28億人の水不足 日本の光、低コスト浄化で照らす

 光の技術で世界の水不足を解決する――。日本企業が光を当てるだけで水をきれいにする技術開発にまい進している。従来の膜や塩素を使う方法に比べ大規模な設備が不要になるなど、手軽に利用できるのが強みだ。早ければ世界に先駆けて2018年度にも実用化する見通し。水の浄化ビジネスを席巻する日は近いかもしれない。

■有害物質含む水、数分で「飲める水」に

 201X年。赤道直下にある新興国のある村は深刻な水不足に見舞われた。そこに一台の車が到着。すると近所の住民たちはそのままでは飲めない地下水をバケツに入れて集まってきた。  「ウィーン、ウィーン」。車から降りてきたスタッフはホースを取り出し、バケツに入った地下水を吸い上げ始めた。地下水を車に積んである装置に取り込むためだ。数分たつと別のホースから水がチョロチョロと出てきた。のぞいてみると水は透き通っている。「これで思う存分水を飲めるぞ」。住民たちは笑顔で帰って行った。

 近い将来、こんな光景が世界のあちこちで見られるかもしれない。この水を浄化しているのは「光触媒」と呼ぶ技術だ。この分野で先頭を走る日本企業の1つがパナソニック。同社が開発中の浄化装置を使えば、汚れた水を1日に3トンもきれいな水に変えることが可能という。

 仕組みはこうだ。汚れた水全体にパナソニックが独自開発した光触媒の粒子を拡散させる。この粒子の正体は吸着剤として知られているゼオライト粒子に二酸化チタンの微粒子をくっつけたものだ。これに紫外線を当て、気泡にした空気を入れてかき混ぜる。すると水に溶け込んでいる酸素分子などが活性酸素に変わる。この活性酸素がヒ素や六価クロムなどの有害金属を分解し、汚染水を無害な水に変える。

 無害になったとはいえ、このままだと光触媒は水中を浮遊した状態のまま。そこで処理した水はろ紙のような膜に通す。すると光触媒が膜に残り、きれいな水だけを取り出すことができる。残った光触媒は再利用する。

 人口爆発により、きれいな水にありつけない人たちが年々増えている。現在、約7億人が水不足の状況で生活しているという。食糧を作るための農業用水も不足しており、食糧不足の原因にもなっている。国連食糧農業機関(FAO)によると、25年には約28億人が水利用に不便を感じる「水ストレス」にさらされるという。

 日本のように山から流れる川や湖の水資源が豊富なら問題は起きない。だが、水が不足している地域では地下水に頼らざるを得ないのが実情で、こうした水には有害物質が含まれることが多い。例えば、鉱脈が近い場所では有毒な三価ヒ素や六価クロム、大腸菌などが含まれている。不衛生な水を飲んだ子どもたちが年間約180万人亡くなっているともいわれる。こうした問題の解決に期待を集めているのが光触媒を使った水の浄化だ。

 光触媒とは通常ではなかなか起きない化学反応が光を受けたときに反応する物質を指す。その代表は酸化チタンだ。実は光触媒技術は当時の東京大学の本多健一助教授と大学院生の藤嶋昭氏(現東京理科大学長)が1967年、紫外線を当てて水を酸素と水素に分解できる作用を発見したことに始まる。

 その後も日本は光触媒技術で世界をリードしてきた。様々な有機物を分解できるため、汚れや臭いの除去のほか、抗菌作用もあるためだ。住宅の塗料やエアコンのフィルターなど身近に製品に数多く使われている。

■光触媒粒子を水に拡散

 光触媒を使った水の浄化が進んでいなかったわけではない。従来は板のように固定した光触媒に汚れた水を通すものが主流だった。だが、難点があった。この方法では「浄化に使える表面積が100分の1から千分の1で効率が悪かった」(パナソニックの猪野大輔光化学デバイス研究課課長)。有害物質と反応する接触面が限られるためだ。

 そこで猪野さんは水の中で広がる光触媒を開発した。反応速度を高めるために、光触媒を大きくした。大きさは5マイクロ(マイクロは100万分の1)メートル以上と二酸化チタン単体の200倍になった。これにより従来の方法に比べ分解する速度はヒ素で最大50倍、有機物系の汚染物質で最大100倍になった。

 この技術、実は活用できるのは飲み水だけではない。例えば、内分泌かく乱化学物質(環境ホルモン)が多く含まれる工場の排水の浄化にも役立つ。排水を川に流す前にこの装置できれいにすれば、魚など川や海の生態系に影響を及ぼさなくて済むという。

 しかし、猪野さんは「まだ万能とはいえない」と話す。地下水は各国・地域で成分が様々で、まだ汚れを取り除けない水もあるからだ。現在は5人の所属研究員のほか、大学の研究機関とも協力して世界中の水をかき集め、成分の分析を進めているという。

■日本が技術をリード

 日本総合研究所の試算によると、水浄化システムの需要は東アジアと大洋州地域で20年に800億ドル(約9兆5000億円)以上に達する。もちろん、今でも水を浄化するシステムはある。ろ過能力が高い逆浸透膜(RO膜)や塩素を使った方法などだ。しかし、パナソニックは「RO膜を使った設備は大がかりで多大な費用が発生する。塩素は処理できる汚染物質に限りがある」と、光触媒の優位性を説く。

 パナソニックが開発した1日3トンの処理能力を持つ装置は、インドの約20世帯分の家庭が使う分に相当する。1トンあたりの浄化コストを500円程度まで引き下げるのが目標だ。18年度には水道インフラが整っていない東アジア地域に売り込む態勢を整える。

 光触媒工業会は13年度の光触媒の市場規模が900億円と01年に比べ3倍に拡大したと試算する。ただ、その大半はまだタイルや塗料、ガラスなどの分野にとどまる。光触媒技術を発見した東京理科大学の藤嶋学長は「光触媒技術の用途は広がってきた。難しいとされてきた水処理が実用化できれば画期的な出来事だ」と期待を寄せる。

 カメラや複写機など光を使った技術の応用で世界市場のトップに立つ日本企業。これに水の分野が加わるかどうか。その成果は人の命を潤すことにもなる。
(電子編集部 鈴木洋介)

nikkei.com(2015-04-09)