トヨタと燃費競争、ホンダがハイブリッドで「逆襲」

  ホンダがハイブリッド車で攻勢に転じている。2013年6月に発売した「アコードハイブリッド」は30km/L、同9月に発売した「フィットハイブリッド」は36.4km/Lと、両車発売時点でのトヨタ自動車の競合車種の燃費(JC08モード)を一気に抜き去ったのだ[注]。さらに、大型車、スポーツカー向けの新たなハイブリッドシステムも間もなく登場する。ホンダのハイブリッド技術戦略を追った。(日経Automotive Technology)

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 ホンダはハイブリッドシステムとして、1999年の初代「インサイト」から2010年の「フィットハイブリッド」まで、1モーター方式の「IMA(Integrated Motor Assist)」を使い続けてきた。しかし、2013年に入って発売した「アコードハイブリッド」と「フィットハイブリッド」から、新世代のハイブリッド技術を投入。それぞれの発売時点で、トヨタの競合車「カムリ」や「アクア」の燃費(JC08モード)を抜き去った(図1)。

 実際にアコードの燃費は、ずば抜けている。車両質量は1610kgと重いが、競合車のカムリや「クラウンハイブリッド」の燃費が23km/L台であるのに対し、30.0km/Lと6km/L以上上回った。また、フィットもアクアの35.4km/Lという2013年8月までの国内最高燃費を1km/L上回る36.4km/Lをたたき出した。

 車両質量を横軸にとり、2013年9月時点の燃費を縦軸にとると、アコードとフィットの燃費を結んだ線は「プリウス」やアクアの水準を上回っている(図2)。ホンダの新世代ハイブリッド車(HEV)は、トヨタ以上の燃費を実現していたといえる。

[注]トヨタは、2013年12月2日に部分改良で燃費37km/Lのアクアを発売し、フィットハイブリッドから燃費トップの座を奪回。両社の燃費競争が続いている。

■旧システムの弱点克服

 IMAは、機構がシンプルでモーターの出力も小さいため、安価に作れる利点がある半面、いくつかの弱点を抱えていた。その一つが、モーターがエンジンの駆動軸に直結しているため、電気自動車(EV)走行時にエンジンがつられて回り、抵抗が大きくなることである。また、「協調回生ブレーキ」を採用していないため、減速時に回生できるエネルギー量が少なかった。

 こうした弱点を解消すべく、ホンダはIMAに代わる新たな方式を開発した。新しいシステムは、IMAよりモーター出力を大きくし、エンジンを切り離して走れる。アコードの場合、モーターの最高出力は124kWもある(図3)。フィットも従来の2倍以上の22kWとすることで、EV走行の領域が大幅に増えた。

 ユニークなのは、車両の大きさ、特性に応じて異なる3種類のシステムを開発したことだ。アコードハイブリッドが使うのは、2モーターでシリアルパラレル方式を実現した「i-MMD(intelligent Multi-Mode Drive)」である。

■トヨタ車を徹底分析

 ホンダは、トヨタの2モーター式を徹底的に分析し、どうしたら燃費で上回れるかをシミュレーションした。そして、シリーズハイブリッドをベースとして、EV走行とHEV走行の効率をどこまで高めれば、燃費で勝てるかを計算した。この計算を基に、エンジン、モーターともに単独での効率の目標値を設定して開発を進めた。

 トヨタ方式は、エンジン駆動とモーター駆動の比率を、燃費が最適となるように遊星歯車機構により切り替えながら運転する。走行モードはEV走行、HEV走行の二つである。

 HEV走行では、エンジン出力を遊星歯車で動力分割し、発電機で発電した電力によるモーター駆動力と、発電に回さなかった分のエンジン出力を合わせて走行する。エンジンをかけたときには、できるだけ燃費の良い領域で運転し、駆動力が余ったり、足りなくなる部分は発電機を充電したり、モーターのアシストを使うことで補う。

 この方式は、HEV走行での駆動力がエンジンとモーターの合算となるため、モーター出力をそれほど大きくしなくて済む。例えば、プリウスではエンジンの最高出力が80kWなのに対し、モーター出力は60kWと小さい。

