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【とにかくリアルに型破り】
EVと宇宙で革命起こす、地球の危機克服に執念
走り続ける人●イーロン・マスク、米テスラ・モーターズ CEO

 「火星に8万人が移住できるコロニーを建設する」「世界中のクルマをEVにする」。普通ならそんな発言をする経営者は、「クレイジー」「できもしないことを言う夢想家」として片づけられるだけだろう。だが、この男の場合は違う。イーロン・マスク(43歳)。米電気自動車(EV)ベンチャーのテスラ・モーターズと米宇宙ベンチャーのスペースXの2社のCEO(最高経営責任者)を兼ねる。

 途方もない目標を掲げながら、達成に向けた実績を着実に積み重ねてきた。テスラでは、EVの高級セダン「モデルS」を2012年に発売。今や、受注に生産が追い付かない状況が続く。2015年には米国で新型車を投入し、EVの生産能力を年間10万台に引き上げる計画だ。

 「モデルSの狙いは革命的な製品であること。かつてEVは、スピードが遅く、見栄えは良くなく、航続距離は短くて、性能も低いというイメージでした。そんな認識をことごとく破壊して、EVは世界最高のクルマであることを見せつけたい」

 宇宙産業でもマスクが率いるスペースXは台風の目になっている。主力ロケットの「ファルコン9」の打ち上げに連続して成功。マスク自身が設計を指揮する無人宇宙船の「ドラゴン」も民間初の国際宇宙ステーションへの貨物輸送に成功した。2014年9月にはドラゴンの有人飛行に向けた米航空宇宙局(NASA)との大型契約も獲得している。


●その人物像とは?

 破天荒な夢の実現にまい進するマスクとはどのような人物なのか。

 モデルのような端正な顔立ちで、はにかんだような表情で穏やかに話す。だが、そんなソフトな一面だけを見るとマスクの本質を見誤る。常識に抗い、巨大産業の構造を覆すのは容易ではない。マスクは夢を実現させるため、数々の苦境を、不屈の精神で乗り越えてきた。

 今でこそ一定の成功を手にしたかに見えるマスクだが、2008年頃は窮地に立たされていた。テスラは、初代の量産EV「ロードスター」の開発に時間がかかり、倒産寸前だった。スペースXもロケットの打ち上げに3回連続で失敗し、資金は底をつきかけていた。そんな明日が見えないような状況でも、マスクは決してあきらめなかった。

 「絶望的な状況は頑張ろうという強烈なやる気につながる。危機の中で私は社員にこう話しました。『私はこれまでもこれからも決してギブアップしない。息をしている限り、生きている限り、事業を続ける』と。そして、私個人の資産で売れるものは何でも売り払い、何も残らない状態でした」

 困難に屈しない精神は1990年代後半に米スタンフォード大学を中退して始めたインターネット決済のベンチャー「ペイパル」の前身企業を起業する経験の中で培われた。資金を節約するために会社のオフィスで寝泊まりし、シャワーを浴びるのは近所の青少年向けの施設。

 1台しかないパソコンを、昼間はWEBサーバーにして、夜はソフト開発のためのプログラミングに活用した。がむしゃらに働いて同社を成功させ、宇宙とEVの分野に乗り出すための資金を手にした。

 こうしたハードワークを、マスクはこよなく愛する。「起業家は週100時間、地獄のように働くべきだ」と語り、週末もEVやロケットの開発現場や工場に頻繁に足を運ぶ。常人では考えられない激務をいとわないからこそ、世界的に脚光を浴びる2つのベンチャーを同時に経営できるのだろう。

●世界に役立つことこそが大事

 EVと宇宙だけではない。マスクは太陽電池発電ベンチャーの米ソーラーシティの会長も務める。同社は太陽電池パネルを無料で住宅に設置。リース形式で、利用者は節約できる電気料金などを原資に利用料を支払う仕組みで、急成長している。

 さらに2013年8月には、時速1200kmを超える超高速列車「ハイパーループ」の構想も発表した。ジェット旅客機を上回る超高速でロサンゼルスとサンフランシスコを30分で移動することが可能になるという。

 この構想で見せたのがマスクならではといえる哲学だ。ハイパーループは、EVと宇宙関連で多忙なマスクが今手がける余裕はない。「アイデアを無償で公開するので、外部の誰かに試作機を実現してもらえるとありがたい」と記者会見で発言したのだ。

 「私たちは世界に役立つことをしているということが一番大事、それこそが私のモットーです」

 マスクはこう言い切る。社会に役立ちたいという思いはEVでも同じだ。2014年6月にはテスラのEV関連の約200もの特許を公開すると発表した。テスラの特許技術を利用する企業に特許侵害訴訟を起こさないとの方針だ。量産ノウハウに優れた自動車大手がEVに本気になれば、テスラの競争力はそがれるが、環境負荷が小さいEVが世界で普及すればそれでいいと考える。

 「最終的に自動車大手がテスラより優れたEVを生産できるようになれば、テスラは存在すべきではなくなる。テスラは、優れたEVを作っている限り、存在意義がある」

 火星移住計画に力を入れるのも人類の危機を救う手段を実現するためだという。気候温暖化や天変地異などで人類が地球に住めなくリスクは小さくないと考えている。

 「私は悲観主義者ではなく、終末論が好きなわけでもありません。しかし、歴史上の多くの文明は進歩と後退を繰り返しています。こうしたことが起きる前に、火星に基地を作ることは重要です」

 もちろんマスクの夢はあまりに壮大で、実現には困難がつきまとう。世界を良くできるなら、会社が滅びても構わない─。そんな不屈の異端児の挑戦を、世界は固唾をのんで見守っている。=敬称略


(山崎 良兵)

nikkeibp.co.jp(2015-02-09)