異業種が開く新世界 ホンダジェットの革新(6)

 ホンダの小型ビジネスジェット機には自動車メーカーならではの強みが生かされている。開発責任者の藤野道格氏が目指すのは、かつて米自動車業界に衝撃を与えた小型車「シビック」のような存在。「ホンダジェット」は航空機業界に新世界をもたらせるのか。

■「スポーツカーのように」

 ホンダジェットは今、米連邦航空局(FAA)の型式証明取得のため米国各地の空を飛んでいる。今年1月に始まった認定飛行試験はこれまで全米70カ所以上の空港で実施され、飛行時間は2000時間を超えた。

 横風や高高度での離着陸、片発エンジンでの離陸など、認定飛行試験では膨大な試験項目を実施する。この試験を手がけるFAAのパイロットの次の言葉が、米ホンダエアクラフトカンパニー社長の藤野道格(54)を安心させた。「ホンダジェットの飛行試験は苦にならない。飛ぶのが楽しい」

 操縦して楽しい飛行機――。これは、まさに藤野が目指している商品だ。「ホンダジェットはオーナー自身がパイロットというケースが多く、ハンドリング特性の良さなど高級車のような品質を追求している。実際に自分が操縦した印象は安定感があって、加速や上昇の性能もよい。クイックレスポンスでスポーツ車のような仕上がり。パイロットにアピールできる」と胸を張る。

 ホンダという自動車メーカーだからこその強みが、ホンダジェットには織り込まれてある。ライバルひしめく自動車業界の厳しい競争のなかで磨かれた商品力強化のノウハウを、小型ビジネスジェット機の世界に持ち込んだ。操縦する楽しさという設計思想だけでなく、キャビンの内装などのつくりにも生かされている。

 「ホンダジェットは、高級車のように人間工学を生かしたデザインで内装の高級感を出そうとしている。このクラスのビジネスジェット機はまだそこまでいっていない。こういった点にホンダが航空機を手がける意味がある」

 藤野がホンダジェットの事業を進めるに当たって常に意識しているのが、「ホンダが航空機業界に参入する意味」という視点だ。今ある飛行機をコピーしたり、ちょっと変えたりするだけではわざわざ参入する必要はない。「航空機業界に新しい価値をもたらさなければ意味がない」と強調する。

■米自動車業界を変えた初代シビック

 藤野はホンダジェットのプロジェクトが壁にぶつかったときに訪れる場所がある。米ワシントンにあるスミソニアン博物館。お目当てはアメリカ歴史博物館にある自動車コーナーだ。数多くの米国の名車が展示されているなかに、ホンダが1970年代に米国で発売した初代シビックが飾られている。

 「ニューワールド・フォー・アメリカズ・オートカルチャー」(米自動車文化に新世界)。赤いシビックの前にはこう刻まれている。当時、米国で環境問題の意識が高まるなか、低燃費で排ガス規制をクリアしたコンパクトなシビックが、米自動車業界に新たな価値観と衝撃を与えた。藤野は社員にこう言っている。「ホンダジェットは米航空機業界のシビックを目指す」

 小型ビジネスジェット機の世界にホンダジェットが燃費効率、速度や操縦性、居住性などで新たな価値観を植え付ける。これが藤野の目標だ。「市場の裾野を広げ、多くの人が小型ビジネス機を使うようになれば、ホンダがパーソナルモビリティーとしてビジネスジェット機に参入する意味がある」。創業者から受け継がれている「ホンダイズム」の真骨頂といえる。

 日本メーカーによる航空機ビジネスはこれまで何度もつまずいた。1962年に初飛行した戦後初の国産旅客機「YS11」は採算が合わず、1973年に生産打ち切りに追い込まれた。三菱重工業が1978年に初飛行した小型ビジネスジェット機「MU−300」も量産開始の遅れなどが響き、事業としては失敗した。

 ホンダジェットも2008年のリーマン・ショックによる経済環境の悪化や、開発・型式証明の遅れなどで、顧客引き渡しが当初予定よりも大幅に延期されている。だが2015年前半の納入開始にようやくメドが付いた。ホンダエアクラフトカンパニーは10月下旬、本社や格納庫の拡張のため1900万ドル(約21億円)の追加投資を発表。これまでの設備投資額は総額1億6000万ドル(約180億円)となった。

 航空機の世界でホンダイズムは天高く飛翔するのか――。革新的なホンダジェットを開発した藤野がこれから問われるのは、まさに航空機事業を成功に導けるかである。来年前半に予定される顧客引き渡しにより、ホンダジェットの物語は第2幕が開く。=敬称略 (おわり)
(映像報道部 松永高幸)

nikkei.com(2014-11-10)