中国景気減速でも自動車メーカーがもうかるわけ

 最近、景気が減速している中国経済。人件費も上がり中国ビジネスは相当大変そうに見えるが、稼ぐ会社は相変わらず中国で大きく稼ぎ、好調だ。中国は商慣習が複雑で、表面的に見ているだけでは見誤ることもある。景気後退でも、なぜ稼げる会社は中国で稼げているのか。その懐事情を探った。

■新車販売、前年比割り込む

 中国の自動車業界。世界最大の市場とはいえ、景気後退とともに、昨年から勢いが止まり、最近は新車販売が前年実績を割り込むなど不振ぶりが際立ってきた。「造れば造るほど、右から左に車が売れた」(日系の自動車メーカー)2年前までの勢いがまるでウソのようだ。

 売れない車はどんな事をしてでも売ってみせるとばかりに、中国メーカーが1台数十万円もの大幅値引きに出たかと思ったら、今度は、大手の米ゼネラル・モーターズ(GM)が負けじと100万円の値引きキャンペーンを打ち出すなど、国内外メーカー入り乱れての値引き競争が過熱している。

 それでも車は思うように次々とは売れない。供給過剰で在庫は市場にあふれ、中国ビジネスの難しさばかりがクローズアップされる。

 ただ、見方を変えると、全く違う景色が見えてくる。日系自動車メーカーの経営は非常に手堅く、収益力は、以前も現在も変わらず好調という事実だ。今後も収益が増える可能性は十分ある。どういうことなのだろうか。

 中国に進出する日系で販売台数トップを走る日産自動車。昨年来、販売台数だけを見ると、月によっては前年を大きく割り込むこともあり、「好調だった日産の中国ビジネスも、ついに息切れしたんだろう」とする見方も各方面から出ている。

 だが、販売台数が減れば不調、増えれば好調という単純な話にはならない。収益を見れば、日産の中国事業は相変わらず絶好調だからだ。

■日産はおよそ1300億円の利益

 日産は正式に公表していないが、開示した決算資料から数字を積み上げ計算すると15年3月期、中国でおおよそ1300億円の利益(営業利益、比例連結ベース)を叩き出している。だが、もっと正確に表現すれば、実際にはその約2倍、約2600億円を中国で稼いでいることになる。

 中国のルールでは、日産のような外資の自動車メーカーには中国の自動車メーカーと必ず手を組み、折半出資で合弁会社を作って事業することが義務付けられている。だから合弁会社が儲けた利益も、合弁先の中国企業と半々で分け合う。つまり、日産の15年3月期は、合弁会社が2600億円を稼げたおかげで、その半分の1300億円が取り分となった。

■メーカーと販売店の力関係

 ここで注目したいのが、2600億円という合弁企業の収益力だ。日産自動車全体の営業利益率は5%強。それに対し、2600億円を稼いだ日産の中国合弁企業のそれは10%を大きく超え、主力の北米の収益力をはるかにしのぐ。さらに驚くことにこの合弁企業は今期にはさらに収益を上げる見通しで、約2600億円の営業利益は3200億円程度にまで膨らむ見通し。

 だが、不思議だ。日産の販売台数は中国では昨年ほぼ伸びていない。魅力的な新車が登場するどころか、むしろ最近、新車も目立たないのに、中国でなぜここまで稼ぐことができ、日産本体に利益をもたらしているのか。

 これは日産だけの話ではない。日産ほどではないものの、トヨタ自動車やホンダ、マツダも日本の自動車メーカーはいずれも中国で手堅く稼ぎ続けている。販売台数は独フォルクスワーゲン(VW)などに比べ大きく見劣りするうえ、販売台数もさほど伸びず、中国メーカーとの合弁事業で、収益の半分は合弁相手に持って行かれてしまうのにも関わらずだ。

 その謎は、メーカーと販売店の力関係にある。一言で言うなら、他の国に比べ、中国では圧倒的にメーカーの力が販売店に対して強い。メーカーは販売店に対し、車を卸す価格を高く設定できる。各社の豊富な利益の多くは、ここから来る。この卸価格を高く維持できる限り、メーカーの収益力が大きく落ちることはない。

