入来氏の「決断」自分にはこれが一直線

 テレビCMに出演した用具係が、かつていただろうか。DeNA1軍用具担当、入来祐作氏(42)は今年「ボス レインボーマウンテンブレンド」のCMに起用された。米俳優トミー・リー・ジョーンズと、用具担当の仕事後、グラウンドで並んで缶コーヒーを飲む。このラストシーンが印象に残る人も多いだろう。

 「CMはなかなかできない経験ですよね。選手でもないのに取り上げてもらってうれしかったですよ」  奄美大島での秋季キャンプでは、ウナギ捕りがマスコミの話題になった。中畑監督や選手以上に注目された。

 「裏方ですし、正直自分の本意じゃないな、とは思いました。ウナギ捕りは、自然の中で育ってきた僕のリフレッシュだったんですけどね。でも、ありがたいことです」

 入来氏の口からは、何度も感謝の言葉が聞かれた。これは日常でも変わらず一貫している。裏方はファインプレーに日は当たらず、ミスだけが目立つ立場。心身ともハードに違いないが、常に謙虚な姿勢を忘れず、黙々と仕事に取り組む。

 かつては、そんな男ではなかった。

 96年ドラフト1位で巨人に入団し、栄光のマウンドに立った。気迫あふれる投球で人気を博した。05年オフには米球界入り。メジャーの舞台には立てなかったが、間違いなく時代を彩ったスター選手だった。

 立ち居振る舞いも、いつの間にか不遜になっていた。何か不満があれば顔に出た。マスコミには嫌悪感すら覚え、話しかけられても無視することもあった。

 「オレはすべてをつかんだような気でいたんですよね。今になって思えば精神的なキャパが小さかったなって思います」  転機は引退だった。ユニホームを脱いだ瞬間、周囲の空気が変わるのが分かった。寄ってくる者は減り、チヤホヤされることもなくなった。今度は自分が無視されているように感じた。「その温度差にゾッとしました」。

 生活のため横浜(現DeNA)に頼み込んで打撃投手となったが、ストライクが入らなかった。「打ってもらうボールが投げられない。人の役に立たないことが、こんなにつらいこととは思わなかった」。グラウンドへ行くのが怖くなった。朝起きると「球場がなくなっていないかな」とさえ思った。現役時代、どれほど重圧がかかる試合でも感じたことのない心境だった。

 そのとき、決断した。「人のために働こうと。周囲に恩返ししようと。奉仕する思いがないと、誰も振り向いてくれないんですよね」。ストライクの入らぬ打撃投手は、1年もたたずに用具担当に配置転換された。決意を試されているかのような役割だった。

 ボールをそろえ、ユニホームを準備し、グラウンドを整備する。選手時代、用意されていて当然と思っていたことばかりだった。誰かが、こんな思いでやってくれていたとは、思いもしなかった。

 目標はある。指導者としてもう1度ユニホームを着ることだ。「もし現役やめてすぐにコーチの話があったら、とんでもないコーチになっていた気がします」。笑って、そう言えるようになった。実際、入来氏を指導者として検討する球団もあり目標が現実になる日は遠くないかもしれない。

 ボスのCMナレーション。「この惑星の住人の人生は一直線とは限らない」―。入来氏の野球人生を表現した言葉だが、「自分には、これが一直線なんじゃないですかね」と言う。

 遠回りしているとは思わない。あの時の決断は、かけがえのない財産。崖っぷちでの決断が、ろくでもない世界を、すばらしき世界に変えることもある。
【佐竹実】

日刊スポーツ(2014-12-06)