ホンダ「S660」は、いったい何がスゴいのか

26歳の責任者が開発した新世代スポーツカー


 回春剤。誤解を恐れずにいうなら、ホンダが鳴り物入りで発表した軽スポーツカー「S660」はまさにそれだ。誰にとってか?といえば、このクルマに乗る人だけではなく、ホンダという企業にとっても、である。

■20代の開発責任者

 発売に先んじて、限られたジャーナリストにのみプロトタイプに試乗する機会が与えられた。その記者発表の際に登壇したのはなんと26歳という若さの開発責任者(LPL)、椋本陵氏だった。単に商品企画を取りまとめるトップが若いというだけではなく、どことなく行き詰まっているように見えたホンダが、「S660」を開発することで復活する糸口を見つけられるのではないか、という気がした。

 ハッキリ言って、はじめに椋本氏がLPLとして紹介されたときには驚いた。失礼を承知でいえば、若干26才の若者にLPLが務まるはずはない、と思った。3万点ともいわれる部品をとりまとめて1台のクルマにするためには、それなりの経験を経てわかることがあるからだ。

 本人は「クルマ好きのヲタク」を自称しているが、今の若者らしい爽やかさを備えていて、とてもヲタクには見えない。論客のジャーナリストがずらっと並んだ記者発表の場で、入社して数年という若者が胸を張って「クルマ好きです!」と主張する姿は無謀にも思えるが、同時に頼もしくも映る。

 思い切って、椋本さん本人にその疑問を投げかけてみると、こんな答えが返ってきた。

 「元々はモデラーで、研究所創設記念の新商品として提案した軽自動車のスポーツカーが採用されてLPLになりました。”クルマ離れ”と呼ばれる世代ですが、その世代からクルマの楽しさをストレートに提案したいと思ったのです。20代の私にLPLの重責を担えるかという疑問は当然だと思いますが、幸いボディやエンジンといった各部門をまとめるPLに経験のある人たちが手を上げてくれました。スポーツカーを作りたいと、自ら手を上げた人たちばかりですから、ちょっとしたことでもすぐに集まってホンダの伝統である「ワイガヤ(ホンダの社内用語で「集まってワイワイガヤガヤと議論をする」という意味合い)」をして解決しよう!と団結できました」


 実際、名参謀の役割を担ったアシスタントプロジェクトリーダーの瀬田昌也さんは50代で、衝突安全プロジェクトリーダーとしてボディ設計をまとめた坂元玲氏も”バリキャリ”の40代である。面白いことに、彼らのいずれもが自他共認めるクルマ好きで、年下のLPLの元で働くこと云々を気にするそぶりはなく、むしろ「ホンダがスポーツカーを作る」ことを満喫しているように見える。

 そのアイデアを発案したのが椋本氏というだけで、いわゆる組織における上下関係はあまり感じられない。思い切った人事ではあるが、ホンダ本来の風通しのよい企業文化が再構築できて、スポーツカーに限らず、ホンダの特徴を活かした製品を生み出していければ、S660が回春の妙薬と成り得る可能性は高い。

■専用ボディに専用チューンのエンジン

 さて、話をS660に戻そう。若きLPLである椋本氏が目指したのは、「見て楽しいスタイリングと乗って楽しい人とクルマの一体感」であり、「手が届く価格帯で、維持もしやすく、ベテランドライバーからビギナーまで末永く愛される」ことだとという。

 見た目の印象は、とにかく低くて小さい。全長3400ミリ?全幅1480ミリ以下という日本の軽自動車枠に収めたこともあるが、椋本氏が横に立つ写真を見てもわかる通り、全高がとにかく低いのだ。

 空力を意識したスタイリングであり、水平を基調にしたデザインということもあって、さらに低く地をはうように見える。ピラーから上がブラックアウトしたデザインも、車高を低く見せている要因だ。タイヤが四隅に配置されており、オーバーハングが短いのも、低く踏ん張った印象を強調している。

 軽いドアを開けて室内に滑りこむ。シートは小ぶりながらも、サイドサポートが張り出したサポート感が高いものである。お尻がすっぽり入り、太ももをしっかりとめているようで、軽自動車という響きから感じる頼りなさはない。直径350ミリの小径ステアリングホイールもまた、スポーティな雰囲気の演出に一役買っている。

 専用にチューンされた排気量660ccのエンジンは、ホンダ「Nシリーズ」のそれをベースに、新設計のターボチャージャーを備えることで高い応答性を手に入れたという。高回転型のバルブスプリングや、コーナリング時に発生する高いGに対応できる油圧システム、エンジンや排気系の音のチューニングまで施されている。


 折角、楽しそうなスポーツカーを前にして、御託を並べるのは野暮というもの。早速、スタートボタンを押して、車体中央に搭載されるエンジンを目覚めさせる。いわゆる「ミッドシップ」だ。スーパーカーのような甲高い音や野太い唸り声というわけにはいかないが、シュンッと軽快な音を立てるのは軽のスポーツカーらしくて好印象だ。

