難局ホンダに新社長 「聖域改革」への処方箋

ナカニシ自動車産業リサーチ代表 中西孝樹

 ホンダの8代目社長が今週17日、誕生します。専務執行役員から昇格する八郷隆弘氏です。ホンダは業績の停滞や品質問題に直面していますが、問題の根は相当深いと考えられます。創業以来の危機が静かに忍び寄っているといっても過言ではありません。新社長が取り組むべき課題、そして復活のカギとは何なのでしょうか。

■「イケイケ」型とは対極

 八郷氏に対しては、2月の社長交代発表直後は確かに「八郷さんって誰?」といった声もありました。しかし、さまざまなチャンネルからの情報を整理していくと、昨年の春に八郷氏が常務執行役員に昇格した段階で「次は八郷さん」という認識が、ホンダ首脳の一部、系列サプライヤーのトップレベルにはコンセンサスとして浮上していたようです。

 それより前の下馬評では、「本命は常務執行役員(当時、現在は専務執行役員)の松本宜之さんだ」と言われていましたが、当時は小型車「フィット」の品質問題が浮上していたころです。ホンダ内部には、抜本改革を断行するには従来路線の「イケイケ」タイプとは対極的で、戦略家である八郷氏の存在が不可欠と考えられていたようです。

 八郷氏はどういった人物で、ホンダの何を正していくのか。公式の場で多くのことがいまだ語られていません。社内外で共通する八郷氏の評判は、「ホンダらしい独創的なエンジニアであることには間違いないが、『グレート・リスナー(聞き上手)』の調整派だ」ということです。

 また、サプライヤーの方たちからは「八郷さんは人格者」という評価も聞こえてきます。粗野な本田宗一郎氏のDNAを受け継ぐ傾向が強いホンダの歴代社長の流れを考えると、やや異質な経営トップなのです。

■規模拡大路線は修正か

 ホンダの歴史を振り返ると、本田技術研究所(以下、研究所)の社長経験者が社長をつとめることが慣例でした。八郷氏は車体設計の技術者ではありますが、社長には上りつめていません。誤解を恐れずに言えば、エリート中のエリートではありません。

 一方、部品調達(購買)の仕事、米国や欧州のほか、中国にも駐在したグローバル・マネジメントの経験が八郷氏の強みです。ホンダでは珍しい「オールラウンド・プレーヤー」なのです。

 ホンダは技術系人材が主導する会社であり、非常に理詰めで物事を思考し決断する会社です。伝統を覆すトップ人事に込めた狙い、八郷氏のミッションには未来のホンダを見通すうえで重要なメッセージがあると考えるべきです。

 八郷新社長のミッションとは何か。ホンダは黙していますが、あえてここで指摘するなら大きく3つのポイントがあると考えます。

 第1に、規模拡大路線を修正し、ホンダらしい「ニッチ」をいかに築くか。第2に、ホンダの存在理由でもある独自性のある技術・開発力を研究所に再構築すること。第3に、規模を必要とする事業領域や安全・IT(情報技術)など自前主義がもはや通用しない技術領域に対し、弱みを補完できる戦略や仕組みを構築することです。

■「失われた10年」と「伊東改革」

 八郷氏にとって前任となる伊東孝紳社長が実践した「伊東改革」とは、何だったのでしょうか。それは、簡単にまとめると、技術・商品・コスト競争力の早期挽回、その結果である日米欧など「世界6極」の本質的な自立を目指したことです。

 この伊東改革の狙いはホンダには不可欠なことでした。伊東氏の社長就任前の10年間は、ホンダにとって「失われた10年」といって差し支えない時代だったからです。

 ホンダにとっての2000年代を振り返ると、米国を収益源とするホンダが、「円安」「米国住宅バブル」「原油高」「米国勢の自滅」という外部要因で、実力以上に米国市場で勝ち続け、稼ぎ続けた時期です。

 しかし、この間、勝ちすぎたゆえに失うものも多かったのではないでしょうか。創業精神である「チャレンジする」ことをすっかり忘れてしまったのです。ただでさえ、ホンダは、「立派な会社に見られたい」という強い願望の企業カルチャーを持っています。さぞかし、大企業病に侵された企業になってしまったのでしょう。そして最も重要な研究所の活力がむしばまれていったと考えられます。

 この沈滞を打破しようとしたのが伊東改革でした。取り組み自体は評価すべきなのですが、後に2つの重大な問題に突き当たります。世界6極の自立を実現するために、あるべき姿を積み上げた数値であった「600万台の世界販売台数」という目標が独り歩きしてしまったのです。それぞれの市場で営業は行き詰まっていきます。

■「規模」と「開発力」の限界

 さらに深刻な問題は、ホンダの企業競争力の根源である研究所の実力が不足していることが炙り出されてしまったこと。研究所は、要求された技術や商品の開発へ十分に応えることができなかったのです。

 ホンダは過去に何度か危機に陥りましたが、そのたび、研究所の「火事場のバカ力」で乗り越えてきました。しかし、今回ばかりは、その限界を示しました。伊東改革の結果、ホンダは「規模」と「開発力」という2つの限界を知ったのです。

 世界販売台数で、ホンダと似たような規模の自動車メーカーは、どこも大きな岐路に立たされています。仏プジョーシトロエングループ、欧米フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)など、規模の弱点を提携で補完しながら、ブランドや商品のニッチを極めていくことに苦心し、生き残りに向けて大いに悩んでいます。やはり、ホンダの規模は中途半端なのです。