■販売店の粗利は約5%

 ある大手メーカーの場合、例えば、販売店が1台150万円の新車を値引き無しで売ったとする。その場合、販売店はいくら儲けられるか(粗利ベース)。日本なら150万円の20%弱、つまり25万円を稼ぐことができ、米国なら7〜8%の12万円ほどになる。

 ところが、中国の場合、メーカーが強く、卸価格が高いため、販売店の粗利は5%程度、つまり1台150万円の新車を売ったとしても、販売店には7万5000円ほどしか残らない計算だ。

 これはあくまで粗利なので、実際には、ここからさらに値引きなどの費用がかさみ、メーカー側には利益が多く残っても、販売店側には多くの利益は残らない力関係が、両者の間にすでに出来上がっている。  中国で日系各社の販売シェアはいまひとつでも、手堅く稼ぐことができているのはそのためだ。

 メーカーは、自ら車を売るわけではない。実際に車を売るのは販売店であり、値引きするのも販売店。メーカーは販売店に車を卸すのが、第1の仕事だ。

 だから、メーカーは市場で車が売れようが、売れまいが、販売店に卸せば、それだけで収益は確保できる。市場で何台車が売れようが売れまいがメーカーには極端な話、直接は関係がない。その代わり、多くの新車を売ってくれた販売店に対しては、ご褒美として、販売奨励金と呼ばれるインセンティブを渡して、さらなる販売の支援はする。

 では、こうしたメーカー優位の力関係は中国でいかにできたのか。中国の自動車市場の成長が見込まれた10年ほど前にさかのぼる。

■補助金などの優遇も

 当時はまだ、中国では自動車市場が立ち上がり始めた頃で、日系の大手自動車メーカーが販売店経営の募集をすると、非常に人気が高く、競争率は地区によっては10倍程度になった。

 実際、経営を始めると、「車は売れに売れ、多少利益が低くとも、薄利多売で商売は成立した」(中国の販売店経営者)。こうした企業の多くは、車の販売以外にも不動産や飲食など商売をやっている場合も多く、「車の販売店経営で多少の失敗をしても目をつぶれる余裕もあった」(同)という。

 これ以外にも、各社の中国事業の利益を支える要素はある。補助金だ。「補助金の効果は非常に大きい」。ある日系の自動車メーカー幹部もその収益押し上げ効果をそっと明かす。中国政府と「うまくつきあえば、つきあうほど優遇され、そこから受ける恩恵は相当大きい」(同)のだという。その付き合いの中には、「中国側への技術開示、提供も含まれる」(同)。

 その見返りが、新規投資に当たっての各種の優遇措置や、税金の減免措置、手続き費用のカットなどの形で返ってくる。もちろん、これらの具体的な金額が表に出ることはない。販売台数や景気動向を見ているだけでは、好不調の波を推し量れない、中国ならではの事情は至る所にある。

 中国の自動車市場は世界一の市場で、注目度は非常に高い。その割に、販売台数以外に開示される尺度が少なく、経営実態や全貌が見えにくい。そこにも、中国ならではの特殊事情がある。

■ビジネスチャンス残る中国

 日系を含む外資の自動車メーカーの合弁相手先は、中国でも名だたる大手国有企業ばかりだ。それらの国有企業は、上場していたとしても詳細な経営情報は開示しない。合弁相手が情報を開示しなければ、当然、日本側が勝手に情報を開示することはできないのだ。

 中国に進出する日系メーカー各社に念のため、中国事業の収益を聞いて見たものの、やはり日産、トヨタ、ホンダ、マツダ、スズキ、三菱自動車の大手はいずれもそろって「中国は情報開示はできません」との答えが返ってきた。ただ、各社から開示される決算短信や有価証券報告書から、各社の中国事業の大枠は捉えることができる。

 景気の後退で、中国ビジネス全体が以前より厳しくなり始めているのは間違いない。業界の商習慣や、人的コネクション、政治も複雑に絡み合い、中国ビジネスは一筋縄ではいかない部分も多いが、だからこそビジネスチャンスも多いとの見方もできる。決して、中国の景気後退=中国ビジネス後退ということではない。稼ぐ会社はしっかり稼いでいる。

(広州=中村裕)

nikkei.com(2015-06-26)