ポストリチウムイオン 新型電池、コスト3割減

 電気自動車(EV)は新素材の電池で覇権を握る――。EVや太陽光発電などに使われる新たな蓄電池(2次電池)の開発が水面下で進行している。従来のリチウムイオン電池に比べ製造コストが約3割安く、資源が枯渇する恐れもない。リチウムイオン電池の供給では中韓勢に押され気味だが、日本勢は産官学の知恵を結集し、巻き返しに動き始めた。

■性能はリチウムイオンと同等

 「リチウムイオン電池と同じかそれ以上の性能を得ることができる」

 東京大学の山田淳夫教授らはこのほど、ある素材を用いた2次電池の試作品開発に成功した。容量などは明らかにしていないが、わずか10分で充電を完了できるという。一体どんな素材を使っているのか。

 東京理科大学理学部の駒場慎一教授は「海に眠る資源を使う」と説明する。その素材とはナトリウムだ。岩塩や海水から採取できる。実は今、リチウムイオン電池に代わる次世代の2次電池としてナトリウムを使ったナトリウムイオン電池の研究・開発が活発になっている。

 基本原理はリチウムイオン電池と同じ。プラスとマイナスの電極の間でイオンをやりとりすることで作用する。電解液の中にプラスとマイナスの両極があり、放電するときはイオンがマイナス極から電解液を通ってプラス極に移動。電子も同じ方向に進む。反対に、充電時にはイオンと電子が逆方向に動いてマイナス極に戻る。このイオンがリチウムイオンではなく、ナトリウムイオンに置き換わったのがナトリウムイオン電池だ。

 そう聞くと簡単に作れそうだが、一筋縄ではいかない。ナトリウムイオンの体積はリチウムイオンの約2倍と大きくかつ重い。そのため、リチウムイオン電池で使われる電極の材料にはナトリウムイオンが出入りできないのだ。

 そこで駒場教授は電極に使う素材を探し求めた。マイナス極にはハードカーボンという炭素材料を使うと、効率よく充放電できることがわかった。さらにマイナス極に黒リンを燃えにくくした素材を利用すると、充電できる量を示す放電容量は1グラム当たり2000ミリアンペア時に引き上げることに成功した。

 現在はイオンをやりとりする電解液の研究に力を入れている。新たに加える素材の候補は100種類以上。1つの素材で結果が出るのに1カ月かかる。途方に暮れる作業だ。

■コストは最大3割減

 リチウムイオン電池は希少金属のリチウムを使っている。ただ、リチウムは地球上の地殻に0.002%しか存在しない。電池を構成するのに必要なコバルトや銅も同じく希少金属で、南アフリカや南米から輸入しているため、資源を確保し続けるには不安がある。

 それに対し、ナトリウムは地殻の2%以上を占め、岩塩や海水からも採取できる。もちろん日本にもあり、資源量は無尽蔵ともいわれる。つまり、資源を確保するうえで政治的リスクは少なく、しかも安価だ。駒場教授は製造コストがリチウムイオン電池に比べて「少なくても1割、最大で3割下がる」とみる。

 ナトリウムイオン電池はリチウムイオン電池と同様に1980年代から研究が進められてきた。しかし、ナトリウムを使った2次電池はリチウムに比べて放電容量を高める効果がある半面、充電を繰り返すことができないため製品の寿命が短い。2次電池の製品シェアの多くがリチウムイオン電池で占めるのもこのためだ。91年にはソニーがリチウムイオン電池を世界で初めて商品化。現在ではスマホやデジタルカメラ、電気自動車など幅広い製品で利用されている。

 ところが、2000年代中ごろからナトリウムイオン電池でも電極や電解液の研究が進展。製品の寿命を延ばすことができるようになってきた。駒場教授はすでに100回の充電と放電を繰り返しても性能がほとんど低下しないことを確認したという。10年ごろからは研究論文も増える傾向にあり、ここに来て世界中で研究開発が活発になってきた。

 次世代型の2次電池ではライバルの製品がたくさん存在する。発火の可能性が少ないとされる「全固体電池」や空気中の酸素を使って軽量化する「空気電池」などが代表的だ。しかし、駒場教授は「ナトリウムイオン電池はリチウムイオン電池の製造工程のノウハウをそのまま活用できるので、製品化するには最適だ」と優位性を説く。

 今から30年前。リチウムイオン電池は旭化成の研究者が開発、世界に広がった。ナトリウムイオン電池の研究・開発でも「間違いなく日本はトップレベルを進んでいる」(駒場教授)。

■大容量の2次電池市場、10年後に約10兆円

 調査会社の富士経済(東京・中央)は25年の大容量の2次電池の市場規模が13年に比べ5.9倍の9兆8570億円に拡大すると試算している。EVのほか、スマートフォンや太陽光発電などの普及により電気をためる需要が拡大するのは確実だ。

 日本企業はリチウムイオン電池の開発状況について口を閉ざしがちだが、トヨタ自動車は「高容量で高密度な電池が必要不可欠」と判断。日産自動車は駒場教授と共同で研究を続けている。電池関連メーカーでは住友化学や住友電気工業、三菱化学などが開発に乗り出しているとみられる。文部科学省は希少元素を用いない次世代材料を研究する事業で、各大学の教授たちが取り組むナトリウムイオン電池の研究に対し支援を始めた。

 かつて日本メーカーが席巻していた小型タイプのリチウムイオン電池。現在の世界シェアは中韓勢の低価格攻勢を受け、25%にまで低下している。電池王国の復権はなるか。底力の見せどころだ。

(電子編集部 鈴木洋介)

nikkei.com(2015-05-21)