タカタ問題は日本自動車産業の危機
ナカニシ自動車産業リサーチ代表 中西孝樹

 タカタ製インフレーターを装着するエアバッグのリコール問題が、ついに全米規模へ拡大し、さらに、日本も含めた世界規模に拡大の様相を呈してきました。日本車はタカタ製インフレーターを多く搭載しており、この問題はもはや単なるサプライヤーの品質と安全の問題を超え、国内自動車産業の世界的な競争力に影響を及ぼす出来事となりつつあります。タカタ・インフレーター問題の本質を理解し、解決への道筋を考えてみます。

■異常破裂は2004年から

 この問題は今春から、米国では厳しい論調で報道されてきました。米国消費者の感情は12月3日の米議会下院の公聴会でピークに達した感があります。ことの発端は2009年5月、ホンダ「アコード」を運転するアシュリー・パーハムさんが事故に遭遇した際に、作動したエアバッグが破裂して内部構造の金属片が飛び散り、頸動脈を切断し彼女を死に至らしめた事件でした。

 実際、ホンダは04年に初めてタカタ製インフレ―ターの異常破裂を認識していました。「吸湿過多」(インフレーターの製造工程でガス発生剤への吸湿過多)による不具合が存在することを07年につかみ、08年11月に4200台という少量の01年モデルの「アコード」と「シビック」をリコールしています。

 しかし、「パーハム事故」を契機に新たな原因が疑われ始めます。この段階ではホンダは原因特定できませんでしたが、想定しうる範囲の段階的なリコールを実施し始めます。その後、生産設備の「加圧不足」(ガス発生剤の製造工程でプレス圧力不足)と原因が特定でき、11年までに米国を中心に合計270万セットの運転席エアバッグリコール実施にうつりますが、不幸なことに、この段階での異常破裂による米国死亡者数は合計3人に拡大していました。

 13年に入り、製造工程の問題が拡大し、「誤組」(ガス発生剤の装着不足)、「吸湿過多」、「加圧不足」を理由に助手席側エアバッグの大量リコールへ発展します。13年4月に約500万セット、14年6月に520万セットとホンダ、トヨタ自動車、日産自動車なども巻き込んだ大規模なリコールに発展しました。ただし、ここまでの問題は一定期間の製造工程に原因が特定されていたのです。

 しかし、問題は複雑化し始めます。14年になって、米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)は、多湿地域での不具合が複数の自動車メーカーで発生していることを問題視し、原因の特定はできないがリスクの高い4地域(フロリダ南部、ハワイ、プエルトリコ、バージンアイランド等)での原因追及を目的とした調査リコール(米国固有のリコールシステムで、メーカーが自主的に車両を回収し不具合の原因を突き止める措置)をホンダ、トヨタなど7メーカーへ要請します。

 これが、現時点で最大の争点である「多湿地域」での原因不明の問題です。さらに、NHTSAと米国議会が、全州への拡大を要請しています。NHTSAはタカタ製インフレーターを装着したフォード車の運転手席側エアバッグが、多湿地域でないノースカロライナ州で破裂した事実を重くみているからです。

■タカタに厳しい米メディア

 12月3日の米下院公聴会では、タカタは自動車メーカーが実施する調査リコールへ協力するものの、自社による全米規模のリコールは拒否し、「欠陥調査が未終了の段階での要請に当惑する」と科学的な原則論を貫きました。米国メディア論調を見る限り、タカタの企業としての信頼性は失墜しているように映ります。原則論としてタカタの主張には一理ありますが、クルマは移動する製品であるうえ、実際、多湿でないノースカロライナ州で問題が発生している以上、科学的に原因がわからない段階でも、積極的な対応を示さなければ、「後ろ向きだ」との批判はあるでしょう。

 一方、ホンダは調査リコールを全州に拡大することを表明し、他社もこれに追随する方向です。ホンダは原則論よりも、問題解決とユーザーの安心を優先する決断を下したわけです。これでリコール規模は大幅に増大する公算です。ホンダに限れば、調査リコール実施済みの11州で350万台(運転席280万台、助手席70万台)を対象としてきましたが、さらに運転席側エアバッグで320万台を追加する方向です。助手席側エアバッグはまだ残されており、調査リコールへ発展するリスクは依然残っています。

 国内では、既に279万台のリコールが届け出されています。国土交通省は、米国公聴会の結果を踏まえ、国内でも米国と同様な調査リコールの措置を指示しています。各社はそれに対応する方針であり、今後もリコール対応が続く公算が大きいでしょう。加えて、解体中のカローラに搭載したタカタ製エアバッグが破裂したことを受けて、トヨタが予防処置としてリコールを追加公表しました。問題は一段と複雑化してきました。

