ホンダ、異例の社長交代の真相

ついに破られた「不文律」


 今年1月、中国にいたホンダ常務執行役員の八郷隆弘氏(55)のもとに、一本の国際電話がかかってきた。電話の主はホンダ社長の伊東孝神氏(61)。「次の社長になって欲しい」という内容だった。八郷氏は「非常にビックリした」と振り返るが、その人事を受ける意思を伝える。ホンダの次期社長人事が決定した瞬間だった。

 ホンダは2月23日、伊東社長が取締役相談役に退き、後任社長に八郷氏が就く人事を発表した。6月に開催する定時株主総会後の取締役会を経て正式決定する。八郷氏は4月1日付で専務執行役員になる。

初の本田技術研究所社長「未経験者」

 八郷氏が驚いた理由は、ホンダの社長人事に関する、ある不文律と無関係ではないだろう。「ホンダ社長には、技術開発を担う子会社である本田技術研究所の社長経験者が就く」というものだ。


 創業者である本田宗一郎氏も本田技術研究所の社長を務めている。その後、現在の伊東社長に至るまで、例外は一切存在しなかった。八郷氏は本田技術研究所で常務まで昇進したものの、社長にはなっていない。

 本田技術研究所とは、ホンダの研究開発を担う組織だ。ホンダは売上高の一定割合を、本田技術研究所に委託研究費として支払う。通常の自動車メーカーでは中核である研究開発部隊は本社の中にあり、ホンダの体制はユニークだ。

 ホンダの100%出資ではあるが、ホンダとは独立している。「本社から分離することで目先の業績に左右されない自由な研究環境が実現する」という、本田宗一郎氏を支えた藤沢武夫氏の発案によるものだ。

 それでは、なぜこのタイミングで、長年続いた不文律が破られることになったのか。

 社長交代会見で、新社長に期待すること、あるいは新社長の抱負として両者から繰り返された言葉がそれを示している。「グローバルオペレーション」という単語だ。

世界6局体制の中核人材

 2009年6月に発足した伊東政権下のホンダは、6極体制と呼ぶ地域に重点を置いたグローバル開発生産体制の構築に邁進してきた。「世界同時不況の中で社長を引き受け、自動車業界の環境が大きく変化していることを感じた」と伊東氏は振り返る。

 自動車市場が先進国からBRICsなど新興国に大きくシフトし、各地域の消費者が自分の好みにあったクルマを欲するようになっていた。その流れを捉えたホンダは、日系メーカーの中では突出した地産地消の体制を築いてきた。2012年には、その象徴としてこれもホンダとしては異例の600万台という数値目標を掲げている。

 日本中心から、各地域の自立化へ。伊東体制とは、すなわち「ホンダのグローバル化」だった。

 八郷氏の職歴は、この伊東氏の経営方針とピタリと符合する。2010年以降、1年刻みで目まぐるしく新たな職場を与えられてきた。それは、ホンダの中でも困難に直面している地域の立て直しを、次々に担当してきたことの証左だ。

 2010年に就いたホンダ購買二部長から、2011年に生産畑の鈴鹿製作所長に異動。2012年には欧州子会社の副社長となって事業整理などを実施。2013年からは、目標未達が続いていた中国で、生産統括責任者などを歴任した。「6極体制」を実行部隊として作り上げてきた中核人材の1人だ。

 だが、昨年はそうして作ってきた6極体制の成長のひずみが現れた年でもあった。600万台という目標について伊東氏は「あくまでも象徴だった」と言うが、社内外でひとり歩きしたことは否めない。拡大路線の中で、世界各地への目配りやサポートの必要に迫られた開発部門への負荷は増大。昨年は複数回リコールなど品質面での問題が噴出し、経営陣が役員報酬を返上する一幕もあった。

 開発体制をテコ入れすべく、伊東氏は昨年11月、品質改革担当として専務の福尾幸一氏を本田技術研究所に送り込み、同社副社長とした。その福尾氏は4月から本田技術研究所の社長となり、八郷新社長を支える。伊東氏は「研究開発分野での課題が大きいということで昨年、立て直した」との認識を示す。


 八郷氏は「今年は今までやってきたことが花を咲かす年。まずは商品や技術をしっかりやっていくことが私の役目だ」と抱負を語った。「それからホンダらしいチャレンジングな商品や技術を継続的に出していく。また、グローバルのオペレーションを世界6極でさらに進化させていく」と話した。

 ホンダの存在意義は、「技術」による革新。そこに「グローバル化」を加えるという両立を志向した伊東氏は、最後に技術を支える開発体制の壁に直面した。

 一見逆説的に見えるが、「技術」を守るためにこそ従来の不文律を破って、本田技術研究所社長の“未経験者”を初めて社長に押し上げた。それは、今後のホンダにとって「グローバル化」の進化が極めて重要だからだ。そのホンダの決意が、グローバルオペレーションのスペシャリストとして鍛えられた八郷氏を社長に抜擢したことに表れている。
<広岡 延隆(日経ビジネス記者)>

nikkeibp.co.jp(2015-02-24)