 ホンダは、トヨタ自動車や独フォルクスワーゲン(VW)など世界販売台数が1000万台規模のメーカーと同じように、規模を生かした経営はできません。一方、富士重工業やマツダのように規模は小さくても「ニッチ志向」で勝負していくという戦略も成立しないでしょう。本来であれば、日産自動車と仏ルノーのように、アライアンスに活路を見いだしていくべき存在なのです。

 八郷氏は急激な規模拡大路線のゆがみを修正し、ニッチ志向をより強く打ち出していかざるを得なくなるでしょう。この軌道修正の中で、ホンダがどのようなクルマをつくり、ブランドと価値を目指すのか、根本的に再定義する必要があります。

■「現場とのコミュニケーションが欠けた」

 八郷氏にとって、もう一つの大きな問題の解決も急務になります。その問題とは、ホンダの「聖域」ともいえる研究所のテコ入れです。過去の「クルマ解体新書」の記事でも指摘してきた通り、これまでは危機がホンダを成長させてきましたが、その原動力となってきたのが研究所の底力です。

 研究所には、火事場のバカ力のような爆発的なイノベーションの創出力があり、追い込まれるほど、斬新で先進的な技術革新を生み出してきました。1990年代に誕生した「オデッセイ」が典型例です。当時のホンダの復活を社長としてけん引したのが、独裁的なトップダウン型経営で知られた川本信彦氏でした。

 伊東改革を振り返ると、そのマネジメント手法は、まさに川本氏のスタイルを追いかけていたようにも見えます。研究所に対し大規模な改革を実践させ、徹底的にプレッシャーをかけて追い込んでいったからです。

 ところが、ホンダは世界の自動車産業の中で競争力を見失いはじめています。伊東氏が「現場とのコミュニケーションが欠けた」と反省するように、研究所の現場は伊東氏のプレッシャーに応えることができませんでした。研究所の実力不足を認識できないままに伊東改革の拡大路線はクラッシュしてしまったのです。

■「強み」と「虚像」の仕分けを

 研究所の実力不足が単なるマネジメントの問題であったのか。それとも、「2000年代の太平の世」の下で大企業病がまん延し、実力を失ってしまっているのか。この見極めこそ、八郷氏が取り組むべき重要な課題です。

 ホンダが復活に向けて立ち上がる前提条件は、そんな開発現場を今後の戦略に即した存在にたてなおすことです。世界競争の主戦場ともいえる安全技術などは、もはやホンダの手に負えず、大手のサプライヤーに丸投げせざるを得ないとも聞きます。

 研究所には、どのような強みが残っているのか。何が取り繕った「虚像」であるのか。八郷氏はこの仕分けを実践する必要があるでしょう。つまり、技術の棚卸しです。

 強みのある分野は、ホンダらしいクルマをつくるために徹底的に磨きあげなければなりません。そして、伊東改革の時代にホンダがやや突き放し気味となったホンダ系サプライヤーとの関係も修復し、強化を急がなければならないでしょう。

 一方、虚像と分かった技術領域については、どう対処するのでしょうか。ヒントは、伊東社長時代に決めた米ゼネラル・モーターズ(GM)との提携から見えてくるかもしれません。

 ホンダは伊東社長時代に燃料電池車分野でGMと提携しました。実は、ホンダにとって、これは初めて日の目を見た車両分野での技術提携でした。ホンダは過去にもGMとの事業提携を進めようとしたことがありましたが、実現には至りませんでした。

■戦略提携の必要性も

 ホンダが「ニッチ」と「規模」の両面を、独立を維持しながら支えていこうとするならば、技術や事業のアライアンスは検討せざるを得ないと感じます。もっとも、そこに資本がからむか否かは、全く別の次元の話ですが、そうした戦略提携が八郷社長時代に生まれてくる可能性を否定できません。

 今も、ホンダには強い部分がたくさんあります。「ワイガヤ」を伝統とする柔軟性や行動力。理詰めの経営体制がいち早く危機対応を進め、傷を深めないという経営力の遺産はいまでも存在しています。さらに非常に優れた二輪本部が“鉄板”の収益基盤を確立しています。

 この結果、誰からも褒められず、「ダメダメ」のレッテルを貼られながらも、今も営業利益率は立派に5%程度を保っていますし、中期的にホンダの業績が回復する可能性は高いと考えます。それをけん引するのが伝統的に強みである米国事業です。これから「パイロット」「シビック」「CR―V」といった人気車種の新モデルを次々と投入する予定です。ホンダの業績は大崩れすることなく、過去の平均的な経営状態にいったん戻ることはそう難しいことではありません。

■業績で危機は判断できない

 しかし、これでは、過去の遺産に乗っかった「平均回帰」にすぎません。こうした状態はむしろ、非常に怖いことです。

 そこそこの業績を維持しているがゆえに危機意識が希薄となり、「うみ」を出しきれないことがあるのではないでしょうか。この間、どんどん大企業病に侵されていけば、取り返しのつかない事態に陥りかねません。

 業績の数字が短期的に改善しても、「ホンダ復活」と考えてはならないのです。目先の業績に一喜一憂せず、八郷新社長時代のホンダは永続的な企業発展の道筋をきっちりと示すべきです。必要とされる本質的な改革に真摯に取り組み、真のホンダ復活を目指していくべきだと感じます。

中西孝樹(なかにし・たかき)
1986年米オレゴン大ビジネス学部卒。山一証券、JPモルガン証券、メリルリンチ証券などを経て13年にナカニシ自動車産業リサーチを設立。94年から一貫して自動車産業の調査を担当し、日経ヴェリタス人気アナリストランキング、米インスティテューショナル・インベスター誌自動車セクターでともに6年連続で1位。著書に「トヨタ対VW(フォルクスワーゲン) 2020年の覇者をめざす最強企業」など。

nikkei.com(2015-06-15)