老後最大の問題はお金より「孤独」

経済コラムニスト 大江英樹

 非常にショッキングなデータがあります。それは高齢者の犯罪が増加しているということです。ニュースなどでは凶悪な少年犯罪や外国人の犯罪が目立つように思えますが、実際の数字を調べてみると(2014年度犯罪白書)、少年犯罪はピークに比べて3分の1近くに減少しています。外国人犯罪者も2005年にピークを打ってから減少を続け、現在ではピーク時の3分の1以下になっています。

 暴力団犯罪者も薬物犯罪者も着実に減少している中で、唯一、65歳以上の高齢者の犯罪だけが大幅に増えているのです。例えば約20年前の1994年に比べて高齢者の検挙者数は約4倍に増えています。もっと驚いたことに万引き犯の約3割は高齢者、特に女性の高齢者だそうです。一方、男性の犯罪で圧倒的に多いのは暴力・暴行犯でこちらは過去20年間で検挙数は50倍という驚異的な数字になっています。

 たしかに最近はちょっとしたことですぐ大声を上げたり、キレやすくなった老人が増えているような気がします。もちろん高齢化社会になっているわけですから絶対数が増えるのはやむを得ないとしても、この増え方は異常です。どうも我々が考えているようなお年寄り=穏やかでおとなしい社会的弱者というイメージではなくなりつつあるようです。

 15年2月に発刊された「老人たちの裏社会」(宝島社)という本を読んだのですが、そこには想像を絶する高齢者の犯罪が描かれていました。私も14年6月に書いた「定年楽園」(きんざい)という本の冒頭でこの高齢者犯罪の増加に触れたのですが、事態は私が想像する以上になってきているようです。

 なぜこのような高齢者の犯罪が増えているのでしょうか? 理由は2つあると思います。1つは昔と違って最近の高齢者はとても元気だということです。確かに平均寿命が65歳ぐらいの頃(昭和30年代)の60歳と今のように80歳を超えるまで生きる時代の65歳とでは元気の度合いが全く違います。体力もはるかに当時よりは上でしょう。元気があるから犯罪に走るというわけではありませんが、十分な体力があることはその要素の1つといえるでしょう。

 もう1つの理由、これが大きな問題なのですが、孤独なお年寄りが増えてきているということです。これは家族が居るとか居ないとかは必ずしも関係ありません。パートナーがいるにもかかわらず精神的に孤独な人は増えてきています。

 私は3年前に会社を定年退職した後、ひと月ほどぶらぶらとしていた時期がありました。その時に感じたのは、平日の昼間は本当に世の中に居るのはお年寄りばかりなのだな、ということです。自分もその中のひとりであるということに気がつくのにあまり時間はかかりませんでしたが(笑)。

 こうしたお年寄りを見ていると本当に所在なげにしているのです。公園のベンチ、図書館の中、喫茶店の中……。ありとあらゆるところで友達と話をするでもなく本を読むでもなく、思索にふける風でもない、ぼんやりとしたお年寄りが実に多い。そしてその多くは男性です。また時としてこういうお年寄りが駅や図書館などで係員に大声で食ってかかっているところも何度も見ました。

 先日、NHKの番組でも、高齢者の犯罪が取り上げられていましたが、やはりその最大の背景は孤独なお年寄りが増えていると描かれていました。万引きに手を染める高齢者の人も別にお金が無いからというわけではなく、社会との関わり合いを持ちたくてやっているということなのだそうです。これは実に悲しいことです。

 私は老後の最大の問題は「お金」のことより、この「孤独」だと思います。体力もある、お金も持っている、ところが自分の居場所がない、信頼できる家族や友達がいない、というのはとても残念なことです。これからこのコラムでも取り上げていきますが、現役世代の人は将来に向けて、人とのつながりや絆を何よりも大切に考えておいた方がいいのではないでしょうか。

大江英樹(おおえ・ひでき) 野村証券で個人の資産運用や確定拠出年金加入者40万人以上の投資教育に携わる。退職後の2012年にオフィス・リベルタスを設立。行動経済学会の会員で、行動ファイナンスからみた個人消費や投資行動に詳しい。著書に「自分で年金をつくる最高の方法 確定拠出年金の運用【完全マニュアル】」(日本地域社会研究所)など。近著は「老後貧乏は避けられる」(文化出版局)。CFP、日本証券アナリスト協会検定会員。
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nikkei.com(2015-06-25)