■エンジンは主に発電に使う

 トヨタと異なり、アコードでは通常走行のほとんどをモーターの駆動力でまかなう。高出力のモーターで、EV走行の割合を増やし、急加速や電池のSOC(充電状態)が下がった場合だけエンジンをかける。エンジンによる発電でSOCが上がると、EV走行に戻る(図4)。

 一方、車速が100km/時を超えると、エンジンの駆動力による走行に切り替える。この場合、普段エンジン出力を駆動系から切り離しているクラッチを締結し、タイヤに直接出力を伝える。負荷が高いときにはモーターがアシストし、負荷が低いときには充電する。

 実際の走行では、低速域でEV走行とシリーズハイブリッドのHEV走行、高速でエンジン走行とEV走行を切り替える。60km/時の定常走行では、EV走行とHEV走行の割合は半々、100km/時の場合は、およそ3分の1がEV走行になるという。

■Liイオン2次電池を採用

  i-MMDはモーターで多く走るため、EV走行の効率をいかに向上させるかが課題になった。EV走行時の効率を決めるのは、モーター、インバータ、電池、配線といった高圧系すべての部品。この一つひとつの効率を高めていった。

 例えばモーター。従来のIMAでは、永久磁石を同心円上に配置しており、主に磁石の反発・吸引により回転力を発生させていた。これをアコードでは、磁石をV字状に配置し、ステーターが鉄心を引きつける「リラクタンストルク」を多くした(図5)。モーターの鉄心で熱として消費されるエネルギーが減るため、効率を高められる。この配置はトヨタのHEVでも使われている。

 モーターは、磁石の表面付近のみにレアアースを含有する構造とし、高価な材料の使用も減らしている。また、銅線に流れる電流値を減らしてモーターを小型化するため、トヨタの650Vを上回る700Vまで昇圧している。

 トヨタでは一部車種にしか採用してないLi(リチウム)イオン2次電池も採用した。Ni-MH(ニッケル・水素)2次電池よりも内部抵抗が少ないため、充放電に伴う損失を減らせる。

■エンジンの最大熱効率は38.9%

 EVとして走行したときの効率の良さを表すのが、プラグインハイブリッド車(PHEV)における「電費」の差である。米国では、EV走行したときの電費をガソリンの使用量に換算して、「MPGe(Miles per gallon gasoline equivalent)」という燃費値として表示する。

 アコードハイブリッドと同一のシステムをベースとするPHEVの場合、これが115MPGe(48.9km/L)と非常に高い。これは車両質量がより軽い「プリウスPHV」の95MPGe(40.4km/L)を大きく上回る。これらはPHEVの値であるが、同じシステムを使うアコードハイブリッドも、EV走行の効率が高いといえる。

 アコードではエンジンの効率も大きく改善している。エンジンはHEV走行、エンジン走行のいずれでも燃費に直接効く。そこで、アトキンソンサイクルの採用や、EGR(排ガス再循環)クーラーを使うことなどで圧縮比を13.0まで高めた。

 この結果、正味燃料消費率(BSFC)の最も低い値が214g/kWhに達し、最大熱効率は38.9%と、これまで世界最高とされてきたトヨタクラウンハイブリッドに搭載する「2AR-FSE」の38.5%を0.4ポイント上回った。

 新開発エンジンは4気筒で排気量が2.0L。「ストリーム」や「ステップワゴン」に搭載する「R20A」を基にするが、ほとんどの部品を新しく設計した。最大熱効率はR20Aと比べると約10ポイントも高い。回転数が2500rpmでトルクが120N・mのときに最大になる。

 制御の自由度を高めるため、モーターで駆動する可変バルブタイミング機構(VTC)、可変バルブタイミング・リフト機構(VTEC)を採用したほか、補機類のコンプレッサーやウオータポンプを電動化し、クランク軸とつなぐベルトをなくした。

