F1で再びトップへ」。英マクラーレン、デニス総帥の決意
グループCEO復帰で栄光を取り戻せるか

---グループCEOに復帰した今の気分はいかがですか。新しい「おもちゃ」を手に入れた子供のような感じでしょうか。

デニス:そういう感覚ではありません。よく復帰した感想を聞かれますが、これまでどこかに消えていたわけではありませんし、ずっとこのマクラーレンのオフィスにいたわけですから。

 ただ、今の会社は、私が望む姿ではありません。年齢を理由に非常勤のグループ会長という立場に退いていましたが、昨年からマクラーレンに情熱とエネルギーを注ぎたいという思いを強く感じるようになっていました。もちろん、これまでも私のビジョンは社員と共有してきたのですが、そのビジョンの実現という面では、私の思うように事が運んでいませんでした。

 そこで株主に対し、私を執行権限のある立場に復帰させてほしいと頼みました。このまま、非常勤という立場で居続けることは、選択肢としてあり得なかった。1月16日にCEOに復帰した背景には、そうした経緯があります。

 CEOとしてやりたいことはたくさんありますが、その中でも最大の目標が、マクラーレンをもう一度、レースで勝てる組織に再生することです。

 早速、チームがレースに集中できるように、収益や投資に関するすべての責任を切り離し、グループ内のマーケティング専門部門に移管しました。

これまで100以上のチームが消えていった

---マクラーレンは、F1以外にグループとして高級スポーツカー事業や電子制御ソリューション事業など、多様な事業を展開しています。それも「F1で勝つ」ために必要なことですか。

デニス:私が1966年にF1に参入して以来、100以上のチームが消えてなくなりました。正直、F1は魅力的なビジネスモデルとは言えません。もし、F1チームだけしか手がけていなかったら、ほぼ確実に失敗するでしょう。

 そこで私は、マクラーレンの事業を多角化することで、経営を安定させるビジネスモデルを作りました。例えば、エレクトロニクス事業に参入したのは、約20年も前のことです。今では、F1車両や米自動車レースのナスカー(NASCAR)車両にマクラーレンが提供する電子制御システムが採用されています。

 20年前は、電子制御システムに問題を抱えている車両がたくさんありました。既存のサプライヤーは、レース中の振動や高温環境に耐えうるシステムを提供できていなかったからです。そこに、ビジネスチャンスがありました。

 こうした事業全体で、マクラーレン・グループは現在、約9億ドル(約900億円)の売上高があります。それを今後5年のうちに、20億ドル(約2000億円)に拡大することを目指しています。従業員数も、2200人から3000人以上に増える見込みです。

スポーツカーを1日9台生産、昨年黒字に転換した

---高級スポーツカー事業の生産能力も引き上げるのですか。

デニス:現在は1シフト体制で年産1500台規模ですが、2シフト体制にすれば最大で年産4000台を作る生産能力があります。私たちの企業規模は自動車メーカーとしては大きくありませんが、それでも、顧客を獲得するためには異なる価格帯のモデルを複数用意しなければなりません。

 例えば現在、16万〜20万ポンド(約3400万円)の「12C」を1日8台、75万ポンド(約1億3000万ポンド)以上の「P1」を1日1台、生産しています。1日の生産台数がわずか9台と聞けば、たったそれだけと思われるかもしれませんが、金額にすれば約240万ポンド(約4億4万円)にもなります。

 各モデルの生産台数は最終的に、12C(同じプラットフォームで開発した最新モデル「650S」を含む)は7000台、P1は375台、「P13」というコードネームで開発している来年販売するモデルは、1万4000台を予定しています。2011年に生産を始めた当初は厳しい時期もありましたが、昨年、自動車部門は黒字化を果たしました。2017年に自動車部門を上場させる目標に向けて、順調に計画は推移しています。

---高級スポーツカー事業やソリューション事業が大きく育ってきた今、それでもF1で勝つことにこだわる意味はどこにあるのでしょうか。

デニス<:幅広い事業を展開するマクラーレンのビジネスモデルを見て、「なぜ、F1に挑戦し続ける意味があるのか」と思われるかもしれません。しかし、我々にとってF1は、マクラーレンの技術レベルの高さを示すデモンストレーターの位置づけがあります。そのため、レースでは勝たなければ意味がありません。

 もちろん、すべてのレースで勝利を収めることは不可能ですが、トップであり続けなければなりません。昨年の5位やそれ以下の状況は、受け入れがたい。

 昨シーズンは、確かに悪かった。しかし、我々はマクラーレンです。私の情熱とエネルギーが、これほど高まっていることはかつてありません。

ホンダのエンジンにかける情熱に共感

---現在、マクラーレンはメルセデス・ベンツのエンジンを使っていますが、来年のシーズンからはホンダがエンジンを供給します。ホンダとの協業はどのように進んでいますか。

デニス:まず、今、私たちはメルセデス・ベンツと素晴らしいパートナーシップを組んでいます。私たちが一緒に成し遂げてきたことに誇りを持っていますし、今もその関係に非常にコミットしています。

 その一方で、ここ数年、メルセデス・ベンツは自らのチームを持つことに強い願望を持っていました。しかし、私も私たちの株主も、自分たちのレーシング・チームを手放したくなかった。その結果、メルセデスは別のチームを買収して、自らのチームを持つことになりました。

 ホンダについて話すことで、現在のメルセデスとの関係を気まずいものしたくありません。知的所有権を保護するために、メルセデスのエンジンを使って今シーズンを戦う人たちと、ホンダとのプロジェクトに携わる人たちとの間には、高い壁を設けています。

 それでも、ホンダについて現時点で一言お話しするならば、創業者である本田宗一郎氏に遡るホンダのエンジン開発にかける情熱を尊敬しています。ホンダとのパートナーシップはとても興味深く、マクラーレンの技術への思いに共通性を感じます。

ホンダの1年の出遅れ、問題にはならない

---今年からエンジンのルールが大幅に変更され、環境を配慮した技術にダウンサイジングされました。来年から参入するホンダは今シーズンのレースで経験を積むことができず、厳しい戦いを強いられるのではないでしょうか。

デニス:ホンダはモーター・レーシングで長い歴史があり、何をすべきか理解しています。心配はしていません。忘れてほしくないのは、新しいルールの下での戦いは、今年始まったばかりだということです。1年出遅れても、勝つことは不可能ではありません。

---英ボーダフォンとのスポンサー契約が昨年終了し、今シーズンはタイトルスポンサーなしでのスタートとなりました。新たなスポンサー獲得の見通しを教えてください。

デニス:オーストラリアでの開幕戦は、タイトルスポンサーなしでの出走となりました。その理由は、マーケットは需要と供給で成り立っているからです。言い換えれば、私たちは(サッカー・プレミアリーグの)マンチェスター・ユナイテッドのような状況にあります。いくつかの試合に負け、ランキングが低下したために、スポンサーにとって魅力が薄らいでしまいました。

 私がやってはならないことは、スポンサー料を引き下げることです。スポンサー契約は通常、5〜7年間にわたります。もし、タイトルスポンサー料を引き下げてしまったら、その間ずっと変えることができません。

 しかし、私はこの先、勝つ自信がある。今後数カ月のうちに、新たなタイトルスポンサーを公表できるでしょう。
<大竹 剛>

nikkei.bp.co.jp(2014-03-24)