お金も、手間もかけずに健康になる方法

 ここにとても面白いデータがあります。厚生労働省の「国民健康・栄養調査」からの抜粋なのですが、日本人の1日当たりの平均摂取カロリーの推移を見てみると、この40年ほどはずっと減少が続いています。ピークだったのは1975年(昭和50年)頃の2226キロカロリーで、その後はほぼ毎年減り続け、2012年(平成24年)時点での数値は、1日当たり1874キロカロリーとなっています。

 ところが同じ数字を1946年(昭和21年)でとってみると、何と1903キロカロリーとなっているのです。昭和21年といえば終戦の翌年ですから食べ物が無くて困っていたといわれる時代です。驚いたことに現代人の平均摂取カロリーは終戦当時よりも少ないのです。これは健康志向の高まりとダイエットブームによるところが大きいのではないかと思います。

 ところが肥満者の割合を調べてみると実に面白い数字が出てきます。一般的に肥満度を測る数値としてBMIというのがありますね。(体重kg)÷{(身長m)×(身長m)}で計算される数字です。日本ではこのBMIが25以上の場合に肥満と判定されます。男性の場合だと1987年(昭和62年)当時の肥満者(BMIが25以上)の割合は20.4%なのに対して2012年(平成24年)では29.1%となっており、何と肥満率は4割以上も増加しています。ところが同じ期間で見ると摂取カロリーは逆に1割程度減少しているのです。摂取カロリーは減っているのに肥満度は高くなっている、これは一体どういうわけなのでしょうか?

 原因は明らかに運動不足です。例えば今50歳〜60歳代のみなさん、ちょっと思い出してみてください。みなさんが子供の頃や学生の頃、電車の駅にエスカレーターやエレベーターが付いていましたか? 恐らくほとんどなかったでしょう。少なくとも今よりはかなり少なかったはずです。ところが今はほとんどの人がエスカレーターを利用しており、階段を軽快に上っていく人はごく少数派です。

 私は数年前にあるお医者さんから、手軽にできる健康法として「通勤の時に一切エスカレーターを使わず階段を歩いて上りなさい」ということをいわれました。実際にやってみましたが、1年間で中性脂肪やコレステロール値など、あらゆる数値が大きく改善しました。

 多くの人は健康のために運動が必要だと考え、高いお金を払ってジムの会員になったりしますが、忙しくていつの間にか行かなくなってしまうことが結構あります。また区や市の施設を利用すればあまり費用をかけずにジムを利用することもできますが、これも続けるにはかなり強い意志が必要です。つまりお金か手間かどちらかをかけなければいけないということが長続きしない理由なのです。

 ところが毎日の通勤でエスカレーターを使わずに階段を使う、たったこれだけのことであればお金も時間も全く必要ありません。しかも通勤は毎日のことですからいや応なしに毎日続けざるを得ません。

 そもそも駅にエスカレーターやエレベーターが設置されたのは、障がい者向けのバリアフリー化や、妊婦さん、足の不自由なお年寄りや乳母車を動かすお母さんたちが利用できるようにするためのはずです。何も問題がない健康な人はそういうものは利用せずにどんどん歩くべきなのです。私自身がこれをもう4年ぐらい続けていますが、同年齢の人に比べると足腰はしっかりしていると自負しています。

 ただ、東京都内で移動する場合、JRや私鉄はよいのですが最近の新しい地下鉄、例えば大江戸線とか副都心線とかは地下深く駅が設けられていますのでかなりの段数を上る必要があります。結構しんどいことは事実です。さらにふと気が付くと無意識にエスカレーターに乗っていて、「ああ、何て意志が弱いんだ!」と、自分が嫌になることもしばしばです(笑)。

 それでも別にあきらめたり、自己嫌悪に陥ったりする必要はありません。また次からは歩いて上ればいいや、と気楽に考えればいいのです。「よし、今日からジムに通うぞ!」と肩に力を入れるのではなく、あくまでもゆるい気分でのんびりと階段上りをすればいいと思います。さらにいえば、これは退職した後からということではなく、現役の時から続けていけばよいと思います。これによってかなり健康になることは私自身で実証済みです。

 「継続は力なり」というのはまさにこういう場合の言葉だと知るべきでしょう。

< 経済コラムニスト 大江英樹 >

nikkei.com(2015-07-09)