絶対的なリーダーシップ ホンダジェットの革新(5)

 ホンダが米国に設立した航空機事業子会社は今や社員約1200人の規模となった。この部隊を率いる藤野道格社長(54)によると、航空機開発のトップには絶対的なリーダーシップが求められるという。藤野氏も実践する航空機会社の独特なマネジメントとは。

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「ホンダジェット」革新の機体を実現した絶対的リーダーシップという開発スタイル

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■「JCケリー」と呼ばれた男

 世界初のステルス戦闘機などを次々と開発した米ロッキード(現ロッキード・マーチン)の極秘軍事開発部門「スカンクワークス」。この組織の生みの親で、航空機業界のカリスマだったのがケリー・ジョンソン(1910〜1990)だ。偵察機「U2」やマッハ3で飛行する超音速偵察機「SR71」、通称ブラックバードなどの開発を指揮した。

 このカリスマの名前を冠にした「ケリー・ジョンソン賞」を、ホンダジェットの開発責任者、藤野道格が今年受賞した。航空機や宇宙船における革新的な設計・開発に貢献した個人に贈られる賞。藤野は米国での研修時代、恩師だった元ロッキードのレオン・トルベから、このケリー・ジョンソンの話をよく聞かされていた。

 「彼はJCケリーって呼ばれていた」と恩師は話した。なぜ「JC」なのかは、動画の中のインタビューで藤野が語っている。そのニックネームの意味するところは、組織の中の絶対的な存在。「その人がこれと言ったら、それ以外はない。反論の余地など全くなく、その指示に従うだけ」。航空機開発ではチーム内でかんかんがくがく議論することは少なく、チーフエンジニア一人の判断基準で開発を進める。それがオーソドックスな手法というわけだ。

 藤野は1996年、ホンダの航空機機体研究のプロジェクトリーダーを任された。研究にあたり、当初はメンバーを集めて幾度となく会議を開いた。ところがプロジェクトはなかなか前に進まない。「みんな言いたいことを言って、会議が終わったら帰ってしまう。何の責任もないし、まとまりもない。新しいアイデアも出ない」。半年ほどで方法をがらりと切り替えた。恩師から聞かされていた「JCケリー」の手法、強力なリーダーシップで組織を引っ張っていくスタイルだ。

 もちろん肩書だけでチームを引っ張れるわけではない。エンジニアとしての実力が高くなければ、メンバーはついてこないし、開発もうまくいかない。藤野はリーダーとして覚悟を決めた。「自分がやるしかない。そのためにはあらゆる面において、自分一人で責任ある判断ができる知識を持たなくてはならない」

■「自分より勉強している人はいない」

 翌1997年、藤野は「ホンダジェット」のプロジェクトを提案し、37歳でそのリーダーに就く。航空機開発に必要なことを徹底的に勉強した。やがて、こう自負するまでになる。「自分より勉強している人はいない」。穏やかな語り口から抱かせる印象とは対照的に、藤野は強烈な覚悟と情熱と責任感を持って航空機開発の真のリーダーとして歩み始めた。

 なぜ航空機開発は一人の判断基準で決めたほうがいいのか。藤野は次のように説明する。

 「飛行機は空力や構造など多様な要素が調和してできている。例えば軽量化のために翼を厚くすると、抵抗が増えるなどいろいろなトレードオフ(二者択一)があり、必ずひとつの方向性、判断基準で設計しないと成り立たない。皆がそれぞれの判断基準をもち、それを組み合わせたらいい飛行機になりましたということはない」

 ロッキードのスカンクワークスは、強烈なリーダーシップのもと、小規模のチームで革新的な航空機を短期間で次々と開発した。ホンダが革新的なホンダジェットをゼロから開発できたのも、これに近いスタイルを実践したことが大きいといえる。

 2006年8月、ホンダは米ノースカロライナ州に航空機事業子会社、ホンダエアクラフトカンパニーを設立。藤野は45歳で初代社長に就いた。ホンダジェットの開発だけでなく、事業会社の経営者として組織を引っ張る立場となった。

 会社は社員30〜40人でスタート。藤野は必要な人材をリクルートしながら、会社組織をつくり上げていった。航空機の設計者としての思考法を生かし「会社を設計しているという考えで進めている」。リーダーシップの重要性を意識し、トップと社員との距離が近いフラットな組織を心がける。

 新参の航空機会社だけにリクルートには苦労した。しかしホンダジェットという革新的な機体の存在が、新会社に多くの社員を呼び込む力になったという。「この航空機の仕事に関わりたいと思わせる魅力をホンダジェットが放っている」

 藤野はケリー・ジョンソンの話題のときにこんなことを言っていた。「『SR71』のような飛行機の前に立つと芸術作品のような雰囲気を感じる。作り手が情熱を注ぎ込んだ飛行機というのは、見たら分かる」

 ホンダエアクラフトカンパニーの社員数は現在、約1200人に増えた。「いいチームになってきたと思う」と藤野は言う。ホンダジェットに自らが注ぎ込んだ情熱が、多くの社員のモチベーションにつながっている。=敬称略
(映像報道部 松永高幸)

nikkei.com(2014-11-03)