ホンダ、インド大躍進のワケ
松本宜之常務執行役員に聞く

===松本さんが昨年4月にインドに赴任する前、ホンダのシェアはインドで3%にも満たない状況でした。正直言って、「うまくいっている」ようには見えなかった。それが直近だと6〜7%まで高まっています。小型セダンの「アメイズ」が牽引したという事実は分かりますが、この間、ホンダでは一体何が起きていたのですか?

松本:赴任したから急に良くなったわけじゃない(笑)。

 もともと、ホンダには小さいクルマの課題国と位置付けている国があった。日本もそうで、「N」シリーズという軽自動車を出すことである程度メドを付けた。

 インドに関しては、現地では「ペットロール」って呼ぶんだけど、ガソリン車しかなかった。だから、アメイズが出るまでホンダの参入率は10%(編集部注:クルマを買う人の10人に1人だけが欲しがる価格帯や車種を揃えている状態を指す)だけ。そもそもディーゼル車が7割を占める市場で、残り3割もすべてを網羅できているわけじゃなかった。

 だから、ディーゼルエンジンの開発を2年ぐらい前倒ししたんです。欧州向けも意識しながら中途半端に作っていたのを「前倒しする」って決めて、一気にインド向けに振った。それで、「アメイズ」というクルマをインドのディーゼル車の第1弾として出そうと。

 タイの研究所が中心になって開発してくれて、(開発が進むごとにその都度行う)評価会は常に前倒し、ひたすら前倒し、1日でも前倒しでやった。だから赴任してすぐの4月12日にはアメイズの新車発表会ができて、インドでの参入率を30%に増やせた。それが最近の実績になって出てきている。

===アメイズは日本の研究所ではなくタイの研究所が主導するなど、従来の開発とやり方を変えることで、半年ほどスピードアップできました。ディーゼルの開発も大幅に前倒ししています。リーマンショックから回復し始めた2010〜2011年頃の意思決定だと推測できますが、思い切って取り組めた背景には何があったのですか?

松本:当時のホンダは、まだ米国ばっかり見ていたんだな。中国も重視し始めたところ。リーマンショックで開発投資を全部止めて、市場の回復が始まったら、まずは米国、日本、中国向けから再開しようと。当時は日本の研究所の誰も(中国以外の)アジアを十分に見ていなかった。

 だから、インドネシアが伸びそうだっていう時も、日本の研究所の人間は全然(現地に)行かない。いや、頭の中では「大事だ」って分かっていても忙しくて行けない。そこに、ちょうど(アジアの中核開発拠点の)タイの研究所が育ってきていた。思い切って任せて、彼らが頑張ってくれたおかげで何とか間に合った。

 ディーゼルエンジンもそう。インドが大きな市場に育ちつつあるのが分かっているのに、あまり攻めていなかった。日本の10倍の人口がいて、二輪車では世界最大の市場なのに。市場の7割がディーゼルなのに、いつまでも3割のガソリン車をやっていたら始まらない。

あっという間に開発する

===その流れの中で、初代「フィット」を開発した松本さんがインドに赴任した。現地での開発をもっと強めるためですか。伊東孝紳社長から課されているミッションは?

松本:あまり「何をやれ」というわけでもなく、「そんなことも分かんないんじゃ困る」という感じでしたね。要は、日本集中、北米偏重の脱却。新興国が伸び始めているのに、そこにリソース(資源)を割いていないという現実があった。つまり、現地が自律していかないとライバルと戦えない。営業だけではなくて、生産、開発や購買を含めて(現地拠点の自律を)加速していくと決めた。

 赴任してから、私は「あっという間に開発しないといけない」ってよく言っているんです。

 インドはIT(情報技術)に強い優秀な人材や企業が多いから、アウトソーシングも進めやすい。“純粋培養”で全部やろうという日本の研究所とは違うスタイルができる。スピードも上がるし、コストにも、商品力にも効いてくる。(自社や外部の)インフラに合わせてやり方を変えていかなきゃいけない。インドはインドらしい研究所を自律して作っていかないと。

===ちなみに「あっという間」とはどれぐらいを指すんですか?

松本:大ざっぱなイメージでは1年。それぐらいのスピード感が必要だよね。そういう意味で、インドはホンダの研究所としては設立したのは最後の方だけど、だからこそ一番新しいやり方ができると思っている。ほら、先に作った研究所は古いものも背負っているでしょ。

===新しいやり方とは?

松本:例えばシミュレーションの分野で、現地の方に委託するとかね。さっき「自律」と言ったが、逆にインドの研究所には何もない。屋上屋みたいな重たい組織や設備を作っちゃうと、今までと一緒になっちゃうから。身軽にやろうと考えている。

 インドはね、幸いなことに営業と工場と研究所と購買がみんな1フロアにいるわけ。食堂も1カ所で、もう1カ所作りたいって要望もあったけどやめさせた。同じ空間でメシを食う中での会話からもアイデアは生まれるからね。自分のメシは自分で稼ぐ。

===この1年間を振り返って、松本さんが重要だと感じることは何ですか?