■1モーター選んだフィット

 アコードでは、モーター出力を大きくし、EV走行の効率を重視して燃費向上を図った。しかし、小型車であるフィットは、エンジンルームが狭く、コストも抑えなければならないという制約がある。高出力モーターと発電機を両方載せる方式は採用が難しい。

 そこで、フィットでは1モーターのハイブリッドシステム「i-DCD(intelligent Dual-Clutch Drive)」を採用した(図6、図7)。排気量1.5Lのアトキンソン・サイクル・エンジンに、DCT (Dual Clutch Transmission)とモーターを組み合わせたものだ。

 同車に搭載したモーターの最高出力は22kWとそれほど大きくない。モーターだけでも走れるが、エンジン走行の割合はアコードよりも増える。そこで、エンジンや変速機、そこに使う軸受など機械部分の効率を高める必要があった。このため、平歯車を使い、伝達効率がMT(手動変速機)並みに高いDCTを選んだ。

 EV走行、HEV走行、エンジン走行を切り替える点はアコードと同じである。ただし、アコードではHEV走行時はシリーズハイブリッドとしてモーターのみで走るのに対し、フィットはエンジンの駆動力も使うパラレルハイブリッド走行となる。

 低速域ではEVとして走り、低・中速の巡航では、EV走行とHEV走行を切り替えて走る。なお、高速ではエンジンが主体となり、HEV走行とエンジン走行を使い分ける。例えば60km/時の巡航では、EV走行とHEV走行の割合が4対6程度になるという。

■協調回生ブレーキを採用

 アコードの場合、低中速域ではEV走行とHEV走行という選択肢しかないが、フィットの場合は、エンジンと変速段、そしてモーターのアシストの有無など、駆動力を伝える経路の選択肢が増える。このため、制御は非常に複雑になった。

 もちろん、シミュレーションでどの段が最も良い燃費となるかは計算できる。ただし、実際に走らせてその性能が出るかを検証するのに苦労したという。

 減速時にエネルギーを回生するためには、DCTならではの工夫がある。回生エネルギーを増やすにはなるべくモーターを高回転で回したい。このため、減速時に低い段で待ち構えて、モーターの回転数を高めるようにしている。低中速域では、主に3速を使って回生し、速度が高い場合はまず5速で回生し、次に3速に変速するといった手順を採る。

 DCTを7速としたのは、変速比幅を9.3と広げて燃費を稼ぐためと、多段化したほうが頻繁に変速できスポーティーな印象が高まると考えたからである。

 フィットに搭載したLiイオン2次電池はアコードの1.4kWhに対し864Whと容量が少ない。ただし、従来のNi-MH2次電池と比べると、容量を1.5倍に増やしながら電池パックの体積を23%、質量を6%減らすことができた。

 フィットでは、アコードと同様に、エアコンプレッサー、ウオーターポンプを電動化した。特に、ブレーキシステムは、「フィットEV」やアコードと同様に協調回生ブレーキを採用した。停止直前まで減速エネルギーを回生できる。

■3モーターの新システムは2014年に登場

 アコード、フィットに続いて、ホンダが今後新たに投入するハイブリッドシステムが「SH-AWD(Super Handling All-Wheel Drive)」である。このシステムは、3モーターとなるのが特徴で、4輪駆動車に対応する。まず、米国で2014年春に発売する「Acura RLX」のHEVに採用する。

 ホンダはこのシステムの詳細を明らかにしていないが、2012年に実施した報道陣向け技術説明会では、前部にDCTと最高出力30kW以上のモーターを置き、後部の左右に20kW以上のモーターを置くとしていた(図8)。車両の前後、左右のトルクを別々に制御し、運動性能を大きく高めることを狙う。

 2015年内の発売を目指すハイブリッドシステム対応の2シーター・スポーツカー「Acura NSX」にも、このシステムを搭載する(図9)。

 NSXでは、エンジンとDCT、モーターが後輪を駆動し、2個のモーターが前輪を駆動するレイアウトとなり、RLXと前後の置き方が逆になる。
(日経Automotive Technology 林達彦)
[日経Automotive Technology 2013年11月号の記事を基に再構成

nikkei.com(2014-01-14)