 インフレーターの不具合の原因は、(1)「誤組」(ガス発生剤の装着不足)、(2)「吸湿過多」(インフレーターの製造工程でのガス発生剤への吸湿過多を原因とする)、(3)「加圧不足」(ガス発生剤の製造工程でプレス圧力不足)、(4)「多湿地域」(原因究明中の多湿地域での破裂頻度の高さ)の大きく4点に整理できます。

■タカタ製エアバッグの「弱点」

 調査リコールがいま急増しているのは「多湿地域」にとどまっていたリコールを全米に拡大させていることにあり、その原因究明はまだなされていません。ここでさらに原因が特定されるとなれば、対象車種は一段と拡大するリスクがあるのです。

 タカタはエアバッグのガス発生剤に硝酸アンモニウムを使用します。これは硝酸グアニジンを使う他社と異なります。硝酸アンモニウムは爆発性が高く、インフレーターの小型軽量化に力を発揮しますが、高湿度のもとでは不安定という弱点があります。事実、この弱点が公聴会で争点となり、多くのメディアで指摘されています。硝酸アンモニウムの安全性を消費者が納得できる説明が必要だと感じます。

 同時に、消費者は事実を冷静に理解した上で、過剰反応を避け、リスクを軽減する適切な行動が望まれます。例えば、米国でのホンダのエアバッグに関連する怪我人は46人とされており、過去15年間に販売したタカタのインフレーター装着のモデルを母数にとれば、問題が生じる確率は僅かに0.001%と試算できます。

 これは、1987年に「レジェンド」で日本初のエアバッグを開発したホンダの小林三郎氏(元経営企画部長)がエアバッグに求めた故障率である100万分の1には及ばないものの、レアな条件が重なったときに不幸にも問題が生じたというのが現実でしょう。エアバッグが発明されて以来、米国だけでも3万5000の人命がエアバッグによって助けられたといわれます。エアバッグの便益を否定できるものではありません。

 タカタ問題に際し、自動車産業は大きく以下の3点の問題解決を要すると考えます。第一に、「不信」の解消です。米ゼネラル・モーターズ(GM)、タカタへと続く一連の大型リコール問題は、クルマの安全性への不信を高めました。しかし、昔のGMの隠ぺい体質や遅きに失した対応など、メーカーや規制監督側の姿勢への強い不信を解消するには相当の時間を要するだろうと考えます。まずは、原因究明を急ぎ、安心をいち早く提供することに専念しなければなりません。

 第二に「不安」の解消です。確率がいかに低いとはいえ、根本原因が不明な現状では、ユーザーの不安は計りしれないでしょう。調査リコールを拡大すればするほど、取り換え用のインフレーター供給は追いつかず、自分のクルマがいつさく裂するかもしれないという「恐怖」はまさに悪循環です。

 これは、寡占化された部品産業の落とし穴でもあります。リコール規模がここまで拡大するのも、タカタのインフレーター世界市場シェアが22%と非常に高い地位を有するためです。この様な状態の寡占的企業の技術や経営体制が一転不安定に転じたとき、対応策が後手に回る社会的影響は計り知れないということを痛感します。

 第三に、適切な「情報開示」です。ホンダで初めて異常破裂があったのは04年。そこからリコールに発展する07年までの経過時間はいかにも長いと感じます。更に、問題がこれほどまでに深刻化しているにもかかわらず、ホンダのトップが説明に出てくることは言うに及ばず、投資家向け広報(IR)レベルですら、何ら説明会を開こうともしない姿勢には失望を覚えます。安全性を確保すると同時に、適切な情報開示を行うことは企業の信頼性回復の重大な問題意識でしょう、現状では信頼回復には程遠いと言わざるをえません。

■毀損する日本車ブランド価値

 タカタのインフレーター問題は、もはや一部品メーカーの問題ではなく日本の自動車産業の危機にも等しいのです。国内産業全体の問題として早期に解決策を見出すことが求められます。日本車の「安心」と「高品質」というブランド価値は著しく毀損を受けています。安全の最終的な責任を問われるのは自動車メーカーなのですから。

 トヨタは公聴会に立ち、第三者機関の調査を通じ、修理の必要なインフレーターを正確に特定し、迅速に修理する体制を提案しました。業界リーダーのトヨタがようやく重い腰を上げた格好ですが、やはり、頼りになる存在です。経験もあります。

 クルマは先進運転支援システム(ADAS)や自動運転システムのようなエレクトロニクスとITを駆使した新たな安全装置の時代に向かっています。緊急ブレーキなどはエアバッグと同様、急速な普及が予測されます。サプライヤーと自動車会社がいかに協調しながらクルマの安全性能を確立していくのか。タカタのインフレーター問題は、今後のシステム開発とクルマのトータルな安全のバランスをどのように維持すべきかという重大な議論を生むことになるでしょう。

nikkei.com(2014-12-09)