松本:人事は4月1日だったんだけど、実は3月の終わりにインドに入ったんですよ。最初にやったのがサプライヤー会議(部品メーカーと自動車メーカーの会議)。そこで「今年はこうやります」だけではなくて、向こう3年間はこういう車種を考えていて、インドでこうなりたいっていう姿をサプライヤーさんたちに示しました。具体的に言えば、「2017年3月期には年30万台やりますよ」と。当時は年7万台だったから4倍になる。

===かなり先に出す車種の話もしていくということですか?

松本:そう。この前出した(セダンの)「シティ」や、今年出す(3列シート車の)「モビリオ」、年度内に出す(ハッチバック車の)「ジャズ」や、その先の話もしている。

 将来のビジョンを共有できて、実績が出始めると、一気に改革が進むんでね。さっきのインドに対する参入率で言えば、アメイズの前まで10%だったのが、2013年で20%、30%になって、今年は50%に持っていく。こういう道筋を示している。

 以前は「どうせ目標掲げても届かないでしょ」という空気がサプライヤーさんの中にもあった。それが驚いたことに、サプライヤー会議の人数が去年200人ぐらいだったのが今年は500人に増えたんですよ。ホンダのディーラーを希望する会社も全然なかったのが増えてきた。如実に変わってきている。

グローバル車と現地開発車は両立するか

===ちょうど、良い方向にサプライヤーもディーラーもベクトルが揃い始めたということですね。実は先ほどから1つ疑問があります。ホンダの場合、フィットのシリーズや「シビック」「アコード」のように世界中で数をたくさん売ろうというモデルがある。一方で、アメイズから本格化したブリオシリーズ(モビリオも含む)のように、現地最適を追求していくクルマがある。この2つの開発は両立し得るのですか?

松本:それが経営ってやつなんですよ。自動車メーカーの場合、どちらか一辺倒になっちゃ困る。両方の掛け算で進むんだな。お互いがコンフリクト(対立)するのではなくて、刺激し合うわけ。片方から見ると、もう片方はすごく非効率的だし、すごく魅力的という状態で進んでいく。

 例えば、設計図面。「シティ」はインド用に変えるといっても大して変えられない。でも、ハッチバック車の「ブリオ」はね、2011年に最初出したときよりも今は4割ぐらいコストが下がっている。なぜかと言うと、毎年図面を書き換えているから。最初は儲けの出ないクルマだったのが妥当なレベルになってきた。ディーゼルエンジンもまだ変え続けている。

 現地調達で見ても、グローバル車種とローカル車種は規模感が違う。グローバル車種は世界中で供給してくれるサプライヤーさんに大量にお願いすることでコストを下げる。その代わり、輸入になることも多々あるし、為替の影響も受ける。ローカル車種は部品の量はむちゃくちゃ多いわけじゃないけれど、現地化はしやすい。

 インドには関税障壁があるし、他の市場と比べて売れる価格帯が3割安い。インド国内の部品を使わないと勝てないカテゴリーが大きい。グローバル車種だけで取り組むのは不十分で、どうしても価格が合わない。だけど、先輩たちがグローバル車種を売ってきてくれたおかげで、インドではホンダのブランド力が高いのも事実。ローカルとグローバルの商品群を掛け算する必要がある。

===なるほど。それにしても、インドでは今年もかなりのハイペースで商品や現地の機能を揃えていくことになります。その上で、まだホンダのインド事業に足りない部分は何なのでしょうか?

松本:自分でもびっくりしたんだけど、乗用車で言うと3位ぐらいまできた。商品でまだ足りないのは、今の世界的な潮流で言えば小さいSUV(多目的スポーツ車)。(昨年日本で発売した)「ヴェゼル」は中国や日本でちょうど良いサイズ。インドや南米だともう少し価格帯が安くないといけない。価格帯が3割安いことでグローバルと商品がずれてしまうところは、現地でやらないと。

===まだマルチ・スズキや韓国の現代自動車がかなりの差を付けて上にいます。どこまで伍していけると考えますか?

松本:他社さんを気にする余裕はありません。ようやく3位に入れるようになったとはいえ、マルチ・スズキや現代自動車に伍するには、小さい車に対して真剣に取り組んでいかないといけない。

 ディーゼル、ガソリンだけでなく、燃料の多様化にも対応しなければ。いずれも細かい話はまだできないけど、ここは我々の強みが生かせるはず。2017年3月期に掲げている30万台をきちんと達成して、2位、3位争いにしのぎを削っていけるようにしたい。
<<佐藤 浩実>>

business.nikkeibp.co.jp(2014-03-31)