ち砕かれた。まずトラブル続出で走れない。何とか走り出せても、とてつもなく遅い。さらに他車のクラッシュに巻き込まれるなどの不運も重なり、3月の開幕戦オーストラリアGPから7月上旬の第9戦イギリスGPまで、マクラーレン・ホンダのドライバー二人が獲得できたポイントはたったの「5」(8位と10位入賞が1回ずつ)。ポイント獲得どころか、まともにレースを完走することも難しいという有様だった。

 マクラーレン・ホンダがここまで苦しんだのには、もちろん理由がある。ホンダは今回、PU開発に当たって非常に高い技術的ハードルを設定した。その一つが「超コンパクトなPU」の実現だ。従来にない革新的なレイアウトと、そのレイアウトに最適化した部品設計により実現している。

 ターボエンジンは、排気ガスを利用してタービンを回し、タービンと直結したコンプレッサーにより取り込んだ空気を圧縮してエンジンに送り込む仕組みになっている。現在のF1では、この仕組みにMGU-H(Motor Generator Unit - Heat)と呼ぶモーターを使ったエネルギー回生機構を組み合せている。

 ホンダは、タービンとコンプレッサーをシャフトで分離し、間にMGU-Hを配置。そのMGU-Hに加え、おそらくコンプレッサー部分をもエンジンのVバンク部分に収めてしまうという革新的なレイアウトを採用していると言われている。こうすることで、PUを非常にコンパクトに仕上げることができ、空力的に重要なF1マシン後部の設計自由度を大幅に高められる(マクラーレン・ホンダでは「サイズ・ゼロ」コンセプトと呼んでいる)。

 ただし、コンパクトにすることによる弊害として当然、熱処理が苦しくなる。特にMGUのモーターは熱に弱く、排熱が追い付かなくなるとパワーが低下したり、壊れたりする。F1マシンにはもう一つ「MGU-K(Motor Generator Unit - Kinetic)」と呼ぶブレーキング時の運動エネルギーを回生する機構も組み込まれているが、こちらも同様に熱に弱く、ホンダPUのようにコンパクトなPUレイアウトにするほど熱対策が厳しくなる。

 実際に、マクラーレン・ホンダではシーズン当初、MGUの能力をフルに生かすことができていなかった。PUは、MGUをフル活用できなければまともにレースを戦えない(ガソリンエンジン部分は燃料の流量が制限されており一定以上パワーを出せない)。加えて信頼性も低ければ、マシンのセッティングやPUのチューニングなども遅々として進まず、「いつまで経っても他チームに置いていかれたまま」の状況に陥る。

次戦ベルギーGPではトークンを使った改良型PUを投入か

 外からはこのような「完全にハマっている」状態に見えたマクラーレン・ホンダだが、冒頭に記したように、今回のハンガリーGPでようやくトンネルから抜け出せたようだ。土曜日の予選では軽微なトラブルにより上位グリッド獲得に失敗したものの、金曜日のフリー走行から日曜日の決勝レースまで大きなトラブルに悩まされることなく戦うことができていた。

 ただ、最終的に最強のPUとマシンを持つメルセデスAMGに勝つという目的を達成するためには、道のりはまだ果てしなく長く険しそうに見える。何しろ、例えば今回のファステストラップ(レース中の最速ラップタイプ)を見てみると、F.アロンソ選手が「1分27秒311」で、トップだったD.リカルド選手(インフィニティ・レッドブル・レーシング)の「1分24秒821」と比べて実に2秒49落ち、最高速度などもトップチームと比べてかなり遅い状況だ。

 今回、マクラーレン・ホンダがトラブルなくPUが持つ性能を十分生かせてこのラップタイムや速度しか出なかったとすると、今後どうやってトップチームとの差を詰めていくのか。現在のF1規則では、シーズン中にPUを自由に改良して走らせることはできない。ただし、「トークン」と呼ぶポイントを使って機能モジュール単位で改良を加えることは許されている。

 ホンダが現在持っているトークンは「7」。このうちいくつかを使って次戦ベルギーGP(8月21日〜23日)に改良型PUを投入してくるとみられるが、それでどのくらいマシンが速くなるのか。日本のファンとして期待するのは、9月25日〜27日に鈴鹿サーキットで開催される日本GPでの走りだろう。

 今シーズン中に優勝するのは難しいとしても、改良型PU投入により、鈴鹿で表彰台を狙えるくらいのレベルには到達してほしいところ。ハンガリーGP後、ベルギーGPまでF1は長い夏休み期間(4週間)に入るが、自動車メーカー内でのPU開発はその間も地道に続けられる(F1チームのファクトリーはロックアウトされる)。高いマシン性能・バランスとPUのパワーが求められる次戦ベルギーGPのサーキット「スパ・フランコルシャン」でマクラーレン・ホンダのマシン「MP4-30」がいったいどんな走りを見せてくれるのか。注目である。

《追記》
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nikkeibp.co.jp(2015-07-29)