 1周目からかっ飛ばすのではなく、まずは乗り心地の良さを体感する。S660のために完全に新設されたボディは、サイドシルやセンタートンネルといったボディ剛性を高めるために重要な部分に大きな断面を作ることにより、軽くかつ剛性の高い構造に仕上げられている。軽自動車のオープンカーと聞いて、「危ないクルマ」と眉を潜める人も少なくないだろうが、現代の軽自動車の衝突安全基準をクリアするために相応の補強がなされている。

 このことは、コーナリング時の安定した姿勢と安心感にもつながる。スポーツカーだからといっても、足がむやみに固められているわけではなく、ボディそのものの剛性でガッチリ受け止めて、足はむしろよく動かしておいて、コーナリング時にはよく粘ってくれる設定である。スポーツ走行だけではなく、普段の通勤で走らせてもその気になれそうなのがいい。

■スポーツ・モードがやる気にさせる

 パドルシフトが付いてシーケンシャルで変速できる7速CVTでは、標準的には街乗り時の燃費を重視したエンジン制御とシフトプログラムが採用されていることもあって、ノーマルのままでは単なる軽のオープンカーに過ぎない。もちろん、それでも十分に楽しくて、中央の幌を丸めてフロントにあるスペースに仕舞いこむと、頭上空間が無限大に開放される。

 正直なところ、急な雨が降ったときなど、電動の方が便利だなあと思う。けれども、スポーティネスを重視するがゆえに、頭上に重い電動ルーフを載せるよりは、軽く手軽な幌に割り切る選択をしたという。もっとも、雨以外なら積極的にオープンエアを楽しむ準備は万全で、リアのセンターウインドーは電動で上げ下げできるし、エアコンのモードには腰から下を暖める機能も備えるなど、寒さ対策は充実している。

 いよいよ、2周めからスポーツ・モードに切り替える。メーターパネルとセンターディスプレイが赤に染まり、見た目でもやる気にさせる。最終コーナーからの立ち上がりて全開にアクセルペダルを踏み込んで、メインストレートで120km/h以上まで速度を高める。第一コーナーの手前で、ブレーキを踏んでスピードを落としつつ、パドルシフトをひいてシフトダウンをして第一コーナーの侵入に備える。

 パドルシフトのボタンが小さいのは難ありだが、カチッとしたフィールは合格点をあげていいだろう。Nシリーズからベースを流用するエンジンは前後に短いぶん、上下が高いために重心も少々高めだが、ボディ全体が軽量な上にホイールベースが短くて、鼻先がすっと入る素性の良さを見せてくれる。さらに、第三コーナーから第四コーナーにつながるところで奥まって行くにしたがって曲線が厳しくなるようなシーンでは、リアサスペンションがぐっと踏ん張ってくれる。

 コーナーの出口でグリップを取り戻したら、アクセルを踏み込む。次の瞬時にエンジンから力がわき出して、ガツンと加速してくれる。といっても、最高出力は軽自動車の自主規制値である64ps(馬力)/6000rpm(回転/分)に抑えられているのだが、袖ヶ浦のような短いサーキットでは特に応答性の高いターボによる初期の立ち上がりの良さが楽しさの決め手になる。

■コントロールしやすいスポーツカー

 コースの内側は緩い下り坂になっていて、アクセルを踏んでいける距離は短いものの、メインストレート並みの速度に達する。かなり安定したシャシーだが、複合コーナーということもあって、限界に近いところを試せる。ミッドシップゆえに限界領域でコントロールしにくくなるのではないかと想像していたが、リアが付いてくる印象で、思いの外、安定感がある。

 加えて、「アジャイルハンドリングアシスト(=AHA)」なる機能の助けもあって、回頭性がより高められている。前輪の内側にブレーキをかけてコーナリングしやすくする機能で、ホンダの旗艦モデルである「レジェンド」にも搭載されているアレだ。

 筆者が子どもの頃、「ミッドシップのスポーツカーは重量物であるエンジンがボディの中心近くにあるので運動性能がいい」とスーパーカー辞典に書かれていたのを記憶している。ミッドシップのスポーツカーは子どもたちの憧れの的だった。

 けれども、実際に当時のミッドシップのスポーツカーに乗ってみると、ボディの剛性が低かったために足回りをむやみに固めないとコントロールしにくかった。また、限界が近づいてくると、アクセル操作や操舵を細やかにしてやらないと、コントロールを失ってクルン!と回ってしまう。一方、「S660」は小柄ながらボディでしっかり受け止めるので、ミドシップでよく言われる”ピーキーな挙動”にはならない。
(川端 由美 :モータージャーナリスト)

toyokeizai.net(2015-03-28)