小型ビジネス機2強に挑む ホンダジェットの革新(1)

 ホンダが創業者、故本田宗一郎の夢だった大空への翼を手に入れた。研究着手から30年近い歳月を経て、独自開発した小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」は2015年前半に顧客引き渡しが始まる予定。世界の空へ飛翔するホンダジェットの物語を映像とともに連載する。

■独創のスタイルが生む新しい価値

 「あの飛行機は何だ。格好いいじゃないか」。米ノースカロライナ州の国際空港で着陸態勢に入ったパイロットが管制官と交信している言葉が耳に入ってきた。ホンダジェットが初めて空を飛んだ2003年12月のことだ。空港に駐機するホンダジェット(コンセプト実証機)の姿を上空から初めて目にしたパイロットのつぶやきに、開発責任者の藤野道格(みちまさ)は自らの方向性が間違っていないと感じた。

 ホンダは1986年に航空機の研究開発に着手。藤野は当時からの研究メンバーで、ゼロから開発に携わった「ホンダジェット生みの親」だ。現在54歳。ホンダ執行役員で、航空機事業子会社ホンダエアクラフトカンパニー(米ノースカロライナ州)の社長兼CEOを務める。米セスナとブラジル・エンブラエルの2社が圧倒的な力を持つ小型ビジネスジェット機市場にホンダが新規参入するにあたり、「性能とスタイルの両面でこれまでにない価値を提示しなければ勝てない」と藤野は考えていた。

 ホンダジェットの機体構造は、セスナやエンブラエルなどの小型ジェット機と一見、同じように見える。いずれもジェットエンジン2基が機体の後方に位置しているのだが、よく見ると大きな違いに気づく。ホンダジェットはエンジンが主翼の上に設置され、胴体に直接エンジンを据え付けるこれまでの機体にはなかったスタイルなのだ。

 エンジンを胴体に設置すると、胴体を貫く構造部材のために機内空間(キャビン)を犠牲にしなければならない。ホンダジェットはこの難点を解消した。キャビンの広さは競合機種に比べ、「約20%広い」(藤野)。搭乗中の快適性や大型のゴルフバッグ6個が入る広い荷室など、使い勝手の良さを顧客に提案する。


 ホンダジェットは、特有の主翼上エンジンの配置ポイントのほか、主翼の形状、機体の先頭形状などの工夫によって空力抵抗を抑え、最大巡航速度も競合機種を上回る。さらに燃費性能について、藤野は「他のライバル機種より15〜17%優れている」と胸を張る。

■機能美を追求したデザイン

 全米航空機製造者協会(GAMA)によると、2013年の世界のビジネスジェット機市場は約210億ドルで前年から23%増加。うち半分を北米市場が占める。リーマン・ショックの影響で2009年以降は年間170億〜180億ドルの規模に落ち込んでいたが、息を吹き返してきた。2020年までに約340億ドルに成長するとの業界予測もある。

 ホンダジェットはビジネスジェット機市場でも「ライトジェット」または「ベリーライトジェット」と呼ばれる軽量・コンパクトなクラスに属する。7人乗りで、価格は450万ドル(約4億9000万円)。米国では法人需要だけでなく、富裕層などの個人の顧客も多い。オーナー自身が操縦するケースも多く、マイカーと同じように「高性能で、低燃費で、格好いい」機種を所有したいとの顧客ニーズが特に強いクラスといえる。

 藤野は「機能が優れているものはスタイルも美しい」との思いでホンダジェットの開発を進めてきた。2003年の初飛行の時にたまたま耳にしたパイロットの感想は、藤野が追求してきたホンダジェットの「機能美」に、顧客を振り返らせる力があるとの確信をもった瞬間だった。

 それから10年あまり。2014年7月、米ウィスコンシン州で開かれた航空ショーでホンダは顧客に販売するモデルとなるホンダジェット量産1号機を一般公開した。真新しい機体の周囲を多くの観客が取り囲み、羨望のまなざしが注がれた。  ホンダジェットの性能とスタイルの優位性について、藤野はインタビューで絶対的な自信を示している。競争力を生み出した最大の要因が「エンジンの主翼上配置を実現したこと」と藤野は言う。

 では、なぜ他のメーカーはこれまで主翼上にエンジンを配置しなかったのか。それは航空機技術の常識ではありえない設計だったからだ。=敬称略
(映像報道部 松永高幸)

nikkei.com(2014-10-06)